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雑草の花束  作者: 片喰
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【依頼人】夕

 『フラ・アンブロシオ』との通話はすぐに終わった。

 ガセ情報だったかもしれない。治所などから依頼人を逃がす『フラ・アンブロシオ』という店があると、飲み屋の店主から聞いたのだが、電話相手はどうにも呑気そうだった。スマホをバックパックに放り込む。

 治所は見えはしないが、確実に後ろにいるはずだ。前髪をとめる6つのピンに触れる。建物の間を走りながら背後を窺う。

 治所に追われているのは、2日前の出来事のせいだ。道端で知らない人に絡まれ、そのとき精神不安定だったせいで、良くない対応の仕方をしてしまった。絡んだ方も逃走したらしい。

「…はあっ。」

 舌打ちがしたかったが、治所が近くにいるかもしれない今、やらないべきだ。音が響く。

 治所に捕まったら、身体検査をされる。前に経験したから知ってる。身体検査は、不味い。やましいところならわんさかある。

 なんたって

「いたぞッ!」

「!?」

 横路と読んでいいのかも怪しい細道から、治所が飛び出した。回れ右すれば別の治所。挟まれてる。

「治安改善法違反により罰を与える!大人しく従え!」

 治所の朗々たる叫び。

 それに被さる、甘い声。

「何それ、ウケんね。」

「え。」

 目の前に、いつの間にか人が浮かんでいた。

 アリスブルーのツインテールをふわふわ揺らし、天色の吊り目で笑っている。二十歳くらいか。ニットの真ん中の大きなリボンや、垂れ眉が愛らしい。まだ寒い時期でもないのに、ハイネック。濃紺のショートパンツからタイツの足が伸び、靴は履いてない。履く方が可笑しいとでも言いたげな自信に満ちた微笑で、空中に足を組んで座っている。

 彼女は治所の2人を順に見、

「ねえ、名前は?」

「おっお前…どうやって浮いてる?もしかして<魔女の使者>か!?」

「嘘だろ…。」

 腰を抜かす寸前の治所の面々に、彼女は可憐な笑声を振りまく。

「ふふふっ、名前が良かったんだけど…まあーいいね。声を知れた。」

 途端、治所の2人は同時に倒れた。動こうとしているが、地べたに突っ伏した体勢を変えられない。上から見えない力で押さえつけられているかのようだった。

「っ…。」

 治所の2人が正体不明の"何か"で動けないのを確かめると、彼女はくるりと俺に体ごと顔を向けた。

「ども、『フラ・アンブロシオ』で〜す。依頼したのは、あなたですよね?」

「は、はい…。」

 彼女はにっこり微笑んで頷く。

「じゃあ、ちょっと相棒に電話かけるんで待っててくれます?二手であなたを探してたんですよ。」

「あっ、はい。」

 取り出したスマホを操作する彼女の両足は、地面に着かない。空中の椅子に座っているようだった。

「もしもーし。うん、見つかった。おいで〜。今ねあの場所、えーとっ…定食屋のさ、横の…。あ、分かった?じゃあ待ってるよ〜。」

 彼女がスマホを仕舞うのを見届けてから、俺は口火を切った。

「…あの、えっと、これからどうすれば…。」

 天色の瞳がこちらを向いた。澄んだ青だが、どこか奥の窺えない雰囲気がする。空と言うより、深海に近い気配だ。

「相棒と合流したら、僕等の店に案内したげますよ。その後のことは別料金なんで、詳しーことは店で話しましょ。」

 大金を支払うまで店から出さないとかって奴じゃないだろうな…。心持ち固くなる俺を見てしかし彼女は楽しげな微笑を零した。

「だいじょーぶです?」

「え、あっ、はい。」

「なら良かったあ。」

 雑な口調。だが気を悪くした様子はなく、ほっとした。

「ごめんごめん、迷子なりかけたわァ。」

 唐突に背後から響いた声にぎょっとする。が、ツインテールの女性の反応で、彼女の相棒だと分かった。それでも、気付かず背後をとられるのは気分の良いことではない。

「どォも、『フラ・アンブロシオ』の触っちゃいけない方です。」

 後ろにいたのは、女性と同じく二十歳くらいの、長身の男性だった。

 三つ編みの黒髪に、顔の右だけ黄色いメッシュ。とろんとした翡翠の垂れ目にその穏和さを打ち消す吊り眉と、薄い色のサングラス。薄手の大きなコートの下に、魚から2本足と芽が生えた生物のキャラT。無愛想な口から覗く赤い舌と八重歯。

「えっと、どうも…。」

「さて、一旦帰るか。そんでェ話詳しく聞かせてくれます?」

「はっ、はいっ。」

 女性と男性が、互いの肩が触れる距離に立つ。いや、女性の方は浮いているが。本当に、治所の言う通り彼女は<魔女の使者>なのか?触れるなという話も、もしや男性も<魔女の使者>だからか?触れたら発動するような?にしては、今の2人の距離は近いが。

 歩き出さない俺に気付いて、2人は振り返った。

「…どうしました?僕等のこと知ったら、依頼するのヤになっちゃった?」

 細められた天色。黒髪は仏頂面を崩さない。

「いえ。」

「じゃァ、着いて来て下さい。」

 それだけ言って、彼等は歩き出しす。空を見上げれば、いつの間にか雨雲が近づいていた。

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