【帰国】ラオメ
「見ねぇ車だな。今からファオマ帝国民になりたいファマ教徒か?」
門番は5人体制らしい。内の1人が、運転席に近付いてきた。僕は窓を下げる。ファオマ帝国の共通語がシャニ語なのは助かった。
「おい、なんの用だ?」
「帰宅だよ。通して。」
「帰宅ってお前、……っ!?アヨマ!」
僕が身を引いて助手席の少女を見せると、訝しげな顔をしていた門番ははっと目を見開いた。
「アヨマ…、お前、コッツティ王国は鎖国状態だって聞いたのに…。」
「王宮で軟禁されてたんだけど、この人たちが手助けしてくれたの。おじさん、教会に連絡してくれないかな。<ファマの愛>を贈るために。」
「そうだったのか…。勿論だ。俺達の娘の命の恩人なんだからな、すぐ連絡しよう。
皆さん、アヨマを助けてくださり本当にありがとうこざいました。お礼は後でさせて頂きますので、今は失礼します。」
深々と頭を下げて門番が去っていく。他の門番達もアヨマちゃんに気付いて、歓声を上げながら通り道を空けてくれた。
「まずわたしの家に行きませんか?皆さんお疲れでしょうから、一旦休んでから教会に行きましょう。<ファマの愛>の贈呈の儀式は用意に時間がかかるので、今すぐに教会へ向かう必要もないですし。」
「そうなの?じゃあ、お邪魔しようか。」
アヨマちゃんの家は門に近い所らしい。今の時間帯なら、母親達もいるとのこと。長閑な麦畑の中、レンタカーを走らせる。
「そう言えばさっきの人、アヨマのことを娘って言ってましたけど、お父さんなんですか?」
結の問いかけに、アヨマちゃんは振り返ってはにかんだ。
「いいえ。ファマ教信者にとって、年下の信者は皆、自分の子供なんです。そういう意味での言葉なんですが、外の人にはちょっと解せない価値観ですかね。」
「そんなことありません!おれは凄くいい風習だと思いますよ。子供ってやっぱり、家族以外にもネットワークが必要になりますから…。」
穏やかな結の声に何故か胸騒ぎを覚え、僕が眉を顰めたときだった。
「うわぁっ!!」
車に向かって恐ろしい形相で走って来る女性がいたのだ。僕は度肝を抜かれながらも、直ぐ様ブレーキを踏んだ。
「びっくりするな〜。何何〜?」
「あっ!!お母さん!」
アヨマちゃんの顔がぱっと輝いた。久しぶりに会ったのだろう、それまでの不安も相まって、一瞬だが彼女の瞳に涙の気配が流れる。しかし、走って来る母が車を停めた状況の気不味さに気付いてか、はたまた単に人前で泣きたくないのか、苦笑と共にこちらを振り返った。
「ご、ごめんなさい、わたしの母です…。」
「おォー。いいお母さんじゃねェか。ほら、元気な顔見せておやり。ここで待ってっから。」
「はいっ、ありがとうございます!」
アヨマちゃんが車から降りると、丁度駆けつけた母親が、走って来た勢いそのままに彼女を抱き締めた。アヨマちゃんも年頃の娘らしい抵抗を見せつつも、会ってからいちばんほっとしている様子だった。知らず、僕も微笑んでいた。
「…本当に仲いいんですね。」
ぼそ、と結。目を細めて母娘を見守っていた羅謝が、仏頂面に戻って振り向いた。だが特に言葉が思いつかなかったらしく、僕の方へ相談する視線を投げてくる。僕だって知らんわ。しょうがないので肩を竦めた。
その間にアヨマちゃんが助手席へ戻る。車の前には彼女の母親が立っていた。
「母が家へ案内するそうなので、ラオメさん、母についていって下さい。」
徒歩の人間を車で追うのか、と内心ぼやいたが、首肯した。目の前の女性が走り始める。結構速いのでビビったが(後部座席2人も「速くね?」「スカートでよく…」とざわついていた。)アヨマちゃんは丁寧に道の周りの建物などを紹介してくれた。
建物のほとんどが煉瓦でできている。木の育ちにくいこの土地では、輸入以外に木材を得る方法がないのだ。現在盛んな麦栽培も、品種改良によって数年前にようやく成功した努力の結晶と聞く。
「放牧はやらないんですか?ファオマ帝国の周りは、酪農や羊毛産業が盛んじゃないですか。」
アヨマちゃんの説明に、結が疑問を挟んだ。途端に光羅謝が、余計なこと言うなと睨んだが、アヨマちゃんは予想以上に穏やかに返した。
「ファマ教では、魂のある全てを愛するんです。牛の乳を奪ったり、羊の毛を刈ったりだなんて、ここでは考えられません。母が外の出身で、最初にそういう文化があることを教わったときは驚きました。」
「ああ、成程!つくづくここは、美しい文化ですね。」
バックミラーに写る青年は、にっこり笑顔を見せていた。しかし笑顔を返すアヨマちゃんが前に向き直った瞬間、彼の瞳がサッと翳った。
"魂のある全て"
じゃあ、彼等が殺せと叫ぶ相手は_僕達は、魂が無いのか?
