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雑草の花束  作者: 片喰
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【取材】蓮    

 着替えなどをホテルに置き、アルシナさんと約束した時間に彼の家へ行くと、彼はロッキングチェアの上で出迎えた。開口一番、

「記者よ。お前はなぜ記事を書く?」

 アルシナさんとは電話しかしてなかったから、今初めて会った。だったら普通、まず挨拶じゃない?先にそれ訊くの?自分の赭色の髪を掻きむしってみれば、この困惑が伝わるか?

 とは言え、良好な人間関係のための愛想笑いは大人の必修科目だ。そして、この質問には、本心で答えることが記者の義務だ。オレはしゃがんで、相手と目線を合わせた。

「言葉とは平和的で殺傷能力の高い武器であり、使い方次第で妙薬です、ムッシュー。」

 アルシナさんの白髪はボサボサだが、小紫の瞳は爛々と力強い。オレはその目を、真っ直ぐ受け止めた。

「だからです。ナイフで、銃で、言葉で傷つけられている人がいる限り、私は書き続けます。同時に、人々に気付かれていない輝きがある限り、書き続けたいのです。」

「妙薬を配りながら武器を振り回す気とはな。他者を傷つける者ならば、傷つけても良いのか?」

「知りません。しかしそう言って見て見ぬふりはできません。」

 アルシナさんの唇が緩んだ。大いに。

「そうはっきり答えうる記者は初めてだ。その答えが正しいかは置いておいて、答えを持っていることは素晴らしいと思う。非常に良い。改めて宜しく、蓮。」

「はいっ。では早速。ここ最近で何か変わったことはありませんでしたか?勿論、譲位以外で。」

 急激にアルシナさんの眉が吊り上がる。予想はしていた。そういう内容だし、そういう性格の人なのだ。

「狩り隊だ!あいつらが最近うっじゃうじゃといる。譲位手前に本部の狩り隊が来てな、譲位後は沢山沢山。」

「どうして本部とお分かりに?」

「ナイフの柄の模様だ。…知らないのか?」

 知っている。彼の話が勘違いでないことを、確かめたかったからだ。本部なんて、そう派遣されないのが狩り隊だ。

「狩り隊はどの場所に多いですか?それとも、散らばってる?」

「王宮だ。あそこに行くほど増える。もし誰かを探してるなら市に来ようが、そんな様子はねぇ。王宮に用があるんだろうな。」

 人探しでないのは重畳。狩り隊がまず探す人である<魔女の使者>がここに3人もいるのだから。りーくん達をちらりと見た。

「具体的に彼等はどんな様子ですか?」

「緊張、高揚、それからぁ…警戒だな。」

 ふむ、主観だが、手帳には雑にメモしておく。

 その後幾らか質問を重ね、彼の夢想する政治とそれに相対する今後の予想を聞いた。記事のネタにはなるかもしれないが、情報とは呼べまい。しかし、現状や過去の王宮については結構知れた。オレは大方満足して、帰宅の準備に入る。

「ではアルシナさん。貴重なお時間を、」

「待て。奴と話をさせてくれ。トゥール語は知らなそうだが、何語なら通じる?」

 奴、と指されたのは羅謝くんだった。彼は意味不明の言語に辟易して、ぼんやり壁の柄を目でなぞっている。

「えっと、彼は護衛を頼んでるだけで、記者ではありません。」

「護衛。だろうな。何語なら分かる?」

 鋭利な小紫。思わずびくりと肩が震えた。すかさず、りーくんが間に滑り込み流暢なトゥール語で、

「どのような御用でしょう?私がお伝えします。」

 目を細め、唇で弧を描く。笑顔のはずなのに理論では説明できない何かで、背中が泡立つ。言葉と同じで平和的かつ殺傷能力の高い、彼の武器。しかしりーくんはよく言う。言葉と違い矛になれても薬にはなれない、と。オレを助けた後とかに。

 ひとつに結い、前に垂らした裏葉色の柔らかな髪の下で、藤納戸の双眸が笑みを浮かべる。しかし穏やかなそれらによって余計、オープンシャツから覗く鎖骨や手の武骨さが際立つ。

 流石のアルシナさんも気後れした様子で黙りこくったが、すぐに持ち直して一声。

「死ぬがいい、人殺し。」

「「「!」」」

「…。」

 その場にいる全員が身構えた。正確に言えば3人を外に出すためオレが、攻撃を受けるためりーくんが、攻撃を防ぐためラオちゃんが、攻撃を"開始するため"に羅謝くんが、身構えた。

 …あれ?羅謝くんも?なぜ?だって、トゥール語だったのに。

 不思議がるオレに反して、アルシナさんは納得した顔だった。

「やっぱりな。分かるんだろ。トゥール語だけでなく全ての言語の、()()()という単語だけを。」

 アルシナさんは、真っ直ぐ羅謝くんを見上げる。185cmの羅謝くんと座った老人では、ただ見るだけで羅謝くんが見下ろす図になるが、彼はそれでは足りないらしく、くいと顎を上げて睨め下ろしていた。

「俺と話してェならシャニ語で話しな、爺。」

 余りにも上からな物言いだったが、アルシナさんは嫌な顔をせずに深々と頷き、シャニ語で先の言葉を繰り返した。羅謝くんは鼻を鳴らして答える。

「まァな。あれだよ、わんこが何度も呼ばれて自分の名前覚える的な。人殺し、人殺し、人殺し。」

 コッツティ語、トゥール語、千知露語と順に歌うように口にされるスラング。言葉の意味と裏腹に、羅謝くんの表情は呑気なものだった。

 老人はゆっくりと口を開く。

「…私の父は戦士だった。父はよく言った。人を殺す所業は無論恐ろしいが、同時に、それに慣れることもぞっとする、とな。退職後は丸くなって、私の勉強をみたり姉の息子を溺愛したりしたが。…お前は父の目に似ている。しかし退職してからの穏やかな父以上に、満ちた目だ。…なぜだ?」

 羅謝くんはまた笑った。鼻で笑うのでなく、子供の無邪気な笑顔に近い。一度振り返り、顔の向きを戻したときには、顎を持ち上げるのは忘れたらしい。

「いいィ親父さんだと思うぜ。そん親父さんはきっと、家族を殺すなんてェ考えたこともなくて、だからその凄さとか感じなかったんだろ。」

 翠と黄のサングラスをずらして、彼は微笑んだ。

「俺ァ考えたことあった。そんだけ。」

「そうかぁ…。」

 アルシナさんが目を瞑る。オレは一瞬迷ってから声をかけた。

「アルシナさん、今日は貴重なお時間をありがとうございました。」

「いいや。こちらこそ良い時間だった。」

 友達が家族を殺そうと考えた、なんて驚き新情報を聞いても、必要ならば何も気付いてない笑顔を提供する。それが大人という生物だと、オレは思う。

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