【話し合い】シェルファ
リモンドは蓮の肩に手を回していて、これは重傷だったんだなと理解した。彼はバディのことを、脆く美しい宗教画か何かのように丁重に扱う。絵画と言うと彼の感情とは齟齬が生まれるだろうが、外から見た扱い方はそうなのだ。自分の体重を一部でもかけるはずが無い。余程、酷い怪我を負っていない限りは。
ブランデーを机に投げ置いて椅子から立ち上がる。取り敢えず、リモンドはその椅子に座るように促した。
「治療を頼みたいのですが、まだ営業してらっしゃいますか?」
「後払いで許してやる。何処をやった?」
「足!親指切った!」
横から蓮が叫ぶ。リモンドはちょっと不服げに唇を尖らせたが、その実、心配された喜びを噛み潰して見えた。
「骨までいったなら靴と靴下脱げ。」
骨から"治す"ときは精度を上げるため服や靴が無い方が良い。リモンドは大人しく脱ぎ始めた。骨まで切ったのかよ。
「…ッ!」
背後でラオメが息を呑むのが分かった。確かにそれだけの傷ではある。親指がなくて、人差し指も辛うじてぷらんと繋がっている状態だった。
「…刀傷だ。刃物で骨まで断てるものですか?」
驚いたことに、結と名乗った青年が静かな口調で尋ねてきた。ちらと見やるが、明らかにこの傷の有り様を見ても平気そうだった。
「狩り隊でそんなことが出来る人はいないでしょうね。ご安心を、これは私がやったものです。」
「りーくんがやったの!?なんで?」
蓮が目を見開いて、メガネザルのような顔をした。対するリモンドは、実に落ち着いた仕草で結を観察する。視線に気付いた結が顔を上げ、きょとんと首を傾げた。それでもリモンドは黙って彼を見詰めている。
「…おい、"治せた"ぞ。」
「ああ、ありがとうございます。」
漸くリモンドの目線が結から外れる。私を一瞥し、次に足へ向く。何度か足の指を動かして無事を確かめると、再び結へ視線を向けた。
「さて、と。落ち着いたところで伺いますが、どちら様です?」
やはりそれが気になるか。彼の瞳は私などよりは余程穏やかだったが、その奥にいる狂犬がくっきり見え、もしかするとそっちの方が怖いまであった。
「おいリモンド、その話はもう私等で済ませてるんだ。馬鹿臭えから、何度も蒸し返してくれるなよ。」
「俺は義堂結っていいます。…解体の<使者>です。」
迷う素振りをしつつ付け足した言葉に、リモンドは目を眇めた。
「解体、ですか。へぇ。解体はどのようなことができる力なんです?」
「リモンド、その子は本当に解体だと思う。文字が解体っぽかった。」
ラオメが声を投げる。軽く頷き追及の手を止めたリモンドに、結はほっと息をついた。
「んー…。まぁ複製の<使者>ではなさそうですしね。」
「複製の<使者>?都市伝説の?7、8年前から言われ始めてますけど、それですか?」
結がきょとんとする。無理もなかった。複製の<魔女の使者>が狩り隊側にいるのでは、という噂は<使者>の間で有名だが、実際に見た者はいないため都市伝説的存在となっていた。
狩り隊は、ひっそり隠れて生きる<使者>を見つけられない。力を大っぴらに使って初めて、<使者>だと知られるのだ。
以前は。
昨今、隠れて生きている<使者>にも狩り申請書が届くようになった。いつどこでバレたのだと疑心暗鬼になる彼等が、いつしか囁き始めた。複製の<使者>なら、<使者>を見つけられる、と。
複製の魔術は、他者の力を自己内に"コピーする"力だ。<使者>の魔術も"コピー"可能。だったら、戸籍にある人間を1人ずつ"複製"していけば、魔術が現れた相手が<魔女の使者>だと分かる。
もし、そんな力の持ち主が狩り隊側にいたら。
「合理的にありえません。複製の魔術は、上手くやれば二大強力魔術の腐敗と操作も使えるんですよ。使いようでは<使者>最強。狩り隊なんて敵じゃない。協力関係になる程の利点を、狩り隊は持っていません。」
「ご尤も。だがな、ほぼ確実に、複製の<使者>は狩り隊側についているぞ。」
「なんで言い切れるんですか?」
