【客】ラオメ
羅謝が猫砂の運搬のお礼だと笑いつつ料理し始めたのは、昼下がりの頃である。
相棒が作ってくれたのは予想通りパフェだった。純白のヨーグルトクリームと紅い苺ジャムの対比、コーンフレークの隙間、チョコムースのみっちり感、上にころんと乗ったアイス。彼のパフェは、店のような華やかさが皆無で、悪く言えば地味だ。だが、その丸っこいフォルムは愛らしく、僕は好きだった。
「いただきまーすっ。」
「おォう。いただきます。」
小さな机を挟んで、向かいに座った相棒の手にはカップ。そこにはヨーグルトクリームとチョコムースだけの、パフェと呼んだら色んな方面から怒られる見た目だった。でも、彼にとっては、コンフレークもアイスも、それどころか生の果物もステーキも唐揚げもパンケーキも、"不味い物"なのだ。仕方がない。
呑気でどうでもいいような会話が、低血糖に交わされた。笑い声と、食器の立てる微かな音と、欠伸がランダムに繰り返される。僕のブラックジョークに相棒が吹き出したところで、電話が鳴った。店用のスマホだ。
一瞬お互いを見てから、僕が応答のボタンをタップする。スピーカーモードにすることも忘れない。
「はい、こちらフラ・アンブロシオです。」
『あのっ、今からお仕事頼むのって、できたりしませんか?』
後ろが少しうるさい。話し声や音楽ではない。走りながら通話しているのか?それにしては息が上がっていないが。
「できますよ〜。どんなご要件でしょうか。」
『えと、治所に追われてて…あっ、いやあの、変なことしたんじゃなくて、いやしたんですけど、で、とりえず安全なとこまで避難させてもらえないかなって。』
面倒な言い回しだ。僕は羅謝と肩を竦めあ合う。
「可能ですよ〜、場所によりますけど。今どこですか?」
『頰睦利町の手前でぐるぐるしてて。頬睦利町って、無法地帯じゃないですか。そこに入ったら治所は絶対襲いまくるじゃないですかぁ…。』
治所とは、治安破壊人物対応所の略称。治安維持のための組織だが、やや過激な行動も目立つ。巷では、処罰を与えた人数で出世を決める制度のせいでは、と囁かれるが改良はされていない。
そんな治所にとって、無法地帯の頬睦利とは仕事のしやすい場所だ。無法者だらけのこの町では、一般市民への被害を気にしなくて良い。しかも、法に触れる捕獲方法でも、それを証明できる人はいない。頬睦利町には、治所に抗議できる、1度も法を犯していない身の上の者はいないのだから。
頰睦利町の手前で止まる、つまりは、それを知っている通話相手もまた、そこそこ"悪いこと"をしている人なのだろう。
「良い判断ですね。手前と言うと具体的にどこあたりですか?」
そうだとしたって、僕等は何の感慨もない。だって依頼者は大体が治所に追われてるし、そもそも僕等の暮らしているここは、<葬り町>と悪名高い頰睦利町で、僕等自身もアウトゾーンとマイノリティのハイブリッドなのだから。
『えっと、北…?だと…。』
右も左も、前も自分も、法なんて何個も破ってしまってる人間だ。そうしないと生きられないもの。
「条件が2つ。1つ、代金は1000カシ。2つ、『フラ・アンブロシオ』の黒髮のほうには触らないこと。」
『…分かりました。』
前の無法者が立ち上がり、スマホに声を投げた。
「なら今から伺います。それまでどうぞご無事で。」