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第四十六話 尊敬

「…よし。」

 髪には約束通りルイが贈ってくれた白いリボン。

 鞄には作った資料、とルイがくれた手紙。

 今から私はリードリヒ王太子殿下と孤児達の救済事業について話をしに行く。


 前々から分かっていた通り今回はルイがいなくて私と殿下だけなのだけれど、ルイは昨日わざわざ孤児の人数についての成果報告を手紙にまとめてくれた。

 殿下からの招集は私自身も驚いたくらい急だったのに、よくまとめるレベルまで進捗を進められたものだと舌を巻く。


 これを届けてくれたとき、ルイからは手紙は2枚入っていて、一つは話し合いの前に殿下に見せるようにと言われた。これはなんのことか見当がつかない。

 最初の話し合いよりは私も緊張していないけれど、本当ならルイがいてくれたら心強いわ。もしかしたらそれを見越して殿下と私を和ませる小粋なジョーク10選とかだったりして。


「いや、それはないか…。」

 真面目に殿下への文句10選とかだったらどうしよう。

 あの方はルイの苦労について理解があるというか、責任を感じてるみたいだったから怒りはしないかもしれないけれど。


 ふわっと頭に浮かんだいくつもの想像を振り払う。

 やめよう。中身がわかる前から想像してもいいことないわ。

 切り替えて王城の廊下を進みながら今日話すことを反芻した。

 殿下はちゃんと話を聞いてくれるでしょうから辿々しくてもいいかもしれないけれどまあそれじゃあ格好がつかないから。


 殿下はこの間と同じ部屋にいるらしい。ルイもいるならともかく、私たちだけじゃ不審じゃないかと思っていたのだけれど、部屋に入ってみたら知らない方がいた。

 ━━━いや、この黒目黒髪、端正な顔立ち…見覚えがある。主に先生の記憶で。ということは…


「急に呼び立ててしまってすまない。よく来てくれた、アリシア嬢。」

「いいえ、お招きいただきありがとうございます。」


 殿下はわざわざ立ち上がって出迎えてくれた。

 殿下には謝らせてしまったけれど、早いに越したことがないと言ったのは私だ。もちろん気にしていない。

 それで、と目線で見知らぬ男性を問いかける。服装からして騎士かしら。やっぱり予想通りで間違いなさそう。


「彼はペアン・ドミトリアス。騎士団副団長の息子で将来はこの国の騎士団を背負うだろう男だ。貴女と2人きりでは不都合なこともあるだろうから私が呼んだ。寡黙で口が硬いから話す内容を口外される心配もない。」

「お気遣いありがとうございます。」


 やっぱり。

 彼は先生の記憶で見た攻略対象の1人だ。本編では弱冠15歳ながら騎士として認められた剣技の天才として出てきていた。件の騎士の誓いをしたのも彼だ。寡黙で先生もあまり覚えていないみたいだから人となりはよく知らないけれど。まあでもいい人だったのは覚えている。


「ペアン・ノイオスと申します。」

「アリシア・レンドと申します。よろしくお願いします、ペアン様。」

 彼のお父様とお兄さんには社交界で数度会ったことがある。


 そもそも彼のお父様の家は代々男爵の家系で、通例であれば団長の位に就いていたらしいのだけれど、ペアン様のお父様は今の団長閣下の才能を買って自ら副団長の地位に就いたとのこと。

 そんなわけで彼も貴族だ。ただ社交界が苦手なのかなんなのか、私も会ったことがなかった。もしかしたらセイヨン以上の出不精かもしれない。


「彼は話し合いに参加することはない。あくまで護衛だ。」

「はい。」

 話を聞かないというアピールか、それとも通常運転か、ペアン様は壁際に立って目線も私達から外した。

 それを合図に早速話し合い━━━の前に、ルイの手紙を渡さないとね。


「ルイからです。1枚は先に殿下にお見せするように、と。」

「私に?」

 殿下にも心当たりはないようで、少し不思議そうに封を切った。

 無言で読み始めた殿下はすぐに苦笑いするみたいに口元を歪める。本当に文句10選だったりする?


「差し支えなければ概要を…。」

「ただの牽制だ。貴女に手を出すな、という旨の。」

 どうやらこの間殿下の婚約者に打診された一件が随分気に入らないらしい。

 わざわざ手紙を送らなくても、とは思うけれど。


「それは…。」

「ああ、分かってる。咎めたりはしない。私の方こそ無礼だった、とルイに伝えておいてくれ。」

 アリシア嬢もすまない、と言われる。

 気にしてるかしてないかでいえばしていないので別に私に謝る必要はないのだけれどまあ受け取っておきましょう。


「それでもう一枚は?進捗と聞いているのですが。」

 ルイは王都の孤児の数を調べていてくれたはずだ。もちろん完璧にはわからないだろうけれど可能な範囲で。


「西区と南区の調査が終わったらしい。西区は約500人、南区は約1000人で合わせて約1500人。調査方法はツテを使った聞き取りで、それぞれの区をもっと細分化して、そこに住んでいる者からそれぞれ概算を聞いて合計した、とのことだ。」

