【信仰】光羅謝
後ろの窓を振り返って、俺はぎょっとした。アヨマが走って来ていたのだ。彼女の家からは、もう離れている。
「ラオメっ、ちょっと停めろ。アヨマが…。」
きょとんとして車を停めたラオメも、後ろを見ると驚いて運転席から降りた。結は目を眇めて、しかし一瞬でその表情を消すと、穏やかに驚いた青年の顔を作ってから車を降りた。俺も続く。無論、顔を作るだけの器用さは持ち合わせていない。
「ごめんなさい、あの、少しだけお話ししたいことが、あって…。」
「何かあったの?」
「いえ、その…。あの、少しお時間いいですか?」
曖昧にしか答えないアヨマに警戒心を煽られたのか、相方は一瞬こちらへ視線を寄越した。やばくなったら逃げれるようにしろ、という意味だ。俺は車のドアを開けっ放しにし、いつでも結を車内へ押し込めるように、彼の肩を肘置きにした。
「いいよ、どした?」
少女は覚悟を決めた瞳でじっと、俺達を見つめた。
「兄の手記を、読みましたよね。」
ぞっと肝が冷えた。流石ラオメと結はポーカーフェイスを貫いているが、内心は警戒と狼狽でいっぱいいっぱいな筈だった。
「手記?」
ラオメはこてんと首を傾げる。ほぼ同時に、俺はあることに気が付いた。
俺達がノートを見つけたのは、2日目。
1日目の夜は、どうして気付かなかった?きっと、音楽が鳴っていなかったのだ。つまり、そのときにベッドの下には何も無かった。2日目の夜の前、例えば夕食中にでもノートと蓄音機の類をセットしておいたのでは?ベッドの下は綺麗だった。埃の溜まりやすい場所、しかも家を出た兄の部屋なのに。直前にセッティングをしていたなら、そのとき軽く掃除したなら。
この少女が、俺達に読ませたのだ。
「アヨマが用意したんだなァ、あれ。…何が目的だ?」
ビクッと少女の肩が揺れる。自分でも思ったより低い声が出たからだろう。別に、取り繕う気もなかった。
「光羅謝、そんなに怖がらせなくったって…。」
結が眉尻を垂らして抗議した。シカトして車の位置を確認する。いざとなったら、ラオメに合図して乗車させて、この青年を後部座席にぶっ込んで、俺も乗るかせめて車にしがみついて、この国を出てやる。こんな国。
「わたし、教えてほしいんです…!」
つ、と、泣きそうに震えた少女の声が耳に触れた。俺の荒んだ思考が束の間緩まり、アヨマへ目を戻す。
胸元の服の生地をぎっちりと握りしめて、震える足に仁王立ちを強いて、気力だけで息を続けているような、そんな少女が、居た。
「何を?」
ラオメが、柔らかな声で問うた。対するアヨマは、泣きじゃくる寸前の声色だった。
「お母さん達は、ここの国の人達は、帝王さまに利用されてるんですかっ?」
朝日は、視認できない程ゆっくりと昇ってファオマ帝国を照らし出している。俺達のことなんて、やっぱり見えちゃいない。




