【王宮】アヨマ
ファオマ帝国からコッツティの王宮へ出稼ぎに来て早5年になる。下働きとは言え、王宮で働くのは自慢だった。何よりの魅力は、半年ごと長期休みが貰えて家族にも会える職場環境。そのときも、そろそろ長期休みが取れると思っていた頃だった。
突然、大量の狩り隊が王宮に来たのだ。ファオマ帝国とは違い、コッツティ王国では時々狩り隊を見る。とは言え、こんなに沢山、しかも王宮に居るのは異常事態だった。
そして狩り隊は、王宮関係者の外出を完全に禁止した。ここに狩り隊の大規模兵器を設置する、と伝えて。
困惑しながらも朗々と反対した国王は、…殺されてしまった。銃弾を補充しながら、狩り隊のひとりが言った。
「これは世界の為に必要なのです。反対するなら世界に害悪を成す存在として殺処分しますので、そのつもりで。」
亡くなった国王は、国民に悼まれることもなく、小さな棺に詰め込まれた。代わりに王の座についた男は、終始びくびくと狩り隊の顔色を覗ってばかりだ。王宮の外の人々が何故代替わりしたのだと叫ぶ中、しかし狩り隊は説明する気なんて毛頭ないみたいだった。
ずっと閉じ込められるはずだった王宮関係者だが、例外が生まれた。食料が無くなったからだ。身分の低い者や顕著に怖がる子供などが数人選ばれ、買い出しを命じられた。そんな者なら命令を従うと思ったのだろう。下働きで、しかも出稼ぎ娘なものだから、わたしも選ばれた。買い出し中、絶対に逃げ出してみせると周囲を伺っていると、ある人と目が合った。
コッツティらしい低身長と日焼けの肌、柔らかな赤茶の猫っ毛。男性にしては華奢で、鼻や口の造りも子供っぽい。
大袈裟に言えば、か弱い雰囲気で、なのに目が合った途端その印象は吹き飛んだ。
鋭利な刀の様に、鮮やか且つ靭やかに輝くマリーゴールドの双眸。
「……ねぇ、君。」
その声は、マリーゴールドの目と同じ空気を纏っていて、すぐにその人の声だと分かった。
「っ、わたし…?」
頷いてから彼はぐっとわたしに近付いた。周囲を覗いつつ、わたし以外に聞こえない声で囁き掛けてくる。
「顔色悪いけど、君、何かあったの?今、やばい感じ?」
心臓が鳴る。今わたしは狩り隊に見張られてる?いや、絶対に見張られてる。どうしよう、下手に動いたら、
血を吹いて倒れる前国王の姿が、頭を過った。
「話、合わせて。」
え、と言う間もなく、彼はいきなりわたしの襟元を摑んだ。
「何さっきから見てんだよ!あぁ?文句あんなら口で言えよおいっ!」
「え…?ちょ、なんで…。」
悪い人だった?わたしどうなるの?
唐突に荒んだマリーゴールド。彼は戸惑いの視線を向ける周囲を見回し、盛大に顔を歪めた。
「…チッ、ちょっとお前付いて来い。」
「待って下さい!ちょっと!誰かっ!助けて!」
誰もが目を背ける。わたし達を監視していたらしい狩り隊が出て来たが、ただこちらを眺めるばかりだった。
理由はすぐに分かった。狩り隊が前国王を殺したことを知っている人間は、少なければ少ない程いい。わたしがこの世から居なくなるのを望んでいるのだ。彼等にとって、この状況は渡りに船。助ける筈がない。
「嫌ぁ…っ…。」
人のいない、暗くて小汚い裏路地に引っ張られる。彼はそこに着くや否や素早く周りを確認し、わたしの肩を摑んだ。
「ごめんね、怪我してない?」
マリーゴールドの目は、最初の輝きに満ちていた。
「…へ…?」
「狩り隊が君のこと見張ってたから、ああでもしないと撒けないと思って。説明も無しにごめんね、怖かったね。ごめん。」
演技だった…?わたしを助ける為に?
足から力が抜けていった。四六時中銃を構える狩り隊まみれの王宮から、逃げたのだ。わたしは、家族の元に帰れるかもしれない。生き延びる可能性を摑めた…?
「わっ、わたし、もう、駄目だと……!」
思っていたより、わたしの心は限界だった。彼は穏やかな声で、頑張ったねと繰り返しながら背を撫でてくれた。暫くして頭の整理がつくと、自分がまだ命の危機に片足突っ込んでいることに気付いた。だって、この国から出られていないのだから。
「それにしても一体何があったの?その服、王宮仕えでしょ?」
「狩り隊が、いっぱい、来てて…。……いいえ、ここまで良くして頂いたのに、これ以上巻き込めません。あの、ありがとうございました。」
最悪、この人も死んじゃうかもしれない。わたしを助けたせいで。それは嫌だった。
だが彼は少し考える素振りを見せてから、静かに言った。
「…オレ、記者なの。丁度この国を調べているんだ。」
強い瞳。
「情報提供をお願い出来ませんか。この国に必要なのは、銃じゃなくペンだ。」
「…でも、危険じゃ…、」
彼は表情を緩め、
「優しいね、ありがとう。分かってるよ。でも大丈夫。オレにはこれが天職だし、協力してくれる人もいるしね。…オレはね、君のこと利用するんだよ。だから君も、オレを利用するといい。」
励ます意味なのか、とんっと肩を叩かれる。利用。きっと、わたしの負担にならないための嘘だ。でも、その方がお互い軽くていいのかもしれない。
「…記者さん、わたしが家族の元に帰るのを手伝って下さい。そしたら、情報を教えます。」
それを聞いた彼は、内容に似合わずふわっと柔らかな笑みを浮かべ、頷いた。
「オレの仲間に頼めるかも。訊いてみよう。」
近くに隠れていたらしく、彼のその言葉の後すぐにツインテールの人物が現れた。きつめの吊り目だが、水色の髪や垂れ眉が可愛らしい印象を作っている。
「どもども、『フラ・アンブロシオ』のラオメで〜す。お姉ちゃんの家って、どこの国?」
そういう訳で、わたしは<ファマの愛>と情報を餌に、彼等を利用することにした。