否。
「アヨマ、肉食わなかったもんなァ。」
「はい。ファマ教は厳格なベジタリアンです。」
「ファオマ帝国の郷土料理ってどんなのなん?」
「羅謝さん、興味ありますかっ?是非うちで食べて下さい!」
羅謝はにこにこと会話している。結や僕が考えているようなことは、無論彼だって胸にあるのだろうが、彼の信条から見ればどうと言うことないのだろう。己を全く愛してくれない相手には無関心であるべき、という信条。
「ここです、わたし達の家。車はそこら辺に停めて下さい。」
示されたのは、赤茶の煉瓦で作られた可愛らしい一軒家だった。言われた通りに駐車する。
車を降りると同時に、先の女性が駆けつけた。
「皆さん!娘が本当にお世話になりました。ずっとずっと心配していて、帰ってこれなかったらどうしようって…!ありがとうございます…。」
膝まづきそうな勢いで頭を下げられ、羅謝と2人で気不味く目を見合わせた。無法者として呑気に生きていると、誰かから深く感謝されることが少ない。
「顔を上げて下さい。長い間心配されて、大変だったでしょう。アヨマさんも帰るのを心待ちにしてたんですから、どうぞ今はただ、この再会を喜んであげて下さい。」
すっと僕等の前に出たのは結だった。若干屈んで、アヨマちゃんの母親の肩に手を置き、顔を窺う。彼女は泣き笑いに近い表情で、頷いた。
また相棒と目を見合わせる。彼の方も僕と同じように、なんだこの若造の見た目した人タラシは?という目だった。
「アヨマっ!帰って来てたんだね。」
そこへ飛んでくる声。アヨマちゃんの母親と同年代の女性が、家の中から走って来たのだ。姉か?にしてはアヨマちゃんと年が離れ過ぎな気が…。
「お母さん!うん、帰ってきたよ。遅くなっちゃったけど。」
「帰って来るって信じてた。頑張ったね、愛しい子。」
「「お母さん…?」」
女性とアヨマちゃんが感動的な抱擁を交わす真ん前で、羅謝と結の声が揃う。僕は少し緊張した気持ちで_自分のことが暴かれた訳ではないのだから、これはとても勝手な緊張だったのだが_下手に目立つまいと息を潜めていた。
「あぁ、そっか。外では珍しいですよね。でもファオマ帝国では同性婚はよくあるんです。わたしの両親もそうです。そういった家庭では、ファオマ帝国の周りの国の、親を求めている子供を引き取ることが多いです。わたしのように。ですから、周辺国からも反対されずに、寧ろ有難がれてます。勿論、この風習は反対されようと続きますがね!」
笑顔で付け足される。正直、ぽかんとした。
僕は、東部の国なら大体行った。その国のどこでも、僕たちみたいなのは歓迎されない。似た立ち位置の人だけが集まった小さなコミュニティならまだしも、国全体が受け入れてくれるなんて、見たことも聞いたこともない。
そんな国がなんで、
「…あ、こういうの、いやだったりしましたか?」
アヨマちゃんの瞳には、薄っすら軽蔑の色すら浮かんでいた。これを受け入れないなら、こちらもお前等を受け入れない、とでも言いたげな。僕同様黙っていた結が、すぐに反応する。
「そんな訳ないでしょう?俺、実は片親で、親父いないんすよ。だからなんか、ステレオタイプの家族?みたいなの、ピンと来なくて。」
「別に父親と母親いたって、ステレオタイプとは言えねェよ。だからフツーに、幸せならそれが良くね?」
相棒の返事には、結のような飾り気も気遣いも無かった。女性が現れたときこそ驚いて見えたが多分、あぁお母さんなんだ、くらいの感情しかないのだろう。
この人の、こういうところが好き。けど今は、不安になる。
「ラオメさんは?」
「僕は、」
ねぇ羅謝、羅謝はここを残酷だと思わない?
「正直、羨ましい。」
この魂の片方_<魔女の使者>_を殺す癖に、もう片方は肯定するなんて。その能天気さが、羨ましくて、恨めしい。
「なら良かったですっ。」
少女は健やかに笑顔を浮かべた。




