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第六話 騎士団



 剣と剣の交差する音が響き渡る。

 不本意にも提案が実行の段階にない私は、実行のために空けておいた時間を使って騎士達の修練場に来ていた。

 この領地は国境に位置していて、隣国と戦争が起きれば真っ先に攻められる土地だ。その上頻繁に害獣も出るとあって、他の領地に比べて多くの戦力を保持することが認められている。その王家からの信頼には領地の状況だけではなくご先祖様の功績もあるのだけれど。

 以前害獣によって大きな被害が出たのをきっかけに、私は先代よりも軍備を固めている。騎士の人数も増えて、以前の害獣退治で減った人員を埋めるためというのもあり、最近配属されたのだろうか、ちらほらと見慣れない顔もいる。

 騎士達を見渡していると、ふと目を引く人物を見つけた。

 1人で何戦も繰り返し、まだまだ余裕があるとでも言うかのように次の対戦相手を呼んでいる。


「タリオス。」

「アリシア様。このような姿で失礼致します。何かご用でしょうか。」

 クロードお兄様が連れてきた騎士、タリオスだ。指導役に、というお兄様の言葉の通り、騎士達に剣術を指南してくれているらしい。

 私に気づいた彼は、わざわざ腰をかがめて頭を下げた。

「顔を上げて。私がお邪魔しているのですからかしこまらずに。」

「は。」

 やっぱり堅さは抜けないけれど、まあいいでしょう。

「騎士達に指導してくれていたのね。ありがとう。我が領の騎士達はいかがですか?」

 クロードお兄様に聞いた話だと、タリオスは18にしてお兄様の領地で1番と謳われた天才なのだとか。

 お兄様の領地は王都からも程近く、アーノルド商会のおかげで雇用も多い栄えた土地なので、当然そこで働きたいと思う騎士見習いも多い。そこで讃えられるということは相当な剣技なのだろう。改めてお兄様と彼には感謝しなくては。


「きちんと鍛錬を積んだ方々の剣技です。長く勤めている方々は害獣相手に実戦も経験してきたのでしょう。今までトロント領や王都の騎士と交戦したことがありますが、遜色ない強さです。」

 お世辞…ではないと思う。先の戦争以来、周辺国を含めて戦いは起きていない。なので害獣相手とはいえ実戦を積んだ我が領の騎士達はきっと層の厚い都会の騎士団にも負けない。

「タンジェル、タリオスとはもう戦ったのでしょう?感触はどうかしら。」

 傍に控えている壮年の騎士、タンジェルはこの領の騎士団の団長だ。一年前の大規模な害獣退治を生き抜いた猛者で、腕前も間違いなく騎士団一だと言える。

「流石の剣技、といったところでしょうか。この歳になってこんなに学ぶことがあるとは。まだ片手で数えられる数しか勝っていないのですよ。」

「まあ!すごいわね、タリオス。」

「光栄です。」

 経験ならタンジェルに分があるだろうに、それを覆すほどの実力。一体どれだけ研鑽を積んだのだろうか。

「お兄様があなたを連れてきてくれて良かった。私はもう戻らないといけないけれど、この後もよろしくね。タンジェル、あなたもいつもありがとう。みんなにも今日も励んでいるようで何よりです、と伝えておいて。」

 生涯で実戦を経験するかもわからない他領の騎士団と違い、ここでは騎士の武力は領地を保つために必須だ。私も見放されないように、相応の待遇を用意しなければいけない。

 そのためなら私も書類とにらめっこする甲斐があるというものだ。


「キーア、紅茶を淹れてくれる?」

 書類に塗れた執務室は実際の大きさよりも狭い。窓を開けると書類が飛んでいってしまうので部屋を締め切っているが、それを繰り返したせいで紅茶の匂いが染み付いている。

「かしこまりました。銘柄はいかが致しましょう?」

「ダージリンを。」

 紅茶の銘柄というのは元々先生のいた世界の生産地から名付けられたものが多いらしい。通りで由来を聞いたことがないわけだ。


「失礼致します。」

「フィオ。」

 紅茶の湯気が漂い始めた執務室の扉が開いた。家令のフィオが入ってきたのだ。

「王都の前伯爵夫妻からお手紙が届いておりますので、お持ちしました。」

「お祖父様達から…次の社交界のお話かしら。」

 前伯爵夫妻、つまり私とテオの祖父母は爵位をお父様に譲って以来王都で暮らしている。我が家系にしては珍しく長生きしていらっしゃるお祖父様は観劇が趣味で、隠居してからというもの夫婦揃って日々王都の劇場に通っているらしい。


親愛なるアリシアへ


元気にしていますか?

