【失血】光羅謝
瞬きの間にテンシが姿を消した。いつものことだ。人が来たからだろう。実際、間を置かずに聞き慣れた声が耳に入った。
「君の持ち方ってさあー、ホント"持つ"って感じでヤなんだけど。僕のこと荷物だと思ってる?」
「そんなこと思っちゃいないですよ!だって荷物は持ち方に文句なんか言いません。」
「君、大丈夫そ?嫌われない?」
「一旦小さくポイントを落としてから上げると信頼度が、…わ。」
たん、と階段を登り終える音が聞こえ、それきり音が止む。2階の状況に絶句したのだろう。確かにここは、初見の人間にはかなりハードな景色が広がっていた。
「羅謝っ!」
相方の声にほっと脱力する。テンシの"助かる"という言葉を信じていない訳では無いが、信じ切れない部分はあるし、何より実際に声を聞けるのは大きな安心感をもたらした。
「出血が酷い…。応急処置をしたところで、素人のおれだと焼け石に水じゃ…。」
「羅謝の血は作れるからいいの。持って。体にあんま近づけない方がいいね。僕が重みを"軽くして"あげる。」
薄っすらとした視界を、見知らぬ青年の顔面が占拠する。…いや、何処かで見たような気も、
「あの、おれは敵じゃないです。出来れば、魔術を緩めて欲しいんですが…。」
「こんなヘトヘトで魔術なんてそう使えないよ。どう?"解体"できそ?」
「なにすんだァ…?」
青年の頭の右からぴょこりと顔を出したラオメは、実にさらりと述べた。
「この子に、女医のとこへ運んでもらう。大丈夫。僕とお前を"軽くする"くらいの魔力は残ってるよ。なんたって、世界一知ってる相手なんだから。」
ラオメの強化条件は知ること。自身のこととガキからの仲の俺のことなら、そりゃ大した魔力が要らないくらい詳しかろうが、問題は青年の方だ。
「おれの、からだ、さわったら死ぬぞ…。」
人間の汗や涙は血液から作られる。悪魔と指差される俺とてそれは同じだ。そのため、血を出していなくても汗などで稀に"腐らせて"しまうこともある。まして今は血塗れなのだ。魔力が弱まっているとは言え、普通の人間なら5秒と触れない。
「はい、だから魔術を緩めて欲しいんです。可能でしょうか?」
「羅謝、この子解体の<使者>だよ。物体に寄与する羅謝の魔術なら、ある程度は解体出来るって。文字は確認済み。平気、もしものときこの子の首絞めれるくらいの体力はある。」
青年はぎょっとして振り返ったが、ラオメは意に介さず俺を見詰めている。ふぅ…と息を吐いた。この相方に抵抗する体力も理由も無い。代わりに、信頼はあった。
「わかった。」
今の状態でも魔術は弱いので、強めないという意味でしか無いが、青年は真摯な瞳で強く頷いた。
ぐっと体を持ち上げられる。俺の方が彼より背が高いはずだが、ラオメの補助のお陰か割合すんなり持ち上げられた。
「今"軽くして"ないけど、どう?」
「え?」
「え?え、お兄さん大丈夫ですか?ちゃんと食べてます?それともそんなに血ぃ流れちゃったんですか?」
元気だったらタックルしていた。
「ほら、やっぱり羅謝ガリなんだよ!」
そんなしょうもないものを証明するんじゃない。
「この身長でこの軽さはやばい…!ガリなんかでは済みませんよ、絶対失血です!速く行きましょう!行き先の大まかな方角を教えて下さい。」
「方角?西側だけど、そんなの知って何にな…ちょっと?!」
青年は何故か、ガラスの壊れ落ちた窓から身を乗り出していた。ラオメの戸惑いの声をさして気にする素振りもなく、彼はさらりと言った。
「摑まってて下さいね。」
直後風が体に直撃し、青年が窓から飛び降りたのに気付いて、なるほど方角を訊く訳だと頷いた。
青年は優等生的な顔に似合わず、屋根を飛び渡って移動し始めるという横暴に出ていたのだ。




