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雑草の花束  作者: 片喰
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【死神】光羅謝

 ラオメと別れて2階に上がると、ずらりと狩り隊が並んでいた。銃口は俺を向くが、誰も撃ち始めない。俺の強化条件は狩り隊に伝わっていないからだ。条件を知った者は大概、俺に殺されている。例外は、頬睦利町の<使者>達と蓮だけだ。

 考え込むような素振りで、手を口に当てる。親指の根元を口元側に動かして、そっと口を開いた。

 丁度良く風が入り、俺の前髪が持ち上がる。

「っ!額に文字が!」

「撃て!!」

 狩り隊の発砲とほぼ同時に、俺は己の手に歯を突き立てた。痛みを耐えようと歯を食いしばり、傷が深まる。

「終わりだ、<使者>。」

 腐敗の魔術をもつ、<魔女の使者>。

「うあああああああ!!」

「どけっ!どけええ!」

 俺の手から溢れ出した血が、きれいに並んでいた狩り隊に襲い掛かった。まるで生きた蛇か何かのように、意思を持ってぐるりと狩り隊に体当りする。そして、血に触れた側から、狩り隊の体はどろりと溶けていくのだ。

 これが腐敗の力である。

 強化条件、血。

「額にあるからってェ、強化条件が知ることだと思ったのが失敗。知ってる?血ってさァ、頭と肝臓にいっぱいあンだよね。」

 俺の文字は血を指しているのだ。額のも腹のも。

「おォい、聞いてる?」

 全員を一気に"腐らせる"ことは出来たが、意図的に1人を残した。そいつはガタガタ震えて俺を見詰めている。

「俺をここで駆除しときたいんだろ?だったらもっと人数集めて来い。ほら、下の階に居るんだろォ?」

 ラオメの分の人数を削る。相方の負担を少しでも減らしたい。

 有り難いことに、残した1人は直ぐ様1階へ駆け下り、間を置かずに戻って来てくれた。足音からして5、6人。削ったと言うには少人数だが、まあいい。ゼロよりはマシだろう。

 手を確認する。自分の血ならある程度のコントロールが効くので、今は出血は激しくない。とは言え、ポタ……ポタ……と垂れているが。

「腐敗の<魔女の使者>だな。」

 狩り隊の呼び掛けに、後ろを振り向い

「!?」

 その瞬間に目の前が真っ暗になった。血が足りなくなったか?いや、腐敗の<使者>は使った十数秒後には血を作れる。ラオメの視力と同じく、魔術と共に与えられた力だった。血液不足など有り得ない。

「もしかして狩り隊の新しい兵器…?」

 いや、そんなことより問題なのは視界だ。敵が見えなければ血をぶつけるのが格段に難しくなる。

「撃て!」

「待って下さい!あれの強化条件は、」

 銃声がその言葉を遮った。慌てて頭と首を守るが、腹にドンっと衝撃。撃たれたと理解するより早く、腹部に捻れるような痛みが響いた。

 痛みにぼやけた思考が、ひとつの思いに集結する。

 ラオメが、危ない。

 ラオメの視力は特別なものだ。あれ無しに昇降の魔術を使うなんて、不可能に近い。

「あア゙あ゙アあアあ゙ああ!!!」

 ぶっ殺す。こいつら殺して、あの子を、助けに行かなきゃ、

「撃て、もっと撃て!」

「待って!待ってって!強化条件に触れてしまう!」

「もォ、おっせェえよ。」

 <魔女の使者>にとって、どんな形であれ強い感情は魔術の動力と成り得る。激しい怒りや悲しみや焦り、喜びや嬉しさも、俺達には爆薬になる。魔術の威力を底上げする。

「だから、お前等ァ、今からヤベェの喰らうぜ。」

 痛みで掠れる声で、それでも悪魔の様に口角を吊り上げてみせた。さっき噛んだ部分を重ねて噛み直す。勢いよく噴火した血が、温かさもそのままに四方へ飛び散った。悲鳴。だみ声も金切り声も、死ぬ直前の恐怖を伴えばおんなじ空気を纏う。それを発生させているのが己だと思えば、奇声を上げて泣きたくなるが、その感情は奥歯で噛み潰した。

「だってお前等は、俺のことなんて愛しゃァしない。愛してくれねェ相手を愛すのは、もう辞めたんだ!」

 気付くと視界が戻っていて、しかし先程以上の地獄絵図が広がっていた。俺の血は大半が狩り隊の死体と一緒くたになっているため、建物への被害はそうなかったのが幸いか。周りには人っ子一人どころか、小蝿の一匹さえいない。全員、俺のせいだろう。いやいい、1階に下りよう。ラオメはまだ戦っているはずだ。

 階段へ足を向け、

「ッはがっ……!」

 膝を着いた。着かざるを得なかった。勢いがあり過ぎたせいで衝撃が骨まで響く。ビシャア!と腹から血が溢れ出した。公園の噴水みたいだな、と遠くの方で考える自分に苦笑した。そのせいで力が抜けたか、ぱたんと横に倒れ、汚れた床に寝そべる格好となる。

 魔術を使い過ぎて、血のコントロールが上手くいかないのか。そのせいで、バカスカ失血しているが、新しい血を作る体力も無い。だからもう、頭がぼんやり、して、

「こ、の…。」

 動け。俺を疎み嫌う奴等は、構わないが、愛してくれる、あの子だけは。そう思っても指を動かすのが精々。痛みと絶望で目の前はどんどん霞んでゆく。その、ぼやけた視界に突如、人影が現れた。

 肩から背へ流した銀髪が、黒いローブを彩る。内側に来た服と肌の白さが眩しい。何より目を引くのは、瞳だ。潤朱から瑠璃へ変化していく様は、日の落ちたばかりの空のようだった。

 どことなく、来てくれる気がしていた。

「テンシ!下のかいの、ラオメを、」

「大丈夫。」

 肩に手が触れる。血が付く、と一瞬怯えたが、この相手にそんな配慮は不要だったと思い出した。

「ラオメは大丈夫だよ、光羅謝。」

 優しい声に、ゆっくり瞬きをする。彼は微笑んで小首を傾げた。

「そんなに心配?」

「うん。」

 息を震わすような笑い声。そんな彼を何も言わず見詰めていると、テンシは笑みを引っ込めた。俺を怒らせたと勘違いしたらしい。喋る体力が無くなってきただけなのだが。

「ならお教えしよう、我が友。今に、青年が現れる。彼のお陰で、君とラオメは助かるのだよ。」

 青年?名前で言わないということは、俺の知らない奴か?そんな奴、信用出来るのか?

「信用ならないと?」

 勘づいたテンシが僅かに笑む。瞬きで肯定の意を示した。

「大丈夫、信じて。そう難しくはないだろう?青年を信ぜよとは言っていないのだから。」

 髪に手が触れる。ぼんやりしてきたのに逆らえず、瞼を下ろす。

「君を愛すわたしの言を、信じて。」

 霧雨のような喋り方をする奴だった。出会ったときから。俺は掠れた小声を、辛うじて絞り出す。

「わかった…。」 

 そう言ったのは、テンシの言葉を信じたのが半分。もう半分は、下の階から、微かだがラオメの声が漏れ聞こえていたからだった。

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