【荷台】リモンド
ずっと寝てただろ、と夕方からの見張り役を押し付けられた。別にいいけど。運転席には蓮が着く。皆に背を向け猫のよう眠る光羅謝。助手席で休むアヨマさん。寝言を呟くラオメ。マリオネットを守るように座ったまま眠る飛鳥。
暫くして、蓮にそろそろ休むように伝える。長く寝ていた私と違い、彼はほとんど仕事を仕上げていたらしい。しかし、いや予想はしていたが軽トラのハンドルを離さない蓮。皆を起こさないように、小声の喧嘩未満話し合い以上が発生する。と、恐ろしく睡眠の浅い光羅謝がもごもごと起き上がった。
「…。」
彼はひと目で事態を把握し、荷台からほぼはみ出て蓮に近づく。彼の声はとても小さい代わりに、いつもより凄みを帯びて低かった。
「おらァ、これ以上騒いだらラオメが起きんだろ。止めろ。代われ。」
流石の蓮もごねるのは不可能と判断したのか、口を尖らせつつ道路の端に停車した。
「光羅謝の言うことは聞くんですね。私のこと、やっぱり舐めてます?」
「そんなことはないよ?」
荷台に戻って来た蓮へジト目を向けるが笑顔に弾き返される。このっ。軽トラは緩やかにスタートした。
蓮が隣で膝を抱えるように寝転ぶ。そう間を置かず寝息に変わった。
街灯の真下は辛うじて光が届くが、殆どの空間が暗闇に満ちている。食べ掛けのカップアイスみたいな月。ぽつぽつと星。
明後日にはロップ国に着くだろう。そしたら蓮と私、飛鳥は離脱し、残りの3人はファオマ帝国を目指す。
そして、『フラ・アンブロシオ』の2人は_
「あれ…?んん、羅謝あ…?」
ラオメが寝ぼけた声を出しながら、ゆっくりと起き上がる。私は声を落として応じた。
「蓮と運転を代わってもらいました。ラオメはもう少し寝ていて下さい。」
「あー、いや、脳味噌かくせーしたら代わるよ。」
私はそこまで眠くないが、交代の周期が狂うのも悪いだろう。結局、首肯した。小さく唸りながら起き上がるラオメ。ラオメは基本、ぱきっと目覚めない。
「…ひとつ、訊きたいのですが。」
「ん〜?ああ、好きな車種は、ごっついやつで可愛ーの。」
どんな車か想像つかない。しかも、私が訊きたいのはそんなことではなかった。
「アヨマさん相手にも、お二人の"モットー"を貫くのですか?」
今度の返答は素早く、はっきりとした口調だった。
「勿論。」
『フラ・アンブロシオ』のモットー、それは依頼人に<魔女の使者>であると明かすことだった。依頼遂行後に、彼等は危険を冒して伝える。助けてもらった恩や実力への敬意から、おおらかに受け入れる人もいるらしい。リピーターすらいる、と。一方で、大半が拒絶するそうだ。助けたのに、守ったのに、望んで得た力では無いのに。
"悪魔_!!"
「…何故か、訊いても?」
同時に、フォマ教は<魔女の使者>を嫌悪していた。嫌悪という言葉では生温いか。<使者>は殺されるべきで、その者を匿うのも死に値する行為だと言うのだ。しかも惨い殺し方であればある程良いと、聖書に書かれている。こんな文の何処が清いのだろう?
アヨマは、フォマ教を深く信じて見える。命の恩人でも、いくら仲良く話そうと、<使者>と分かれば彼女に残るのは殺意だけだ。
分かり切った哀しい答え合わせなど、しなくてもいいのに。
「訊きたいことは1つでしょ。
頭、起きてきた。リモンドはもー寝ていいよ。」
「お得意さん割り引きの一貫として、答えて下さいよ。」
間があった。隣を見ると、ラオメは髪を解いていた。ナイトキャップに入れられていた髪がいつものツインテールになっていく。それを見て思い出し、私も自分の髪を後ろで丸くまとめた。寝るときに荷台に髪がつくのは、喜ばしくないからだ。中学生の頃は、髪なんて気を使わずヤンチャに染め放題だった癖にとは、少し思うが。
「…ナポリ、観たことある?」
ラオメがそう言ったのは、私が寝転んだ直後だった。もう返答は諦めていたので、素直に驚いた。
「…いえ、申し訳ないですが観ていません。」
それがバレエの演目で、ラオメの気に入りの話だとは知っていた。しかし、物語のあらすじを光羅謝から軽く聞いたきりである。
「ラスト、みんなで踊るシーンがね、最高に綺麗なの。」
その言葉の何処が質問の答えなのか、てんで分からなかった。曖昧な相槌を返す。
「羨ましかったんだよね。…僕も、ああゆう生き方がよかった。」
「…ああ、…そういう意味…。」
途端、腑に落ちる。<使者>として、またラオメを知る1人として、理解できるだけの情報は持っていた。
<魔女の使者>は生まれつきでない。ある夜、唐突に<魔女の使者>になるのだ。眠っている子供の内、"適性のある"者の元に<魔女の使い魔>が訪れる、らしい。朝起きて、"選ばれてしまった"と気付くのだ。
