【思惑と想起】結
「カラッポすかね。」
自分の口からその言葉が出たことに、酷い嫌悪を抱いた。おれは、それを否定してほしいだけなのだ。光羅謝やラオメなら、絶対に否定してくれる確信があるから。案の定、ラオメは笑顔で首を振った。
「全然。」
「どうも…。」
気のない返事に、ラオメは表情を悪くせず続けた。
「レリはただ、緊張して意地悪言っちゃったんだよ〜。許してやれ。」
俺は、眉尻を下げて、真面目な人が初めて軽口を聞いたような顔で、微苦笑を浮かべる。そんな、まさか、と明るめの声で言った。ラオメは考えるまでもなく嘘に気付いて、少し呆れを見せながら、
「そんなに不安なの。」
「……う〜ん、まあ、すね。」
ラオメは若干の間黙っていたが、やがて唐突に意地の悪い笑顔を浮かべて、おれに耳打ちしてきた。
「レリってほら、ツンデレだから。デレが出てくるまで我慢してて。」
「…いや、なんすかそれー。」
思わず笑うと、後ろから肩に重みが乗った。手の大きさや少し体温の低い感じから、光羅謝だとはすぐ分かった。
「ほれほれ、じいさんところまではちょっと歩くぞォ。」
彼の言った通り、墓までは5分程歩いた。まず目に入ったのは、青磁色のガゼボだ。4、5人ならゆったり入れるだろう。その数歩隣に、お墓はあった。小さな塔のような見慣れない形で、コッツティの形式の埋葬法だと気付いた。凝った彫刻と色付け。塔のてっぺんには羽を広げた鳥の石像。ふと、おれは呟いた。
「皆さんで、作ったんですか。」
答えは分かっていた。職人にしては、情に溢れ過ぎている。
「飛鳥が居たのが救いだったな。あとの奴等は、みんなそれなりに下手くそだった。」
女医が懐かしげに口元を緩めた。ラオメが大袈裟に目を丸める。
「え〜、僕も結構良かったでしょー。」
「絵付けはね。彫ったのは殆どあたしだったじゃない。」
飛鳥が揚げ足をとるように笑った後、すっと表情を改めて墓の前に座った。ゴスロリみたいな豪華な服で、草っぱらに直接、いいのか?などと思ったのは俺だけだった。その動きで、他の皆は塔に向かい合った。八重が姉の隣に、蓮がその斜め後ろに腰を下ろした。それで、ああ、千知露国の人なんだ、と妙に納得した。姿格好よりも、その祈り方のほうがおれには納得感をもたらした。自分の育った国で育った人達なんだ、と。
3人が目を瞑って手を組む。リモンドとレーリッシュは立ったまま瞼を下ろし、胸に手を当てた。女医も手を組んで小声で聖書を諳んじている。目は塔をじっと見詰めている。
コッツティ王国の聖書なのに、彼女の祈り方はティク国のものだ。おじいさんはコッツティの出身で、彼女はティクの出身なのだろう。今、ここに国が混じり存在している事実に、おれは軽く衝撃を覚えた。
「…。」
俺は振り返って、殆ど部外者の俺よりも後方に立っている2人を見た。
光羅謝とラオメだ。
彼等は座ることも手を合わせることも目を閉じることもしなかった。ただ、静かに小さな塔を見詰めている。ラオメは寝ている赤子の髪を撫でるような顔つきだが、光羅謝に至っては遅刻癖のある旧友を待っているような、そんな呑気な表情だった。
確か2人ともリームト国の出身のはずだ。あそこならロップ国の大半の人達がやるように、手を組んで祈るのが主流だが。シャニ教が生活の根底に流れているから_そっか。だからか。
神を信じないと豪語しているのに、都合のいいときだけ信仰を使うのが、許せないのだろう。たとえ誰ひとりそれを批判しなかろうと、自分自身が許せないから。
何処までも真っ直ぐな彼等に幸福があるよう、口の中で祈りの言葉を囁いた。いいんだ、おれは真っ直ぐではないから。彼等の代わりに神に祈っても、いいのさ。