【アテ】蓮
視線の先にいたのは、飛鳥という名前の女性であった。
茜色の瞳の丸さや、千知露国の出身らしい低めの背で、実年齢より幼く見える。ツインテールにした鴇色の髪先は肩に触れるくらい。大量のフリルと薔薇の刺繍に飾られたゴスロリ。片目を隠す眼帯。幼そうな反面、表情や動作に堂々とした勝ち気さが感じられる。
オレと同世代で出身国も同じ、玩具屋だ。いつもの豪奢なゴスロリ姿も、この国だと馴染んで見えた。
「飛鳥〜!」
「!!?」
ラオちゃんの呼び掛けに、彼女はぎょっとして駆け寄って来た。何故か大袈裟なくらい声を落として、
「ちょちょちょっと今ね、色々あって、…あ〜もう!依頼するわ依頼。ロップ国に帰られなくなっちゃった!」
「はァ?」
ティク国の公用語はシャニ語であったため、羅謝くんも眉を盛大に歪める。飛鳥さんの顔は、申し訳なさと苦々しさと焦りを足して炭酸水で割った感じだった。
「東部マリオネット大会って分かる?一回手伝わせたでしょ。そこで、あたしが…"ま"から始まる奴だってバレちゃったのよ!」
"ま"から始まる奴?…<魔女の使者>、か。ラオちゃんが一瞬呆れ顔になった。
「それでー?狩り隊がいっぱい来てティクから出られなくなっちゃった?」
凄い勢いで首肯する飛鳥さん。ツインテールの毛先が暴れた。りーくんが口元に手を当てて、いかにも考え込む素振りを見せたが、どうも笑ってしまうのを隠しているらしい。
「だからさ、助けて欲しくて…。勿論そこの子が先なのは分かってるわ。順番は守る。その後でさ…。」
そこの子、と視線で示されたのはアヨマさんだった。『フラ・アンブロシオ』だけでなく、オレ達とも顔見知りであるため、必然的に少女が依頼人だと分かったのだろう。
「バレたなら警備体制は強化されてるよね。ちなみに、ファオマ帝国側の国境ってどんな感じ?」
「ファオマ?そんなの一番厳重に守られてるに決まってるでしょ。ティク国側からは勿論、ファオマ帝国側からも侵入させないように衛兵がずっといる。何せ、信仰さえ変えれば入れちゃうんだから。あたし達には、信仰なんて2の次にも入らないもの。」
ご尤もだが、アヨマさんが聞いたら不快になりそうだと思いこっそり彼女を窺う。アヨマさんは不本意な顔をしていたが、出稼ぎ先で散々似たことを味わっていたのか、特に何も言及しない。
「彼女、アヨマちゃんって言って、ファオマ帝国の出身の子なんだよね。今、帰る途中。」
ラオちゃんがさらりと口にした言葉で、飛鳥さんは先程の自分の発言を検討する顔になった。直にファオ教を否定した内容では無いものの、己の信じるものを入国の手段のように語られては腹立たしくなるだろう。飛鳥さんも同じく結論を出したのか、慌てた様子で少女の手を摑み訴える。
「嫌な気持ちにさせてたらごめんね。あなたの国教を馬鹿にしたんじゃないの。単に、人生観の違いと言うかね。あなたのその価値観は間違ってないし、でもあたしのこの価値観も間違ってないと思ってるの。」
「価値観…。信仰が2の次にも入らないってことは、無神論者なんですか?なら、あなたは何を信じてるんですか?」
アヨマさんは苛立たしさからではなく、純粋に不思議がっているらしい。飛鳥さんは僅かに眉根を寄せた。
「…そうだね。……なんだろ。」
茜色の双眸を歪めて、彼女は答えた。
「特に、何も無いかな。」
唖然とする少女を眺めながら、そうなるだろうとは思った。2人は、視界が遠すぎる。
「飛鳥さあ、いつもの軽トラ乗って来てない?」
意図してだろう、ラオちゃんが明るい声を発した。飛鳥さんも一拍置いてから、いつもの調子に戻って答える。
「すぐ近くに停めてるけど。どうして?」
いつもの軽トラ。それは飛鳥さんの愛車だった。つまりは、さっき話していた、逃げるときあれば嬉しい自家用車。
『フラ・アンブロシオ』はニヤリと笑った顔を見合わせた。
「「アシ、ゲット〜!」」




