【心】アヨマ
不思議な人達だな、と思った。結さんは穏やかな若者といった感じで親しみやすいが、『フラ・アンブロシオ』の2人はどことなく別世界みたいな空気感がある。悪い意味ではなくて、彼等と話すのも楽しいし彼等のことも好きなのだが、やっぱりどこか、2人にしか通じ得ない何かを感じる。透明な糸電話。
別に、その糸を切る気も無理に会話に飛び込む気もない。でも_自分達が<魔女の使者>ならどうする?なんて訊くのは、予想外だった。わたしがちゃんと考えているか試すためというのは、親心に近いものを感じて(そんなに年が離れているわけでも無いのだが)嬉しかったけれど。
そんな彼等は、もうすぐ出発してしまう。名残惜しいが、また来てくれると信じて見送ろう。
「ねぇ、ちょっとアヨマ。」
お母さんの呼び掛けに振り返る。彼女は珍しく迷った素振りを見せてから、
「結さんってさ、あのー…<魔女の使者>、では、ないよね?」
「え?」
「昨日の夜…いや今日の朝かな?兎に角みんな寝てる時間帯に目が覚めてね。お手洗いに行ったとき、結さんに会ったの。結さんも丁度お手洗いから出て来たみたいで、手を洗ってて、…。…それで、手袋を外してたんだけど。」
確かに結さんは、黒い指空き手袋を着けている。食事中でも頑として外さないので、傷跡か何かを隠しているのかもと、特に話には持ち出さなかった。
「一瞬だったから、あんまり自信無いんだけど…何か、文字みたいなのが見えて…。」
手に、文字。
「意味が、頭に来る感じっていうか。それに結さん、慌てて隠してて…。」
意味が頭に直接。慌てて隠す必要性。
「結さんが…、<魔女の使者>っ……?」
"もし僕等が<魔女の使者>だったら、どうする?" あの言葉を、わたしは誤解していたのではないか?あれは、『フラ・アンブロシオ』ではなく結さんのための質問で_
結さんが、<魔女の使者>?
血の気が引いた。
お母さんは自分に言い聞かせるように、気のせいだったのだと言って、隣の部屋へ戻った。3人へのお土産に、日持ちのするジャムや菓子を用意している最中なのだ。
「"3人"…?」
<魔女の使者>は人間じゃない。結さんが<魔女の使者>なら、"人"なんてつけないべきなのに。ラオメさんと光羅謝さんだって、正体を知った上で関わっているのだから同罪。罰すべき対象。でもまだ確定は_いやそれでも可能性が高いのは_違うわたしは、_だめ。
わたしの心は、あの人を信じたいと言っている。
たとえ<魔女の使者>であろうと。
強張るわたしの肩に触れ、笑顔で趣味を訊いてきたラオメさんの声。真夜中に狩り隊の騒ぎ声が聞こえても、俺が守ると平然と宣言した光羅謝さんの双眸。いいお母さんだね、と穏やかに言ってはにかんだ結さんの表情。思い出しても思い出しても、そんな記憶しかない。
この人達に魂が無いなんて、誰が思うだろうか?
いや、誰かが彼等の魂の存在を否定しようと、わたしは彼等に、魂をみる。
「…お兄ちゃん。お兄ちゃんの書いてたこと、本当だったのかな。」
数年前に家を出た兄は、わたしに手記を残した。ベッドの下に。わたしの好きな歌で気付かせる仕組みで。
読んだ直後、わたしは呆れて悲しくなった。こんな勘違いで兄はお母さん達とわたしを置いていったのかと。希望を乗せて、彼は読むことはないだろうが、返事を書きもした。
だけど、今になって思い出される。
だって、ファマの教えでは、<魔女の使者>に魂は無いはずだから。
どっちが正解?
「お兄ちゃんっ…!」
彼等を処するのが正義?彼等の恩に報いるのが正義?愛する家族を守るため、敵は排除するのが人間らしさ?温かい想いをくれた赤の他人に、温もりを返すのが人間らしさ?帝王様は偉いの?お母さん達は利用されているの?
「教えて……。」
ふ、と、脳裏に過ったのは、この世界以外を知るような、そんな顔をした2人。
彼等には、どう見えるのだろう?
この教えが、この国が、この家族が、この世界が。
この魂が。
自室に仕舞っていた兄の手記を出したのは、この悲しみを共感してほしくてだった。お兄ちゃん誤解が解けるといいね、と言ってほしくて。でもそう願っている時点で、わたしは不安だったのだろう。兄の言葉の方が信憑性が高いのでは、と。
目を開け、アヨマ。惑わされるな。
彼等に質問する決意が、固まっていた。




