【国境】夕
「えっと、何をお話すればいいんでしょうか。」
連れられたのは、店とは呼べないようなアパートの庭だった。小さくて、雑草が天然芝顔している庭だ。そこのガーデンチェアに、黒髪のほうと腰掛けている。ツインテールのほうは、何故か隅にある古びたブランコに座った。
「依頼内容です、依頼内容。一旦は治所を撒きましたけど、これじゃ終わんないのは分かるでしょ?つまり、国境をまたぐ度にあなたは捕まえられようとします。それとも一生この国にいます?」
にこにこ顔でブランコを揺らしながら、そう言われても、とは思った。
「それならいィすけど、違うから今追われてたし、俺達のとこに来たんすよねェ?」
男性がつけるサングラスは、翠と黃のグラデーションが綺麗だが、奥にある無表情な翡翠の瞳のせいか、危機感を煽る色に見える。
「はい。家族が隣国にいて、会いに行くとこだったんです。勿論そりゃ、国境の検査で止められるって分かってました。2日前に治所とひと騒動あって、逃げたばっかりですから。だから不法入国する気だったんですけど…。」
「「不法入国。」」
とびきりセンスの良いジョークだと言わんばかりに繰り返す2人。俺はややむっとした。
「馬鹿にしてます?確かに現実味がなく感じるかもしれませんけど、」
「いや、そんなことないですよ。俺等もそのクチなんで。でもそれなら、どうして治所に追われちまったんです?失敗したんすか?」
「ええ…。国境付近で何故か厳戒態勢が敷かれてまして…、引き返す羽目に。引き返したのに治所に見つかるし…。もっと確認してたらなんて思わないでもなくはないですけど、そんなこと言ってもですよね。」
2人は互いの顔を見合わせる。
「厳戒態勢、なァ。何か聞いてるか?」
「全然。どこへ行く予定だったんです?」
「ジルです。」
「ジル国か。リモンドがあそこの出身じゃねェか?」
「ちょい待ち。今電話してみる。」
ツインテールがスマホを取り出し、黒髪は俺に向き直る。
「話の腰を折ってすんませんね、で?依頼は、ジルとの国境をまたぐときの護衛でいいですか?」
「はっ、はい。往復分をお願いできれば…。」
黒髪が顎をひと撫でして、何か話し出そうとしたとき、ツインテールが声を上げた。
「やほやほ。リモンド、今話せる〜?」
スマホから、微かだが声が聞こえた。
『ん……はい、終わりました。どうぞ。』
男性だろう、低くめで穏やかな声だった。ツインテールの女性はワンクッションすら置かず、笑顔でいきなり本題に入る。
「リモンド、ジルの国境の話仕入れてない?」
『あぁ、厳重体勢になったそうですね。』
「そっちは知ってる。そんなことになった理由を教えて。」
『んー…。』
幼くも聞こえる間延びした低音は、聞いてて心地良かった。考えるときの彼の癖なのだろうか。
『今度、蓮がコッツティ王国で仕事します。』
俺はぎょっとする。コッツティ王国は今、王の代替わりで国中が混乱に満ちている。旅行は勿論、仕事だって入れもしない。当然知っているのだろう、2人とも、
「コッツティ?嘘でしょ。」
「あン馬鹿。」
そうは言いつつ、2人とも僅かに笑っていた。終始、仏頂面だった黒髪も。呆れ笑い、といった感じでもあるが。
『全く、彼は私の寿命を縮める天才ですよ。まあ、そう言う訳でして、仕事中のボディガードを頼みたいのです。今回の情報で、少し割引してくれません?』
「そうだね〜、1日6万カシでど?」
『おやおや、吹っ掛けますねぇ。1週間もあるのですから、4万程で。』
ツインテールが黒髪を見る。もう冷めた顔に戻っている彼は、広げた右手を左右に振った。
「55000。じゃないと受けないよ。僕等、暑いの嫌いだから。コッツティって今はマシだけど基本暑いでしょ。」
『はい、分かりました。詳しいことは後々。
そちらはジルのお話でしたね。どうやら治所と狩り隊が衝突した模様です。衝突と言っても、組織直接のものではなく、狩り隊の上層部の人間が治所に捕まりかけたとか…。』
それを聞いて舌を出す黒髪。ツインテールも笑い顔は崩さず肩を竦めてそれに同意した。
「狩り隊はメンツを潰されたから怒って、治所は流行りの狩り隊狩りを諦めてないってことね。」
『はい、そういった事情が…おや。失礼、切ります。』
突然切れたことに疑問も不満も見せず、ツインテールはスマホをしまった。黒髪も仏頂面を変えずこちらに話を戻した。
「狩り隊と治所のドンパチなら、こっちには特に問題ねェな。
そんでェ、往復だけでいいんですか?捕まりかけてから5年は、あなたの情報が治所中で回りますよ。国境なんて絶対渡れない。普通に考えて、家族に5年は会えません。」
そうか、5年か…。俺はぼんやりとその年月をおもった。
「…それは後で考えます。ぐるぐる、ずっと将来のことを考えるのは、性に合いませんから。」
「そうですか。なら、ご入用になったらご連絡下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
にこり、と笑って見せる。弱く、愛らしく、愚鈍に。
「あ、そうだ。お名前を聞いてもいいですか?またご利用になるかもしれないんでしょ。お得意さんは割引しますよ〜。」
逃がし屋にお得意さんなどいるのか…。
「夕といいます。えと、お2人は…?」
ツインテールの方が、眉尻を垂らした笑顔を強めて、
「ラオメっていーます。よろしくどうぞ。」
黒髪の方は飽くまでも無愛想に、
「光羅謝です、どォも。」