【純白】結
血の匂いがした。強く。狩り隊が頬睦利町へ大量に入っているとの噂を思い出し、臭源の廃墟に足を向けた。そこに広がっていた有り様には、ぎょっとせざるを得なかった。
ひしゃげたような、または潰れたような死体が、部屋中に散らばっていたのだ。床一面だけではなく、壁や天井にまで血と肉片が飛んでいて、流石の俺も足が竦んだ。
それをやったのだろう人物を見つけて、はっとした。
額を隠す仕草からして、そこに文字があるのは明らか。そしてこの状況。
「…<魔女の使者>、ですか。」
予想以上に警戒する相手に、敵意のないことを示すのは正直骨が折れた。が、結局ツインテールのその人は決意とともに_あるいは諦めなのかもしれないが_俺を見詰め返した。
「お願いがあるんだけど、いいかな。」
精一杯誠実そうな声で、頷く。
「はいっ。」
「解体の<使者>って言ったよね。物体系の人?」
<魔女の使者>は基本、物体かそれ以外_精神や感覚など_のどちらかにしか影響を与えられない。<申し子>や<愛し子>であれば両方に魔術をかけられるが、そんな人はそうそういない。
「物体です。それが何か…?」
「あのさ、物体に混ざった魔術なら、弱体化出来たりしないかな。体を触ると、腐っちゃうようなのとかさ。」
「腐る成分を魔術で作ってるってことですか?それなら出来ますね。でも、ちょっと弱くするくらいが精々だと。」
「十分だよ、今の彼なら…。」
痛みを思い出したのか、ツインテールのその人はずるずると座り込んだ。見れば足首が血だらけだ。慌てて駆け寄り、取り敢えず持っていたハンカチで傷口を縛る。ツインテールのその人は抵抗せずに、"お願い"について説明し始めた。
「君の言う通り、僕は<魔女の使者>だ。これも分かってるだろうけど、狩り隊と戦ってた。」
掠れた声。荒れた息。
足首は銃弾がかすったのだろう、体に彈が残っていないし、骨までも届いていないようでほっとした。とは言え、軽傷とは言いにくいし、まだ他にも傷があるだろう。もっとちゃんとした治療を、すぐにでも受けるべきだ。
「それでね、上の階に僕の相棒がいるんだ。彼を、今から言う住所に届けてほしい。治してくれる人がいる。」
「え。そんな、治してくれる場所あるなら、あなたも行った方が」
「いいから!」
相手の剣幕に閉口する。天色の瞳が、殺気にに満ちていた。その中に隠れるように激しい、焦燥。
「お願い行ってっ。彼は僕より沢山の狩り隊を相手したし、何よりあんな魔術じゃ、怪我するしかないんだよ。」
紅く染まり広がるハンカチと、乱れたアリスブルーの髪。こんな状況で、何故、そんなに自分以外の人のことを考えられるのだろう。
「…大事な人なんですね。」
「早く行ってよお願い!」
「分かりました。」
安堵に大きく表情を緩めたその人を、持ち上げた。
「ちょっ…!?」
俵持ちは流石に駄目かと思ってちゃんと横抱きにしたのに、凄い形相で殴られる。そこまで痛くはなかったが、その後の怒号の方の威力はデカかった。
「はぁ!?何僕持ってんの?降ろせ!この可愛い僕に傷ひとつでも付けてみろ。1000倍にして返してやる!!」
「いや、別にあなたを殺す気で持ち上げた訳じゃないんですって。耳痛い。」
「だったら持ち上げる意味ないでしょ!てか、い〜い?お姫様抱っこってもっと丁寧にやんなきゃお姫様抱っことは言えないの。君んのは精々『俵持ちはマズイかな?と思ったのでお姫様抱っこしました♪』なんだよ。」
「エスパーの方?」
「何言ってんの?あ〜〜もう、兎に角上に、」
「行きますよ、上の階へ。このままで。」
言葉を遮ってそう伝えると、相手は目を瞬いて俺を見詰めた。
「このまま?」
「あなたも、あなたの相棒さんも、一緒に運びます。その治療してくれるって所まで、ナビゲートお願いします。」
ぐっと襟元を摑まれる。不信感を下地にしつつも期待と心配が浮かんでいる顔は、見ていて少し微笑ましかった。
「僕の相棒、背ぇおっきいけど。本当に一気に運べる?悪いけど、この足じゃ僕は歩けないよ。」
「平気です。冷蔵庫をひとりで運んだこともあるんで。」
あれは引っ越し業者のバイトだった。暑いし重いし、ハズレのバイトだったが時給は良かった記憶がある。
「…僕を背中にした方いい。彼との接地面積は少なくしないと、"腐る"かもしれないし。」
天色の双眸に力を込めて、その人は俺に顔を近づける。
「僕の魔術で最大限サポートはする。だから、頼んだ。」
おれはニコッと笑う。そこにおれの笑顔は無いが、笑顔をするに見合った感情は浮かんでいたので、まぁ割とマトモな笑顔だった。




