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雑草の花束  作者: 片喰
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【回答未満、夢以上】光羅謝

「お母さん達は、ここの国の人達は、帝王さまに利用されてるんですかっ?」

 息が詰まった。利用、されていると思う。だがそう言って何になる?この国を出るのか。母を置いて?兄を追って?それとも怒りを抱えたまま母に寄り添うのか?そして気付かないふりをして笑って、一生そうするか?

 答えて、何になる。

「…あの手記は、あくまでもお兄さんの予想ですし、何よりアヨマさんのお母さん達も気づいてるんじゃないですかね。そういう可能性があるって。だから、アヨマさんがそんなに気にする必要は、」

「それはっ!わたしがいるから…!」

 結の必死の声を、彼女は遮った。

 気付いていたか、と目を逸らす。

 アヨマのお母さん達が一緒に暮らす方法は、幾らかある。友達のルームシェアとか、顔の似てない姉妹とか言えば良い。入院や相続のときはごたつくだろうが、それでも子供達よりはマシな筈だった。

 アヨマ達は、生まれた国_ノートによればスラムへ、帰される可能性が高い。

 それを心配する人達なら、この国を出たくとも出られないだろう。アヨマの兄が出国し、妹にも来るよう勧めたのも、そこへの配慮があったのかもしれない。

「わたしのせいでっ、今まで、2人は屈辱を味わって……。」

 見開かれた目。哀れだと思った。哀れでならなかった。この兄妹は母達を愛している。母達もこの兄妹を愛している。だからこそ、こんなにも苦しい呻き声を発している。

 それを聞き流す、ファマの教え。そこにいるのは帝王が己の為に創り上げた架空の"善"のみ。それに押し潰され、逃げられず…。

 他国からわざわざ子供を連れてくるシステムだって、この国から出にくくする為なのだろう。

「…僕は、君達は、利用されてるんじゃないかと思う。」

 不意に、ラオメが囁いた。少し濁した言葉だったが、声色は常になく、硬質ではっきりとしていた。

「ラオメ…!」

 結の咎める声に、しかし相方は目を伏せた。

「目を逸らさせる嘘を吐いたって、何にもならないんだよ。ただ疑い続けるだけ。アヨマちゃんだって、目を閉じて分かったフリするなんて、もう嫌なんでしょ?」

 口を引き結んで、彼女は頷いた。ラオメは顔を上げ、少女の肩に触れる。

「アヨマちゃん、言ったよね。僕等が君を利用するから、自分も帰国のために僕等を利用するって。」

「え…、はい、言いはしましたが…?」

 アヨマの表情には、急な話題への戸惑いと、本心から利用する気ではなかったという感情が浮かんでいた。ラオメは2つとも理解しているらしく、ふわりと微笑んだ。

「じゃあ、この国も利用すればいいんじゃない?この国に利用されながら、利用し返せば。」

「え…?」

 アヨマの肩から手を離し、ラオメはファオマ帝国を振り返った。さっきよりも朝日は強くなっている。

「アヨマちゃんも察している通り、君達が今の家族のままで他国に住むのは難しい。お兄ちゃんのノートにあるように、帝王の利己的な政治が行われている可能性は高い。だったらもう、この国に居た方がアヨマちゃん達にはいいんじゃないかな?この国の制度を、利用しながらさ。」

「利用って言ったって、ファマ教を信仰するということですよね?こんな酷い理由で成っているハリボテの教えをっ!」

 アヨマの声が高くなる。だが相方は、静かに首を振った。横に。  

「信仰する必要なんかない。シンジテマスの一言で、信仰心なんて言い張れるもん。ほら、飛鳥が言ってたでしょ。宗派さえ偽ればファオマ帝国に入れるって。今のアヨマちゃんには、あーゆー心境が要ると思うよ?」 

「わたしは、心を偽りたくありません。」

「…ちょ〜っと夢見がちな案だけど、ここの教えを、少しずつ君達で変えていけば?」

 意味を掴めなかったアヨマに、ラオメはある文章を諳んじた。

「東部地方において、国とは国民の下にある。為政者は国民あっての国と胸に刻み、国民の心に従って政を為すこと。国民は己が国を成形すると胸に刻み、良き道を示し続けること。」

 東部連合の言葉だと、相方は付け足した。

 ラオメは、小中高と受験し続けてきた。大学だって、本当なら東部指折りのところに入れただろう。大概の法律は覚えているし、俺と違って何カ国語も使える。

 だけど高校の卒業式の日、この子は、俺なんかと一緒に生きる方を選んだ。

「国民が国を作るなら、アヨマちゃん達がこの国の教えを引っ張って変えることだって、出来るかもしれない。アヨマちゃんが、ファマ教を作り直すんだよ。帝王がファマ教を作ったように。」

 ラオメが目を細めた。凝縮された天色。

 一方のアヨマは、顔色をなくしていた。

「あなたは信仰心を、神を、何だと思ってるんですか?」

 生まれてからずっと信じていた善も神も、この国には居なかった。その事実は一体、アヨマにどれ程の痛みを与えただろう?神への畏怖も敬愛もないラオメの言葉にも、悲しめば良いのか怒れば良いのか、それすら判断し損ねている様子だった。

 そんな少女を見詰め、ラオメは語り始めた。

「…昔、何処かの国の、ホントに小さな村に、一泊させてもらったんだけど。そこには風化した建物があってね、みんなでお祈りをする場所なんだって教えられたの。中はどんな風なのか気になって覗いたら、綺麗な女神の壁画があった。」

 俺も覚えがある。『フラ・アンブロシオ』の仕事中だったのだ。日に焼けてペンキが剥げつつも、その教会の前は木の葉が掃き清められ、木漏れ日に照らされていた。祈りの時間になると村人がわっと集まって来る光景が、まだ記憶にある。

「生まれて初めて、あ、神さまいるかも、て、思った。」

 初耳だった。相方を振り返る。天色の瞳は、ほんのりと微笑らしきものを浮かべ、遠くを見ていた。あの村を眺めるように。

「僕は、神さまって、人が信じて守るから"居る"んだと思うの。誰が信じて守って、そういうものに、神は宿るし、宗教として"ある"と思うの。」

「宗教として、ある…?」

 アヨマは眉を顰めて復唱する。

 信仰心が、宗教の存在に先立つと、ラオメはそう言っている。

「だから、君が、君達が、信じて守れば、そこに神さまは降り立ってくれると思うよ。僕は、神さまがいるのなら、せめてそういう存在であってほしい。」

 風に揺れるアリスブルーの髪。何束かがその流れに逆らって泳ぎ、朝日を照り返す。その鮮やかさに、俺は目を細めた。

「…わたし、もっとちゃんと色んなものを見て、考えます。それで、」

 拳を握りしめ、アヨマは息を吸った。最初より、随分しっかりと立っている。

「それで、わたし達にとっての神さまを、お呼び致します!ラオメさん、光羅謝さん、結さん、きっとまた来て下さい。そのときは絶対に、もっといい景色を見せますよ!」

 彼女はぱっと華やかな笑顔を見せる。ラオメも笑みを大きくし、結も歯を見せて笑んだ。釣られて、俺も笑っていた。 

「楽しみにしてるね。」

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