表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑草の花束  作者: 片喰
105/139

【ターゲット・ベンチ】ラディ

 そのときも、僕はベンチで昼食にするつもりだった。だが、誤算が。いつもは人の少ない公園にしては珍しく、ベンチに先客が居たのだ。

 柔らかな藍色の髪をひとつに結っている女性だ。年は20歳手前か。穏やかな青の瞳が、無邪気に公園の景色を眺めている。膝の上のお弁当箱を見るに、彼女も昼食中らしかった。

 ぱっと目が合う。

 すぐに回れ右をしようと思ったのだが、それより先に、女性が声をかけてきた。さっきとは打って変わって、彼女は大分慌てている様子だった。

「ごっ、ごめんなさい。ここでいつもご飯食べてたんですね。すぐよけますから。」

「…別に構いませんから_いえ、やっぱり、もし良ければ、片側に座らせてもらえませんか?」

 横の大きめのバッグの取ろうとしてお弁当箱を落としかけ、あわあわしている彼女は、僕の申し出に目を丸くしてこちらを見上げた。上目遣いの姿勢のせいか、幼く見える。妙に戸惑って、一歩下がる。それに気付いていないのか、女性は、ぱあっと笑顔を浮かべた。

「もちろん!私、誰かとご飯食べるの、本当に久しぶり…!」

 他人の隣で食事をすることに抵抗はあったが、職場で食べるよりは随分ましだろう。

「_ひとつ、伺っても?」

 バッグをよけてもらって隣に座りつつ、僕は相手の顔を観察した。

「何故、僕がいつもここで食事をしていると思ったんですか?」

「え?簡単な話ですよ。」

 女性はにっこりと微笑んだ。

「お昼ご飯のお弁当箱が入りそうなサイズの紙袋と、水筒を持っていたからです。しかもそれなりに長年使っている様子。そして今は丁度お昼時。ならまずお昼ご飯を食べに公園へ来たと考えるでしょ?」

 穏やかな風が吹く。彼女はそれを味わうように目を細めた。

「あなたは真っ直ぐにここへ向かってきた。周りを見回した様子はない。そして私が居ることが予想外な顔だったから、きっといつものこのベンチの状況_多分、座る人がいない状況_も知っている。以上から、あなたはいつもお昼時にここへ来る。

 これとさっきの結論を繋げば、十中八九あなたはいつもここでお昼ご飯を食べている。合ってませんか?」

 目を見開いたまま固まって静聴していた僕は、彼女からの確認にはっとして返答した。

「あ、合ってます…。」

 女性を改めてまじまじと見詰める。寒い時期でもないのに、ショールで首と肩を包んでいる。それでも彼女が華奢なタイプではないのは分かる。泥の跳ねたスニーカー。横髪に2つのヘアピン。手袋。頬の中央に小さなほくろ。

 きょとんとした青色の双眸が、僕を見ている。可愛らしいが、賢しい光が灯っている。

 彼女への興味がぐっと湧いてくるのを、静かに感じていた。

「どうしました?」

「名前、まだ聞いてなかったなと思いまして。」

 一拍間があった。訊くタイミングを誤ったかと悔やんだが、そういう訳ではなかったらしく、彼女は笑顔で返した。

「ツキです。」

    ●Sådan vil jeg gerne være●

「あっ時間!ごめんなさい、私戻らなきゃ。」

 2人とも食べ終わったくせに、話したいからとだらだら居座っていた。多分、彼女の昼休みがもうすぐ終わってしまうのだろう。ツキさんは慌ててバッグを摑んで立ち上がった。それでも、彼女はちゃんと僕を振り返った。

「また会えますか?」

 風になびいた藍色の髪が、青空に溶け込むようだった。僕は、柄になく微笑んだ。

「貴女が、そう望むのなら。」

「ありがとう。じゃあ、また、ここで。」

 いち音いち音丁寧に発音する彼女独特の話し方が、妙に頭に残る。ツキさんは手を振って去った。僕が手を振り返すより先に、公園の南出入口の方へ行ってしまった。出入り口の手前にはシュラブと背高の木(多分、公衆トイレを隠す狙いだろう)が茂っていて、彼女の姿はすぐに見えなくなった。それでも、暫くは何となく南側を眺めていた。上の方では風があるのか木が揺れている。また、本当に会えるのか?担がれてはいないのか?

 そのまま数分座ったままだった僕の頭上で、明らかに風とは思えない音を立てて木が揺れた。 

「…誰だ?そこにいるのは分かっている。出ろ。」

 ここは狩り隊ロップ国支部の近くだし、何より腰に下げたナイフで、僕が狩り隊なのはバレバレである。この前のような情報提供者が来ることもあるくらいなのだ。<使者>が襲撃してこない確証は、無い。地面に置いていたバッグへ手を伸ばす。

 すると、慌てた声が響いた。

「ちょっ、タンマ!タンマ!」

 ガサガサと音を立てて木から降りたのは、赤黒い瞳が目を引く男だった。青い髪を右半分持ち上げて4つのヘアピンで固定している。慌てた表情だが、瞳の冷徹な光はこちらを小馬鹿にしているように見えた。

「俺、フツーに覗いてただけだって!」

「覗いていた理由を言え。」

「え〜。強いて言えばナンパ?」

「…さっきここを去っていった彼女か?なんだお前、ストーカーか?出るとこ出てもいいんだぞ。」

「ちっがうっちっがう。アンタだよアンタ。アンタをナンパしに来たんだよ。」

 少しの間見詰め合って、しかし相手はへらりと笑うばかりだった。

「馬鹿らしい…。去れ。」

「…じゃっ、俺ん名前だけ、覚えといて。(とおる)って言うから。」 

 ひらり、と手を振って彼は去った。その身軽な雰囲気が、妙に羨ましく感じられて、僕は頭を振る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