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雑草の花束  作者: 片喰
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【陽の光と】飛鳥

 緩やかに風が流れる。青い葉っぱの香りが鼻を撫でた。おじいさんがここを選んだ理由が、狩り隊対策だけでは無いと思える。おじいさんは自然が大好きな人だった。

「ここって…?」

 瞠目したまま、結が辺りを忙しなく見回している。

「外に出た訳ではないですよね。明らかに広過ぎる…。完全に異空間なんですか?」

「だろォな。<魔女>が作った地というのは、ここ以外にも色んな地方にあるらしいが、詳しい話は何ひとつ分かっちゃアいない。進むぞ。」

 レーリッシュはラオメの腕から逃げた。全身が空間内に入った後は、<使者>と共にいなくても問題ないのだ。あたしも妹の手を離した。

「"おじいさん"って人は、どうしてここを墓地に選んだんです?狩り隊に追われて、ですか?」

「そうだよ。それで『フラ・アンブロシオ』のとこに来たんだ。」

「何気に懐かしい。」

「だね〜。狩り隊相手に暴れまくるのはキツかった。」

「"暴れまくる"って?」

 当時の疲弊を思い出したのか、顔をしかめた2人は似た仕草で首を振った。

「狩り隊に攻撃とか嫌がらせをして、それをやめる代わりに、おじいさんに関わらないよう交渉したの。おじいさんは隊の内部情報を知ってて、狩り隊はそれを口止めしたかっただけだから、互いに不可侵を守ることで折り合いがついた。」

「なるほど、だから店も墓地も頬睦利町の近くのここにしたんですね。でも、折り合いがついたんなら、どうしてお墓をここに?レーリッシュさんなんか、1人じゃ入れなくて不便じゃ?」

「お前、狩り隊舐めてんのか?」

 レリが片眉を持ち上げて青年を睨めつけた。元はジル国で兵隊をしていたこともあり、彼の眼光にはふつうじゃ見られない凄みがある。しかし結は、あくまでも穏やかに小首を傾げた。

「と言うと?」

「たかが一般人との小さな約束なんて守るほど、狩り隊は律儀じゃねぇんだよ。不可侵なんていつ破られてもおかしくない。お前そんな頭カラッポで、よく今の今まで生きてるな。呆れる。」

 レリの鼻で笑う声を、ア゙?と低い声が消した。光羅謝だ。彼は顎と口角を上げて見下ろすようにレーリッシュを眺めた。声の割には冷静な表情をしているが、サングラスが数ミリずり落ちた。

「あんまり馬鹿みてェなァことピーピー囀んなよ。うっかり殴っちまう…。」

「やりてぇならどうぞ勝手に。どうせお前のパンチなんかそよ風だ。」

「そよ風で倒れるところを見せてくれるってェ?」

「閻魔に会う前にその舌抜いてほしいのかよ。(うち)の豚タン代わりに出してやろうか?」

「偽装販売してんのかよ、終わってんなァ生物として。ノロウイルスからでもやり直せよ。」

 睨み合った男性2人の間に、にっこり笑顔のラオメが歩み寄る。怪訝な顔になったレリと違い、光羅謝はこのあとの展開を察したらしく、全てを受け入れる覚悟で目を閉じている。

 眉尻をつり上げたレリの頬に右ジョブが、ほぼ間を置かず光羅謝の顎に左アッパーが叩き込まれた。草原に突っ伏した相棒の意識があるのを確認してから、ラオメは目を丸めているレーリッシュの腹にストレートを決めた。レリは腹を抱えて呟く。

「お前、転職するならジルで軍部の試験受けろよもう。」

「やだよ。」

「あ、あの…大丈夫なんですか?」

 おずおずと結が口を出す。ラオメはきょとんとしてレリを指さす。

「ほら、元気そうでしょ?大丈夫だよ。」

「いや全然元気そうじゃないっす。ていうか、光羅謝の方が心配なんですけど。」

「でもこいつ、どうぞ!って感じだったし、大丈夫でしょ。」

「どうぞ、ではあったけど…、ここまで本気でやられると、思ってなかった…。」

 地面からうめき声。殴られるとは理解していたらしい。ラオメは手を貸して起き上がるのを助けつつ、呆れ顔をした。

「だったらホイホイ喧嘩すんなって。」

「ホイホイ悪口言うのはどォなんだよ?」

「だから2回殴ってあげたでしょ。1回目は喧嘩した分、2回目は悪口言った分。満足した?」

 うーん、と呻きながら結を覗った光羅謝は、彼が呆れ混じりの可笑しみを顔に浮かべているのを見ると、頷いた。

「そォだな、まァうん。」

 どうも、結を思って喧嘩を吹っかけたらしい。腕力でなら即負ける相手なのに(光羅謝が腕力で勝てる相手っているのかな?)。年下を可愛がる性分である。

「じゃあ終わりってことで、ほら、おじいさんとこ行こ。」

 ラオメが光羅謝の背中を押して進む。結とリモ蓮も続いた。少し遅れてセンセイも。だがレリと八重は黙ってその後ろ姿を眺めている。その様子が気になって、あたしも足を踏み出さなかった。

「八重も、嫌いだろ、あのタイプ。」

 沈黙が暫く続いたが、やがてレーリッシュが口火を切った。結のことだとは、視線で分かった。八重は数度頷いた。

「嘘つきの臭いがする。ね?」

 妹は目を眇めた。彼女が以前訊いてきた"どっちがマシ?"という声が再生され、あたしは唇を噛み締めた。数十秒考え込んで、それから妹とレリの手を取った。

「寝返ったら殺し合う。あたし達、手を組むときそう約束した。それでいいと思う。周りの人が何を考えているかなんて、結局分からないもの。でもね、だからこそあたし、本当に裏切られるその瞬間まで、信じているわ。だって分からないでしょ、裏切ったように見えるその人の、心の中までは。」

 繋いでいる手に力を込める。あたしは2人と順に目を合わせた。少し、ほんの少しでいい。この、傷つけられることに慣れてしまった、怖がりな愛しい人たちの重荷を、軽くしてあげたい。それが、あたしの精一杯で独り善がりで愛だった。2人の不安を打ち消すように、意識して背筋をぴんと伸ばす。

「もしそれで大事(おおごと)になっても、あたしがこうやって手を引いてあげるから、一緒に逃げればいいわ。」

 ね、と妹の口癖を真似て、あたしは笑んだ。八重は一瞬逡巡したが、すぐに小さな笑い声を漏らして、あたしの手を強く握り返してくれた。レリはあたしの言葉に一旦首肯してから、照れ隠しらしく、アンタには呆れる、とぼやいた。

 正面に顔を戻すと、ラオメに何か声をかけられた結が、目を丸くしてから破顔しているのが見えた。光羅謝が2人まとめて肩を抱く。

 青年のその横顔を見るに、確かに彼は『フラ・アンブロシオ』以外のメンバーを信用してないのだろう。でも同時に、あたしですらそれが分かるってことは、結はラオメと光羅謝は信じてるってこと。

 なら、逃げなきゃいけなくはならないだろう。あたし達はきっと、まだまだ一緒に居られる。

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