【家庭】ラオメ
最後の文章だけ、筆跡が違っていた。音楽が鳴っているのに気付いて、アヨマちゃんもノートを見たのだろう。今の僕等のように。そして、兄が読めはしないけれども気休めに、返事を書いた。
「帝王が、ねェ。すげェ頭の柔らかい予想だ。」
そう言いつつも、羅謝の目には納得と疲労感がありありと滲んでいた。この書き残しは確かに予想に過ぎないけれど、この国の謎が一気に解けてしまう予想だった。
アヨマちゃんの母親の、穏やかな笑顔が思い出される。生まれた地では、隠すか疎外されるかの2択。熱望した形の家庭を得られると、希望を胸にファオマ帝国に入ったことだろう。そこで夢見た家族をもち、_感謝する相手に搾取されているだけなことには気付かず_この国に骨を埋めるのだろう。
「…2人は、気付いてるんでしょーね…。」
しかし、結は僕とは正反対の予想を口にした。相棒も僕のように考えていたのか、ノートから顔を上げて問う。
「え?2人って、アヨマのお母さん?」
「そーです。19年住んでいるガキで気付けるんですから、2人が気付いてておかしくない。」
「そうかァ?気付いてるなら、ここを出ても…ああ、無理なのか。」
僕もはっとした。
同性である上に、子供2人は他国から連れてきた子。外に出れば良くて事実婚と養子という関係だろう。最悪、アヨマちゃん達は元の国に強制送還されるかもしれないし、母親達とてどんな差別が待っているか。パートナーの関係も、親子の関係も、ここを出た途端に壊れる。
彼女達にとってファオマ帝国とは、地獄絵図の楽園。
「…そっか。」
ファマの教えは、僕の魂の全てを否定していた。
息苦しく感じて、ゆっくり呼吸しようとするが、上手くいかない。息を吸わなきゃいけないのに、全部吐き出してしまいたい。
「_おれ、もう、ここを出たいです。」
小さな声。呟いたきり、結は顔を伏せたままで微動だにしない。
羅謝が、結と僕に同時に手を伸ばした。手の平で、頬をぐいぐいと押される。揃って変な顔をした僕等に、彼は微笑みかけた。あったかい珈琲みたいな笑い方だった。それも、淹れるのに失敗した珈琲だ。
「帰ろっかァ。明日の朝に出発しよう。大丈夫、すぐ着く。この国はロップ国に面してるからァ、すぐ町に行けるよ。」
低音が柔らかく掠れた、癖のある声が降りてくる。癖があるけど、僕にとっていちばん耳慣れた声だった。
「帰ったら何か美味しいものでも…2人の好きなものを作ってやるよ。ラオメが行きたがってた服屋に行くのもいい。それか、この前できたアイス屋に行こうか?結にあの町を紹介しよう。」
羅謝が僕等の肩に腕を回した。いつも通りタートルネックに隠した首元が、じわりとあったくなる。
「リモ蓮が暫く仕事休むらしいから、5人でテレビゲームでもするか。女医と飛鳥と八重も呼んだら、絶対に飲み会に化けちまいそうだ。それもいいなァ?」
ははっと、羅謝の小さな笑い声。声が続ける。ひどく優しい調子で。顔を見ずとも、どんな顔をしているかは"一目瞭然"であった。お互いに。
「帰ってェ…そんで、やいのやいのと生きてたら、きっと今の気持ちも少しゃァ落ち着くさ。ね?」
頷く。可愛く笑える気分ではなくて、だからと言って可愛くない顔を堂々と晒せる気分でもなくて、しょうがないので僕は下を向いていた。一瞬だけ注意深く、結を覗うと、彼も似た体勢で目を閉じていた。前髪に隠れて表情はよく見えないが、それでも羅謝の腕をどけることなく肩に置かれるがままになっている。
「…はい。」
やがて、結が呟いた。羅謝は掠れた笑い声で応じて、腕をどけた。




