【蓮】リモンド
ホテルに戻るとすぐに、蓮がラオメを連れて王宮近くの市へ出かけた。光羅謝はラオメが心配ではあろうが、この国でもやはり185cmは目立つため、三人の中で最も低い171cmのラオメが選ばれたのを理解していて、文句は言わなかった。帰った蓮の表情を見るに、情報収集は上々らしい。
2日目は、昨日市で会って、今日話す約束した相手に会いに行く。コッツティ語しか知らないそうなので、私が同伴した。午後はまた、蓮とラオメで王宮や市へ行った。私と光羅謝はまたもや留守番となる。
「リモンド、いいィのか?」
留守番中、彼がそう問うたのは唐突だった。椅子を揺らしながら、天井を眺めて、つまり私には一瞥もくれず。人の目を見ないのは、彼によくあることだった。
「何がでしょう。」
「今回の件、ヤな感じがすんだろ。お前だって感じてんじゃねェの?狩り隊の影も濃過ぎるし。」
溜め息が溢れた。頬杖をしながら、私はこの話を誰かに聞いて欲しかったのかも知れない、と思った。
「おもしろいことを言いますねえ。狩り隊が関わっているのは、王の代替わりのニュースを観た瞬間に分かってましたし、嫌な感じも最初から感じてましたよ。」
「あっそォかよっ。」
「ではなぜ来る前に蓮を止めなかったのかと、そう訊かないのですか?」
「訊くかよ。あん馬鹿の蓮は、忠告して従う野郎か?いーや。お前の話に、ソーダネなんてニコニコと言って、そん後1人で出発するぜ。だったら行かせたくなくても、自分が付いて行く方が安全だ。」
思わず、小さいながら吹き出してしまう。昔そのようなことがあった。いつの間にか蓮が消えていて度肝を抜かれた私は、当時から付き合いのあった『フラ・アンブロシオ』に連絡し、探すのを手伝って貰った。だが、あろうことか蓮は取材したいと言っていたマフィアと仲良く談笑していた。『フラ・アンブロシオ』と蓮は初対面だったが、その二人すら呆れ果てていた。私は腰が抜けそうだったが。
あれ以来、私は彼を止めない。それでも私の同行許可は何が何でも得る。そうしてバディをやってきた。今回だってそうだった。
「まァ頑張れ〜。」
他人事だ。実際、そうなのだけど。
光羅謝は窓の外に目を移した。会話終了ということだろう。私は撮った写真の確認を始める。
「あ゙ァ?」
2枚目のピンボケ写真に溜め息を吐きかけた頃、光羅謝がポケットからスマホを取り出した。電話らしい。彼が出るとすぐに、ラオメの明るい声が漏れ聞こえた。
『もしもーしっ。羅謝、なんかさ、女の子と蓮が仲良くなってさ。』
「ナンパ?ラオメ気をつけろよ。女の子でも男の子でも、初対面で食事に誘われたら断りなさい。車には乗らないこと。危ないときは叫んで周囲の助けを呼ぶこと。なりふり構わず逃げなさい。もしも相手を殴り殺しても、不法出国だろうが証人隠滅だろうが、やってあげるから容赦しなくてよろしい。」
途中までは教師か両親のレベルだったのに、最後の一文が壊滅的である。私は半ば呆れたが、ラオメは慣れたもので、返答は雑でさえあった。
『話聞いてたー?僕じゃなくて蓮の話だから。てか、どっちかと言うと蓮がナンパした感じ。取材したいだけだろうけど、天然でやらかすよね、あいつ。』
「あっそー、ならいいわ。でェ?用件は?」
『その女の子が、情報提供する代わりに出国の手伝いを頼んでる。ホテルに連れ帰って、出国まで保護し続けて、不法出国、その後故郷まで連れて行くって流れになると思う。どうする?この仕事、受ける?』
黄色の毛先を弄くりながら、彼は椅子を揺らした。
「故郷の国、どこ?」
『ファオマ。』
「隣だし寄るのは簡単か。あーてか、ファマ教の人なんだよな?なら入国は楽か。」
『そゆこと。それに、お金払えないから代わりに<ファマの愛>をくれるって。ファオマ帝国に入れるのは有り難くない?』
ファオマ帝国は比較的新しい小国だ。ファマ教を国教とし、その信者ならば犯罪者でも国民として守る。入国が楽、と言ったのはそのことを受けてだろう。他国では罪人として見られる不法出国者が入国に必要なテクニックが、ファオマ帝国では要らない。
そんなファオマ帝国は、ファマ教信者でない者は入国できないという掟がある。治所も狩り隊も拒否して自国兵のみによる防衛であるにも関わらず、その守りは鉄壁で、未だ不法入国を果たせた話は聞かなかった。『フラ・アンブロシオ』さえ過去に失敗している。
ファマ教信者にならずに入国する方法は1つだけ。ファマ信者から、<ファマの愛>の称号を貰うこと。親族や友人と会えるよう、または恩人へ感謝として贈るものだ。不法出国を手伝ってくれた恩人達にあげてはいけない、という決まりはない。
「ふ〜ん…。確かにそりャいい。いいぜ、受けよう。」
『おっけ〜。じゃあ後でね〜。』
歌うようなラオメの声を聞きつつ、私は椅子に思いっ切り背を預けた。いいな、彼の相棒は報連相がちゃんとしている。私のバディにも、そうあって欲しいのものだが。
