【ロップ国】光羅謝
ロップ国に入ってからひと晩を明かした頃には、頬睦利町に帰れた。朝日が拝めるかと思いきや光は雲に遮られていて、幸先が悪く思える。
俺達だけで一旦家に帰る旨を伝えると、案の定アヨマは不思議がった。緊急の諸用、とだけ言って謝った。彼女はまさか、俺達が<使者>として狩り隊とドンパチしに行くとは思わないのだろう。いってらっしゃい、と笑顔で見送った。彼女の安全を考えて、アヨマは飛鳥の妹に預けている。
飛鳥の妹・八重は、サバザバした性格の変人である。3歳上の姉の瞳に<使者>特有の文字が現れたときも、本人より早く気付き平然と、お姉ちゃん<魔女の使者>になったんじゃない?と言い放ったそうだ。
今回も、急な『フラ・アンブロシオ』の依頼を二つ返事で引き受けた。彼女自身は半グレなどに対抗する力に乏しいが、彼女の技術は、狩り隊をも対応し得る。玩具屋の姉に似た器用さを持ち、玩具屋の姉に似ない物騒な武器やトラップの製造業者という職を選んだのだ。
「お。やっぱりね〜。」
家に帰ると庭に人がいた。ラオメはしたり顔でその相手を指差す。
「予想通りだよ。ガーデンチェアに座って、これじゃどっちが家主だか分かんないね。」
同意しつつ近づくと、敷地を区切る低い塀に血がついているのに気付いた。大した量ではないが、新しい。かすり傷程度だろうが、まだ傷は治っていないはずだ。ふつうの人ならば。
「おっつー。」
ぴょんっと塀を飛び越えながら、ラオメは雑な挨拶を口にする。ガーデンチェアに腰掛けた人物は立ち上がりもせず、申し訳程度に視線をよこした。俺も塀を跨いで続き、
「怪我の具合はどォよ?」
そう尋ねると、相手はこちらに顔を向けた。
ひとつに括った黒い髪は、右耳と右目を隠している。視野確保の為にこじ開けられた隙間から、辛うじて薄浅葱色の左目が見えた。ピアスだらけの左耳も。
名前は知らない。先生と呼べと言われているが、大概の連中は女医と呼ぶ。
「オカゲサマで綺麗さっぱりだよ。」
右手を振られた。その辺りを切ったのだろう。確かにいつもの白衣には少量の血が滲んでいた。だが、手首には傷ひとつ無い。
ふつうの人間ではないからだった。
「そっちの仕事は、トラブったみたいだな。」
「…トラブってはないよ。」
「強がるな。服を見れば分かる。」
相方と互いの服装を確認し合う。着替える暇もなく運転・見張りを続けたため、薄汚れていた。それに俺達の好みとは違った服のチョイスでもある。ラオメの普段着は青系統が主だが、今は赤茶寄りだし、俺は常時着ているおサカナの助のキャラTをしまっていた。
「…トラブってはない。予想外なことがちょっとあっただけ。」
女医はふん、と鼻を鳴らした。
「それをトラブったって言うんだろ。まあいい、本題に入ろう。」
本題という単語に、ラオメはブランコに腰を下ろして傾聴の姿勢を取る。俺も女医の前の椅子に座った。
「これが例の申請書だ。」
パサ、と乾いた音を立てて、小さなテーブルの上に3枚の封筒が投げられた。ラオメと俺と、女医自身の分だ。
「お前の、頬睦利町の獣医ってェ宛名なのな。」
「<使者>バレしたのは頬睦利町に来た後だったからな。名前が分からないんだろう。」
頬睦利町に来る多くの奴等が、転居届けを出せずに引っ越す。なぜなら、住民票などで身柄を特定されたくないからだ。プチ家出と称した引っ越し途中で<悪魔殺し>を喰らった俺達と違い、女医は静か且つ速やかに引っ越しを済ませたのだろう。
「でも獣医って言われるとピンと来ないね。いっつも僕等のこと"治して"るのに。」
「お前等も獣だからな。」
「う〜ん、否定する根拠はないんだよな〜。」
「えぇ、否定しねェの?女医が無免許で人間も"治して"るだけだろ。」
女医が持つのは獣医師免許のみ。本来は人間の治療なんて詳しくはなかろうが、彼女には知識や免許を補って余りある魔術を持っていた。
治癒の力を持つ<魔女の使者>。
「いいか?獣医ってのはな、猫も犬もそれどころか馬や鳥や豚も診れる。そこにヒトを加えるぐらい、どうってことないんだ。ヒトは獣なんだから、1種増えたところで痛くも痒くもない。」
「女医は問答無用で"治せる"からその理論使ってもいいがよォ、ただの獣医がやったらヤベェからな。」
涼しい顔の女医に苦言を呈すが、彼女はまた鼻を鳴らすだけで話を戻した。
「お前等の実行日は明日の午後1時。30分前には飛鳥とリモンド。私のはお前等の30分後だ。」
こいつ全員分の封筒開けたのか。今頃リモンドと飛鳥は、プライバシーの気にしない闇医者に毒づいているだろう。
「何故、全員の時間をぴったりにしないと思う?しかも場所も近いときた。何が目的だと思う?」
女医の問いにはっとした。
一斉駆除なら普通、同じ時間に離れた場所でやる。その方が<使者>同士の連携がとれにくいからだ。ラオメを始めとしたフットワークの軽い<使者>を案ずるとしても、わざわざ近くで行うメリットは無い。
ひとつの可能性を除いて…。
「…やっぱり、SLAY-97を作れちゃったのかな。」
「……。」
今SLAY-97が出来ていたとしても、コッツティ王宮での時期から考えて、何個も完成している訳ではないはず。多分、試作品として1つか2つ程ではないか。
ならば2人くらいの<使者>を対応する間、他の<使者>に<悪魔殺し>は使えない。全員を同時に駆除しようとすれば人数はいつもより少ないはずで、そんな中<悪魔殺し>が無いのは危険である。どう回避できるか?実行の時間をちょっとずらして、場所を近くにすれば良い。1人の<使者>が"おわった"らすぐ、次の現場に<悪魔殺し>を運ぶのだ。これで済む。
「SLAY-97?おいっ、どういうことだ。」
流石の女医は、ラオメの発したひと単語を聞き逃さなかった。相方はSLAY-97が開発されている可能性について、簡潔に説明する。女医の顔色が悪くなるのに、そう時間は要さなかった。
「…私達ことを、本気で悪魔だとでも思っているんだろうか。」
微かに驚きと呆然を含んだその質問は、本気の疑問に聞こえた。思ってるに決まってんだろ、と俺は返す。
「悪魔だとは思ってねェのに、こんなことできるとしたら、俺ァそっちの方が怖いね。」
まるで害虫退治、とラオメがわらった。同感だった。