選ばれた者の中でも、<使い魔>に気付いて目覚めた子供は、<魔女の申し子>と言われる。<使者>より強い力を持つのだ。そして<魔女の申し子>より強い力を持つのが<魔女の愛し子>。<魔女の使い魔>と会話をした者のことだ。
だけど、私達は別に強さなんて望んでいない。平々凡々に、幸せに暮らしたかった、だけ。
「確かに<魔女の使者>は、大勢とナカヨクなんて出来ませんもんね。」
言葉にはしないが、ラオメはもうひとつマイノリティとしての生き辛さを抱えている。
「仲良くって言うか、…もっと馬鹿らしい話なんだよね。」
「馬鹿らしい?」
息を吐く音が聞こえた。溜め息なのかもしれないし、笑声かもしれない。
「本当に、あのナポリのラストシーンみたいに、生きたいの。」
馬鹿でしょ?と囁かれ、どうでしょう、と返す。運転席の光羅謝は聞こえているのだろうか。少なくとも、店名を『フラ・アンブロシオ』と決めた時点で、彼はこの話を聞いたのだろう。
「まあでも、分からなくもないですよ。私も昔はお伽話のラストに憧れてました。」
あ〜、とラオメが笑った。
「こうして彼等は、いつまでもいつまでも、」
「幸せに暮らしましたとさ。」
続きを先に言うと、ラオメがまた小さく笑った。私も笑い声が漏らす。
「そうだね。僕も割と好き、あのフレーズ。」
「ふふっ、でしょう?永続的幸せなんてあるのかも、分からないのにね。」
「ねぇ。」
目を閉じる。柔らかな闇色を眺め、なるほど私も案外眠かったのだなと思った。
「…リモンドはさ、どう思う?」
「何がです?」
「この年になっても、お伽話を追い求めるのって、ヤバいと思う?」
明るい声だった。明る過ぎもした。普段感情を示さないラオメが、そんな風になるなんて珍しい。
「いいえ。追うものがあるのは良いことでは?楽しそうですし。」
上体を起こし、ちらと運転席を見る。真っ暗なので安全運転に集中しているらしく、彼がこちらの会話に気付いた様子はない。
なんで起きた、の顔のラオメに、私は微笑んだ。
「それと余談ですが、彼もお伽話、好きだと思いますよ。」
一瞬ラオメはぎょっと目を見開いた。表情管理の怠らないこの子に、そこまでさせられたら上出来だろう。気まずそうに視線を逸らすアリスブルーの頭へ、軽く野次を飛ばす。
「彼は割合ずばりと言う人ですからね。言われるまでは良しと見なしてみてはいかが?甘やかし上手相手だと不安になるのは分かりますがね?」
「うるっさいなー。てか甘やかし上手なら、ウチの相棒より蓮でしょ。昼も肩借りて寝ちゃってさ。」
照れ隠しなのか、ラオメの口調は少し荒かった。
「寝ている間に逃げられたら堪りませんから。」
「あれってそーゆー理由なんだ…。もしかしてマフィアに会いに行ったのも、リモンドが寝てるときだったの?」
テキトウに返すべきだったと後悔しながら、荷台に寝転び直す。
「いいえ。きっと彼は、私の眠る間は側に居ますよ。」
飼い猫のように隣で丸まる青年を見詰め、それから瞼を下ろした。ラオメの小さな声が、上から響く。
「いいね。」
短い言葉の中に、何処か切実な雰囲気があった。
「…あなたの相棒は、いつでも側を離れないでしょう?」
返事はすぐには来なかった。
光羅謝は、人生のモットーや指針が空っぽな人だった。だが、いやだからこそなのか、ラオメのもつモットーを愛して、それに従って進むのを好んで見えた。
それでも不安に感じるものなのか。
溜め息を吐いてから、私は軽薄な口調で指摘する。
「4年前、あなた方がどうしてSLAY-89で死ななかったか、忘れたのですか?」
「…覚えてる。」
子供のような声。思わず呆れ笑いが出た。
「なら不安がることはないでしょう。お二人はバラバラにならないようになさい。あなた方はにとっては、それが最良の<悪魔殺し>対策です。」
風が頬を撫でる。蓮が僅かに呻いて寝返りを打った。返ってきたラオメの声は、何処かぼんやりとしていた。
「彼じゃないの。彼じゃなくて、違う人の話。」
"悪魔_!!"
「…家族ですか?」
「うーん…。今はもう、家族じゃないかな。」
私の両親も、多分そうだろうと思った。
「光羅謝は?」
間があった。答えに詰まっていると言うより、予想外のところからポップコーンでも飛んできたような、そんな腑抜けた間だった。
「今はもう、家族かな。」
でしょう?と返す声色は、我ながら得意気だった。ラオメは何も言わない。深呼吸をすれば、故郷のジル国と、独り立ちしてからずっと暮らしているロップ国を、ブレンドさせた匂いがした。