「どした?」
通話を終えた光羅謝が、小首を傾げる。私は内心の恨めしさを隠す気も起きない。
「分かりません?取材対象者を連れて帰るのは蓮もラオメも同じ状況なんですよ?それなのにラオメは電話をし、彼は音沙汰なし。なぜですか?せめてラオメに伝言くらいしてほしいですよ…。」
「連絡しなくてもお前が許しちまうからだろ。」
「光羅謝も一度、あのまんまるな目で萎らしく言い訳されてみて下さいよ。孫を甘やかしまくる祖父母の気持ちになります。」
喉の奥から漏れる光羅謝の笑い声。いいな。ラオメは、報連相をしろ!などと叫ばずとも連絡する。だから、光羅謝はこれ程までに気負わずに済むのだ。
○
「蓮。」
14、5歳の少女とラオメと一緒に帰って来た彼は、すぐ私に駆け寄った。
「ごめんってば〜。連絡要るかなとは思ったけどさぁ?ラオメが電話するって言うし、2人電話すんのは変かなーってね?」
予想通り、蓮は丸い瞳で上目遣いに私を見、こてんと首を傾けて説明をした。否、言い訳だ。そう、これは言い訳です。
「反省してます。…駄目…?」
きゅるんと丸い瞳がこちらを見上げる。
「〜ッ!…次!次は気を付けて下さい!」
「!!ありがとう、りーくん!」
ぱっと笑顔を咲かせる蓮に浅く頷きつつ、またやってしまった、と呻きたくなった。
「そーやって甘やかすから、またやるんだよ。」
「蓮、確信犯でしょ。」
「酒入ったときに言ってたぜ?分かってやってるって。りーくんは許してくれるラインがガバで好きィ〜って。」
「いやオレ、酔ってもそんなこと言わないし!少なくとも、りーくん云々の下りは嘘だ!」
「確信犯なのは認めたな。」
シマッタの顔の蓮に、思わずジト目を向ける。だが、すぐに輝く笑顔で弾き返されてしまった。
「兎に角、今はこの子の話だよ。
ごめんね、オレ達だけで話して。こっちおいで、座って。」
柔らかな手つきでエスコートする蓮。さっきまで固まっていた少女が心持ち顔を赤らめて、蓮が引いた椅子に座る。どうも、ラオメの報告以上にナンパ的手法で連れて来たようだ。多分、蓮は無自覚なのだろうが。だって彼はこれを自身の妹にもする。私やラオメにもする。光羅謝には激怒されるからやらないが。
「さっきの話をね、もう1回してほしいの。嫌だなって思ったり、怖いなら無理しないで。どう?」
しゃがんで話し掛ける蓮に、少女は小さな声で返した。シャニ語が分かるらしいから、故郷から出稼ぎに来たのかもしれない。
「大丈夫、です。それよりあの、わたし、家に帰れますか?」
蓮が振り返った。彼女の"帰宅"は『フラ・アンブロシオ』の領域だからである。彼は他人の仕事の是非を勝手に話す人間ではない。
『フラ・アンブロシオ』は少女の前の椅子にそれぞれ腰を下ろした。彼女の視線が自分達に移るのを待ってから、光羅謝が口火を切る。
「どォも。お嬢ちゃんを逃がすのは俺達がやる。」
「さっき言ったボクの相棒。光羅謝。」
「羅謝ってェ呼んで。」
にこっと微笑む光羅謝。いつも無愛想な彼しか知らない人が見れば腰を抜かすだろうが、私達は予想済みだった。彼は子供と中小動物には優しい。子熊と戯れた経験もあるらしい。彼でなければ母熊に殺されている。
「どっ、どうも…。あの、逃がし屋さんにお仕事頼めるようなお金、なくて。えっと、500ツミくらい、持ってて。」
300カシ程度だ。1日の護衛で5.5万カシ要求する彼等には足りなさ過ぎる。だが、2人は軽く頷くだけだった。彼女には<ファマの愛>という、別の払い方があるからだ。
「未成年に金せびるわきャねェだろ、ボンボンならまだしも。だけど無償つーのは具合悪いんだよね。ウチが慈善団体だと思われたくねェし。」
これに少女は案外しっかりと答えた。
「分かってます。<ファマの愛>ですね。ラオメさんと羅謝さん、2人分用意します。助けてもらったお礼だから、国の人達は喜んで賛成してくれます。」
「ありがと、アヨマちゃん。夜はボクの部屋で大丈夫?2部屋しか予約してないんだよね。」
元は『フラ・アンブロシオ』の2人で使っていた方の部屋を、ラオメと少女で使うらしい。確かに、初対面の男達がいたのでは休まらないか。
「はい、ありがとうございます。」
「敬語いいよー。」
「名前、アヨマっつーの?呼び捨て平気ィ?」
「好きなようにどうぞ。」
「やった。」
ニコニコ返す光羅謝に、蓮はちらと目配せした。彼もすぐに気付き、頷いて席を立つ。
「アヨマさん、いいかな。」
蓮の呼び掛けは遠慮がちで穏やかなだが、しっかりとした芯を感じさせた。蓮が"さっきの"と言った話を促しているのだろう。アヨマというらしい少女は表情を引き締める。
蓮とラオメは既に聞いた話を繰り返させるなら、私と光羅謝が直接聞かなければならない内容なのだ。
例えば、
「狩り隊の最強兵器が、この国にあるんです。」
こういう内容。