【魔力】結
橋の下、急下降中。
俺はもう男を撒いた気で、下ばかり見ていた。だからその瞬間、息が止まるほど仰天した。
「なっ…!!」
先の男が、空中にふわりと浮かんでいたのだ。髪も追従するように漂い、服と背負った荷物だけが重力を感じさせた。
昇降の<魔女の使者>を彷彿とさせるような。
「なんで、」
呆然とした俺の体を、男はぐいと摑んで引き摺り落とした。枯れ草の匂いがぐっと強まり、慌てて受け身を取る。衝撃が全身を貫くが、残り3mくらいだったお陰で、打撲程度で済みそうだ。
無論、危機から脱せた訳では、ない。
今のは昇降の魔術としか思えない。…ラオメに裏切られたのか…?
「お前…、昇降の」
尋ねかけた俺の目前に、矢じりが現れる。ぎょっとしつつも右手で何とか叩く。手袋越しだが何とか"分解"でき、パラパラと各パーツ毎に分かれて俺の目の前に落っこちた。
顔を前へ向ける。男は、背負っていた荷物の中身を露わにしていた。武骨な姿のアーチェリー。腕の筋肉質さから察すべきだったか。舌打ち混じりに駆け出す。低く、くねった進み方で。
アーチェリーと昇降の魔術の利点は同じ。遠距離からでも、威力と正確性を伴って襲えること。対する俺は、体が触れなければ、ほぼ話にならない。距離を詰める選択は必然だった。相手は予想して逃げるだろうが、捕まえる自信はある。短距離走で人に負けた試しがない。案の定、次の瞬間には俺は男の胸倉を摑んでいた。
いける、と力を込める拳。しかし直ぐに男を放す羽目になった。
なぜなら彼は、弓使いにあるまじき方法で_アーチェリーから引き抜いた矢を、ナイフの逆手持ちのように手で直接握る方法で_俺を射抜こうとしてきたからだ。
距離をとってから、唖然と相手を見上げる。野蛮な手を使った直後にも関わらず、彼の瞳はのっぺりと平坦で冷たい薄紫色。
この男は、命に触れることに慣れ過ぎている。今まで一体、何度殺して、…何度殺されかけたのか。
手からの矢を間一髪で躱した一拍後には、アーチェリーからの矢が襲い掛かる。急いで手袋を投げ取った手で矢を弾く。次の矢を番える相手から視線を外さずに、しゃがんで地面に手の平を当てた。ざらついたコンクリート。コンクリートなら石油か?作っている物を知っているなら、俺の魔術を使える。
"バラバラ"にしてやれ。あいつの足元を崩すくらい。"上昇"するだろうが、行動が分かってれば対応は容易い。
「…ッ!?」
次の拍子に息を呑んだのは、男ではなく俺の方だった。
男は"上昇"する素振りすら見せず、己の手首を噛んだ。ちらりと覗いた小さな八重歯。ぞっと背筋に寒気が走る。
この男は何故、昇降の魔術を使える?狩り隊ではないのか?ラオメの裏切り?違う、こいつは、
「複製の、<使者>…!」
ならば、腐敗の魔術だって使えるはずなのだった。
視界が一色に染まる。




