【決断】蓮
バレるかもとは、正直思っていた。りーくんは何故かオレの考えを読んでくる。その理由が"メイトだから"なんて彼らしくなくて笑えた。
りーくんも言った後にからりと微笑み、しかしすぐに表情を引き締めた。
「アヨマさんに確かめました。王宮の大規模兵器とは、SLAY-96のことでほぼ間違いありません。」
大体予想は出来ていた。だからこそ、りーくんの言うところの"バカな計画"を急いだのだ。
「今回のでSLAY-97になったかもしれない。96回の改良の結果、何がパワーアップしちゃったのか、オレ達はてんで分からない。この計画は必要だと思う。」
「<使者>のためにあなたが命を賭ける意味は何です?恩がある訳でも頼まれたのでも無い。いえ寧ろ、私は止めているのに。」
「なんで止めるの?りーくんだってSLAY-96に勝てる見込みは低いんでしょ?」
昔、飲みに行ったときに、彼は珍しく弱音を吐いたことがある。怖いな、と。
「何故止めるのかって…。阿呆なんですか?」
機嫌が悪いと、りーくんは眼光と言葉が荒れる。結論、今メッチャ怒ってる。
「いや、だって。」
「記事は書けそうですか?」
ラオメも手伝ってくれたから、情報は大方集められた。記事を書ける程度には。
それでも留まっているのは、脅しに行く相手探しのためだ。下手に仕事熱心な上層部を捕まえたら、情報を得る前にオレの首が飛ぶ。きちんとした下調べが必要だった。りーくんもそれを見抜いているのだろう。
「こんな危険な記事は書かなくったっていいと思いますが、私は翻訳と撮影が仕事なので、記事には口出ししません。代わりに、記事を出したら暫く逃げましょう。タルマッタ紙なら高く買ってくれるでしょうから、狩り隊が鎮まるまで静かにするくらいなら、大きな仕事はしなくとも平気です。」
早口になるのも、不機嫌の証。それは分かっても、彼に対応した上手い機嫌取りの方法をオレは知らない。
「ですから、まずはここを出ましょう。」
藤納戸色の瞳はいつも通りを装っているが、ポーカーフェイスな仮面の奥で揺れていた。
「…何をそんなに怖がってるの?」
途端りーくんが目を見開き、言葉を間違えたと悟ったが後の祭りだった。彼の仮面にヒビが入りガラガラと崩れ落ち、荒んだ瞳がオレを睨み付けた。立ち上がったせいで見下される形になる。いつも完璧に整っている裏葉色の髪が、僅かならが乱れていた。
「あなたのせいですよ!マフィアに会いに行く、治所を取材する、クスリの売人を突き止める、コッツティに入る、狩り隊を脅す…。簡単に危険に突っ込んで行って!信念?生き方?そうやって格好つけたまま死ぬ気ですか?君が何をこの世界に望んでいるのか微塵も分かりませんが、死ねばそんなことも叶わない。ねぇどうして、……どうして、こんな生き方を選んだのですか?」
最後の問いかけは静かだった。喉の奥が震える。
「選んだ訳じゃなくて、こうしか、生きられないって、いうか。」
りーくん達は<魔女の使者>となった瞬間から、多くの選択肢を断たれた。それに比べれば、オレの人生の幅は広かったのだろう。でもオレの手で選べる選択だけを見ていたら、いつの間にか選択肢なんて無かった。"ちゃんと"考えて選んでいたら、こうなっていた。
そういうこと、自分の頭では整理できてるのに、まるで言葉に成らない。沈黙が下りる。暫くして、口火を切ったのはりーくんの方だった。
「……帰りません?」
同級生に初めて、一緒に帰ろうと誘う小学生みたいだった。時計の秒針がくるくる回る間考え込んだものの、やっぱりオレの選択肢は、実質ひとつなのだ。
「記事は絶対出す。でも、明日帰る。狩り隊のとこも行かない。」
りーくんは目を閉じて頷いた。ありがとう、と囁かれ、返事に困る。心底ほっとした顔をしていて、オレはまじまじとその顔を眺めた。
己の命が惜しくない訳では無い。だが、惜しい訳でも無い。だから、こういうりーくんを見ていると、重荷になって悩ませて申し訳ない反面、自分の"重さ"を誤認出来て、ちょっと安堵してしまう。
「…帰りましょう、蓮。」
分かった、と返す。