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雑草の花束  作者: 片喰
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【選択】リモンド

 手が震えていた。

 私のではなく、彼の手だ。

「この話ラオメと共有してェんだけど、いい?」

 いつもの声と口調だった。私は目を閉じて頷く。

「どうぞ。危険管理については、お二人に丸投げしている形ですから、そちらで判断頂ければ幸いです。」

「ん。」

「…あなた自身はどう思うのですか?」

 衣擦れが聞こえた。気配が近付いたので瞼を上げると、予想以上の至近距離に光羅謝の顔があった。

「…なんです?あの、本当に。」

「んにャ、へーんな顔してんなァと思って。」

「悪口ですか?傷付きますね。」

 正しくは"変な表情"だったのだろう。光羅謝も、分かってる癖に、と言うかのような微笑を浮かべた。

「俺は、蓮の仕事に希望を感じてる。世界のクソ基準をブチのめせるかもってなァ。だから危険管理はするが、基本あいつの指針を尊重したい。…俺の思うに、あいつは続けるよ、取材。」

 それには答えず、もうひとつの質問を口にする。

「ラオメがどう考えるか、予想がついているのでしょう?」

「予想はあるけど、当たってるかは知らねェ。お前そんな気になんなら、自分でラオメに訊いてみたら?」

 多分俺とおんなじような内容じゃねェかな、と彼はいつもの仏頂面で付け足した。

 隣の部屋の扉をノックすると、ラオメはすぐに顔を出した。ノック音で私だと分かったらしい。丁度アヨマは入浴中で、彼女に聞かせない配慮は簡単だった。

「なんかあったんでしょ。僕の相棒とこそこそしちゃってまあ〜。」

 ニヤニヤと揶揄するラオメに現状報告を叩きつける。笑みは流石に消えたものの、ラオメが動揺を表に出すことは無かった。そうして光羅謝と大分異なる口調で、彼と大体同じ内容を述べた。

「あなた方は、何故そうはっきり決められるのですか?」

 途方に暮れるような心持ちになる。誰もが強固な指針を持っている訳ではなかろうに、私の周りは持つ側の人間ばかりなのだ。

 ラオメがすっと私に顔を向ける。

 アリスブルーの毛先一本一本が、蛇のようにこちらを睨んで見えた。

「『フラ・アンブロシオ』の名を背負うとき、そう決めたからだよ。」

 きっと光羅謝も、同じことを言うのだろう。

 部屋を後にした。

          ◯

 机に肘をついて手を組み、額を乗せる。部屋の灯りを点けるべきだろうが、どうにも動く気力が無かった。光羅謝に頼むことも出来ない。彼は常備している飴が無くなったため、買い出しに出た。蓮もまだ脱衣所で歌っている。

 顔を上げても、視界は暗い異国のホテルの部屋に占められている。窓からは夜空が覗えたが、分厚い雲がかかっているのか星月は見つからない。のっぺりした空だ。 

 歌声が、さっきより明瞭になる。風呂場には背を向けているため見えないが、蓮が脱衣所から出たのだろう。ぱたぱたと、自前スリッパの足音。

「蓮。」

「なあーにー?」

 ペタペタと、足音が近づいて来る。

「あなたは、本当にアヨマさんを利用する気なのですか?」

 足音が止まった。

「…どういう意味?」

 振り返れば、無表情の蓮がじっとこちらを見詰めていた。いつも大量の光を放つ瞳が、月明かりが遮られているせいで、今は腐った柑橘類の様な色を閉じ込めている。

「アヨマさんによれば、あなたは彼女に"()()()()"と言ったそうですね。彼女はそれを気を使わせないためだと思ったようですが…。あのとき彼女の他にも買い出し係がいたのでしょう?ならば、"他の人を助けないのだから偽善だ"と言う方があなたらしい。」

 この発言は虚勢だ。彼が何と言うかなんて、経験から予測してみたに過ぎず、不正解でも驚きはしない。だが、蓮は特に何も言わずにこちらを見ていた。

「ならば何故あなたは利用という言葉を選んだか。本当に利用するつもりだったからでは?罪悪感から、真実を口にした。…違いますか?」

 表情を動かさぬまま、小首を傾げる蓮。疑問の意思表示では無く、思考を巡らすときの癖だ。それは分かる。だが、何を考えているのかは、私は分からない。

「彼女をどう利用出来るか。…囮なのではありませんか?」

「囮かぁ。」

 柔らかな声に反して、表情はずっと変わらない。双眸の荒々しく硬質な印象が、普段は微笑みで緩和されていたことを実感した。

「はい。彼女の存在で変わったのは、『フラ・アンブロシオ』の動きだけですから。彼等は帰り道、ファオマ帝国に行くでしょう。そこへ蓮が同行する必要は無い。寧ろ記事を急ぐため、あなたは彼等と別れる。それで何が変わりますか?ええ、あなたの行動のしやすさです。」

 溜め息が聞こえた。半ば諦めている声で、私の予想が正しかったことを悟る。喜べはしない。彼がまた、危険に身を投じようとしていたのだから。

「帰り道、あなたはひとりで狩り隊の元に行こうとしていたのでは?『狩り隊が、王を殺して王宮で武器を発明している』と訴える記事を書くと脅し、書かない代わりに対価を得る気だったのでは?

 帰る際も、『フラ・アンブロシオ』と違い私は無理矢理付いて行きますが、私ひとりなら振り切れる。狩り隊本部のあるティルク王国はここの隣ですから。それにだって昔やりましたもんね。あのときはマフィアだった。同じように、狩り隊本部に乗り込む気なのでしょう?」

 前髪をかき上げる。くすんだ緑の髪が、指の隙間からばらばらと落ちた。

 蓮は黙っている。狩り隊に要求する"対価"が何かも、私に言わせる気らしい。

「対価は、SLAY-96の弱点。…そうでしょ?」

 <魔女の使者>は<悪魔殺し>に勝てない。ジャンケンのチョキとパーと同じで決まっている。『フラ・アンブロシオ』以外で死なずに済んだ例は無いのだ。<悪魔殺し>に遭ったら死を覚悟するだけ。それも、悪夢の塗りたくられた最期を。

 そんなこと一度だけ、酒の席で話してしまったことがある。『フラ・アンブロシオ』からの絶望的な報告を聞いた後でだ。蓮のやわらかな性格を、考えずに。

 彼はあれからずっと、自分に出来ることを考えていたのではないか?

「…違いますか?」

「SLAY-96は、<使者>以外に危害を与えない。勿論、オレにも無害だ。つまりさ、リモンド達の為に、オレが命張ろうとしてるってこと?」

「私自意識過剰でしたらそう言って下さい。あなたがバカな計画していない方が、しあわせです。」

 蓮は小さく鼻を鳴らす。否定はしてくれなかった。

「…オレの考えてることなんて、分かんの?」

 全く分からない。だから、今から私が言う言葉は見栄っ張りで、無責任で、傲慢だ。でも、空っぽではない筈だ。

「私は君の、メイトですので。」

 雲が割れたのか光が差し込み、蓮の瞳がマリーゴールドの色に煌めいた。      

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