仕事が忙しいかと思いますがちゃんと休息は取るように。

そういえばクロードがそちらの領地に向かったと聞きました。賢い子なのできっとアリシアを支えてくれるでしょう。2人でよく領地を治めることを願っています。

テオへの手紙にも書きましたが、今年の冬は寒かったでしょう。風邪をひいていないか心配です。薬が必要なら王都から送りますから遠慮せず言ってください。

さて、手紙を送ったのは次の社交シーズンに向けて準備を始めるからです。今年もドレスはこちらで用意しますが、何か希望はありますか?今年の流行は、生地は絹、それからレースを取り入れたAラインのドレスだそうです。そちらで採寸したら色やアクセサリーの希望も書いて送ってください。

王都に来たら一緒にたくさんのオペラを見に行きましょう。特に「ハイルデンの婦人達」は貴族の間でとても人気が高いです。社交界でも話題に上がるでしょうから領地にいる間にモデルになった「ある婦人の天蓋」を読んでおくように。書斎の窓際辺りにあったはずです。

美人に磨きがかかった貴方に会うのが楽しみです。できるだけ早く王都に来てください。


貴方を愛する祖父母より


 内容は予想通り社交界の話だった。この国では5月から7月にかけて実に3ヶ月も王都で社交を行う。乗馬をしたり、パーティーやお茶会で親交を深めたりといった風に貴族同士の交流を行う。

 このとき欠かせないのがドレスだ。毎年毎年流行が移り変わり、そのたびに新しいものを用意しなければいけない。流行と違うドレスを着れば情報も碌に手に入れられない除け者、古いドレスを着ようものならドレスも仕立てられない貧乏貴族。そんな不名誉なレッテルを貼られない為には王都での綿密な情報収集と新しいドレスを仕立てる財力が欠かせない。

 我が家は名門と言って差し支えない家ではあるので財力はともかくとして、滅多に王都へは行けない私に代わって情報を集めてくださるお祖母様には頭が上がらない。

 それにオペラを見ておくことも社交の必須条件だ。貴族の会話ではまず一回はオペラが話題に上る。マイナーな演目ならまだしも、貴族の間で流行っているオペラを語れなければ失笑ものだ。


「キーア、書斎から「ある婦人の天蓋」を探しておいて。多分窓際にあるから。フィオ、近いうちに採寸したいから仕立て屋を呼んで。それからクロードお兄様にエスコートしてもらうからお兄様にも採寸する旨を伝えておいて。」

 仕立て屋を呼ぶと言ってもドレスを仕立ててもらうわけじゃない。商売相手の貴族が我が一族しかいない上、地形の関係で他領からの来客も期待できないこの領地にドレスを仕立てられるような仕立て屋はいない。採寸だけ任せて仕立ては王都の慣れた針子に依頼するのだ。

 お祖母様達は希望があれば言って欲しいと言ってくれるけれど、考えている時間はないし、任せてもおかしなことにはならないだろう。なんと言ってもお祖母様は社交界を何十年と生き抜いた猛者なのだから。

 ああでも青色は避けた方がいいかもしれない。王太子殿下の目の色だから、婚約者候補の方々に喧嘩を売るような真似になってしまうかも。それだけ伝え忘れなければいいだろう。


 領地での改革とは違うけれど、社交界での立ち回りもクーデター回避に不可欠な要素だ。私が攻略対象達と接触できる絶好の機会なのだから。

「テオの主治医が次に来るのは明日よね?来たら私が会いたがっている旨を伝えておいて。」

 王都は最新のものが集まる場所だ。お菓子も劇もアクセサリーも、なんだって揃っている。テオがもし行けたら良い気分転換になるはず。

 かと言って私は浮かれているわけにはいかない。クーデター回避の為には領地で改革を成功させ、攻略対象を含む貴族に興味を持ってもらう必要があるからだ。

 社交シーズンまであと3ヶ月。時間はたくさんあるようで全く足りない。社交界で他の貴族に会う前に、なんとかして領地の成果を出さなくちゃ。

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