【神の言葉】光羅謝
車に乗り込んでも、アヨマは手を振り続けていた。窓を開け、手を出してやる。サイドミラー越しに彼女を見てから、ラオメはアクセルを踏んだ。少女の姿が見えなくなった辺りで、それまで黙していた結が、唐突に口を開いた。
「ホントに、そんなこと実現できると思ってますか?」
ラオメが一瞬だけ彼に目をやった。結はまだ、サイドミラーで後ろを見ているようだった。
そんなこと、とはアヨマがファマ教を捨てることを指すのか、こんな国で別の何かを信じ守ることを指すのか、新たな神を呼ぶことを指すのか。
「どうだろ。」
ラオメは淡白な返事をする。しかし青年からの不服げな視線を喰らうと、苦笑混じりに付け足した。
「出来たらいいなって思う。少なくとも、さっきまでのアヨマちゃんみたいなのよりは、マシ。違うな〜って思いながら、周りと合わせるとか、マジできついんだよね。」
短い笑い声。本心から笑っていると言いより、笑う他に当てもないという感じで。
「あれ〜僕って今生きてるっけ〜?、てなるの。…うーん、この言い方で伝わる?」
こくんと、結は何も言わずに頷いた。バックミラーの中でラオメが、目を細める。
「そっか、伝わっちゃうか。」
結も感じたことあるんだね、と囁く。彼の返事は無かったが、それこそが回答だった。
「絶望してほしくないの、せめて。それに、信じて守れば神たり得るってゆーのは、本心から思ってるよ。」
ラオメの言っていた、教会の壁画が脳裏に蘇る。柔らかな笑みを浮かべる女。爽やかな色。揺れる伝統衣装。踊るようなポージング。陽の光に照らされて。
_それだけ。
この女神が真実存在するとは思えない。居たとしても、何かの足しになるとも思えない。はっきり言えば、居たとして、どうでもいい。俺は汚いモノだから、そう思うのだろう。
無感動に絵を見上げる俺の隣で、ラオメは呟いた。
"綺麗…。"
そう感じられるラオメの方が綺麗だと思った。壁の柄と変わりゃしないこの絵より、隣の相方の方が、余程美しくて、強くて、健気で、好ましかった。壁画と向かい合って祈りを捧げる村人を見たときも、同じ気持ちになった。
俺は神を信じられない。そんな綺麗な心はない。でも、何かを信じて守る人は美しいと感じられる。
それが嬉しかったし、なら自分は、そういう人を信じて守りたいと思えた。
「俺達が死ぬ頃にゃァ、ファオマ帝国の国教は、アヨマのにすげ変わってたりして。」
だから、あの女神に対する俺のカラッカラの感情は、遠くの方へ仕舞っておく。
「あはは!いいね、それ。」
相方の笑い声に、結のものも重なる。俺はいい気分で、少女の方を振り返った。
陽の光に照らされて、土壌は香色に輝き、家々からパンの焼ける匂い。確信できる、ここには未来があると。