結の少し太い眉が、訝しげに歪む。常時、引き結ばれた口元には警戒心があったものの、細かな表情や声色は感情に合わせてすらすら変わる。若いな、と群青の瞳を見詰め返した。
「ある少年がいた。」
結が目を瞬くが、無視して続ける。
「ある朝目覚めたとき、彼には<魔女の使者>の文字ができてた。彼は昔、残虐に殺されていく<使者>を見たことがあった。だから<使者>になったことを、隠し通すと決めた。」
「すいません、なんの話ですか?」
「最後まで聞け。
少年はどうすれば絶対にバレないか考えた。結果、彼はこう決めた。一生涯、永遠に、魔術を使わない…と。」
<使者>の特徴は魔術と文字だけ。勿論どの<使者>も、人前で見せたりなんかしない。でも、周りに人がいないと思っていたら実はこっそり見られていたなんて、ありふれた話だ。
だから、少年は徹底した。
魔術なんて自分の体には無いみたいな顔で生きた。
「そうして何十年も、世界一<使者>らしくない<使者>として平穏に暮らした。彼自身ですら、自分がどんな魔術を持っているのか知らなかった。使ったことがないんだからな。ずっと、そうやって平和に暮らすもんだと思っていた。」
「あの、その話って無理ありませんか。」
おずおずと、しかし明瞭な口調で、結は口を挟んだ。私が目を眇めると、すぐ首を縮めたが。
「どこが?」
「自分の魔術すら知らないって部分です。<使者>は使おうと思っていないときでも、魔術が溢れることが日常茶飯事です。例えば、俺は解体の魔術なので、素手で物を触るとすぐバラバラに崩れちゃいます。家具が組み立て前に戻ったり。その男の子だって、一生使わない気でも、出でくることはあったでしょう?」
すらすらと述べられた説明に、成程こいつは馬鹿ではないなと思う。ただ、素直過ぎる気配はある。
「その少年の魔術は、外に出てもはっきりとは気づけない程度のものだったんだよ。…さて、そんな生き方で少年は成人し、仕事を得、家庭を築き、そして」
雨音がした。今振り始めたのか、さっきからずっと降っていたのに私が気付かなかっただけなのか。
「8年前に、狩り申請書が届いた。」
「えっ?」
「その宛名には、彼の名前と共に魔術の種類が書かれていた。」
脳味噌に焼き付いている記憶が、映画のフィルムのようになって上映される。戸惑いの声。疑問。それが段々と不安定になっていく。悲鳴。泣き声。謝る声。
「魔術の種類…。」
少年も知らなかった魔術の種類を、狩り隊は先に知っていた。
結が続けて呟く。
「複製の魔術でも使わなきゃ、魔術の種類を知ることは出来ない…。成程、だから複製の<使者>があちら側にいると確信したんですね?」
「ああ、そうだ。そうして_少年は死んだ。」
唐突な言葉に、聞いていた全員がぎょっとする。素直な反応が可笑しいくらいだった。
「そりゃそうだろ?ずっと魔術を使わなかった男だぞ。狩り隊に刃向かえる筈ない。」
「いや、そうだけどっ…。」
「彼の晩年付近で起こった唯一の"ミラクル"は、次の治癒の<使者>に彼の娘が選ばれたことだった。」
一種の魔術につき一人、合計十人の<魔女の使者>がこの世界を存在する。
一人が亡くなれば、子供たちの中から、その種類の<使者>が新たに選ばれる。だから彼の娘が選ばれたのは、それはもう低い確率を潜り抜けた出来事だったのだ。
「てことは……。」
蓮が唖然と私を見る。彼等にも初めてする話だった。私は結に目を移す。
「さて、結。私は父を反面教師にして、ちゃんとヒトの対応方法を身につけているのでな。怖いなら帰った方いいぞ。」
笑みを投げると、青年は表情を強張らた。崖上から突く気持ちで近付く。
8年前父の1件により、複製の<使者>の噂は始まった。私がどうこうするまでもなく、自然と皆がそう考えたのだ。他にも似たような境遇の者がいたのかも知れない。
その者達の遺族も、この昏い感情を抱えているのだろう。
「恨みとは、ヒト最大限の燃料だからな。」
復讐となれば一層、と付け足す。