 なるほど。地区丸ごと聞かれて何人、と答えられる人はいないでしょうけれど、例えばこの七番通りの孤児の数をざっくり教えてくれ、と言われたら答えられる人も少なくなさそう。

 タリオスと出かけた時の話を踏まえると困窮している孤児は大きく移動することもなさそうだし。


「西区は王都の中なら比較的店も住宅も少ない。南区は門の近くで人の出入りが激しいから出稼ぎに行きやすい。そう思うと残りの東区、北区、中央区はもっと多いだろう。」

 やっぱり。私が見たのは中央区だったけれど、人が多ければ多いほど孤児も増えるだろう。


「だが、ここでいくら話しても想定に過ぎない。人数の調査は引き続きルイに任せる。私達は別の話をしよう。」

「はい。」

 ルイは予想よりも早く2度目の話し合いが行われるからと途中経過を報告してくれたに過ぎない。

 今ここに呼ばれたのはあくまで殿下に進捗があったからだ。


「以前、職業訓練施設を王都に作っても流通の課題があると話したのを覚えているだろうか。」

「はい。」

 孤児が農機具の作成をしてもそれをどうやって各領に届けるか、対価の作物を受け取るまでに腐らないかという心配があった。


「それで王都だけにこだわる必要がないと思ったんだ。」

「それは…。」

 確かにそれができるなら理想だ。考え方はいわゆる地産地消に近いのかしら。作ってすぐ使う人に渡す、その対価の作物も近くで作っているから輸送費や輸送の時間を心配しなくていい。

 でも受け入れてもらう宛がなくて言い出せなかった。他の貴族を巻き込めるほどの考えなのか、どう巻き込むのか、どう説得すればいいのか、自信がなかったから。


「メイロード子爵、アスラーン公爵、ケイネット伯爵、ノイオス男爵。」

 突然、殿下は貴族の名前を唱え始めた。

 しかもその羅列は以前私がお伝えしたのと同じ。


「それから、私が交渉できそうだと思ったドミトリアス子爵とメルセン子爵、アンベル伯爵。」

 何?何を伝えようとしているの?


「彼らに、領地で孤児を受け入れてもらえるよう交渉してきた。」


 息を、呑んだ。

「ドミトリアス子爵領は養蚕業が盛んな地だ。元々人手は必要としている。メルセン子爵家は元々ケイネット伯爵家の分家だがここ何代か婚姻できる年齢、性別の子供が生まれず繋がりが薄れることを恐れている。ケイネット伯爵家が協力してくれるなら追随すると思って交渉した。アンベル伯爵は代替わりして大きく立ち位置が変わった。今の伯爵は保守派の前伯爵と折り合いが悪い。前伯爵への嫌がらせになると言ったら少数だが受け入れを約束してくれた。」


 殿下はどうしてドミトリアス子爵とメルセン子爵、アンベル伯爵に声をかけたのか説明しているけれど、ちょっと待って欲しい。

 だって、あの会話からだったの5日しか経ってない。

 そのほんの僅かな時間で7人も説得したというの?

 だとしたら一体どれだけの強行軍だったのだろう。そしてどれだけの説得材料を用意したんだろう、と思った。


 優しいといっても彼らだって彼らの都合がある。何でもかんでも言うことを聞いてくれるわけじゃない。

 交渉してきたなんて簡単に言うけれど、そのために各領地の事情を調べ、メリットを提示しなくちゃいけない。そもそも保守派の貴族にバレずに会うことすら簡単じゃないでしょうに。

 それをほんの5日で?

 到底普通の生活の合間では無理だろう。どれだけ休息の時間があったのか。


「少しは貴女の期待に…いや、王族として相応しい振る舞いをできただろうか。」

 殿下の顔には誇らしさとか、やってやった達成感とか、そういうものはなかった。

 ひたすら真剣に、ただ確かめるように。


「少しは前に進んでいるだろうか。」

「進んでいる、なんて言葉では表せませんよ。」

 素直な言葉が出た。

 流石、と表せばいいのかしら。

 とにかく驚いた。

 いくら優秀だと言っても限度がある。

 けれど、今回のこれはこの人が、私たちの王になるんだと突き付けられた。無理矢理にでもそれを頷かせるだけの行動だった。

 自分の身を削ってでもできることをし、それを努力とも思わない、そして最良の結果を出した。

 私の理想を一緒に叶えようとしてくれている。

 私と同じところを向いてくれている。

 ━━━この人を王として仰ぎたいと思った。


「殿下、お約束します。」

 一際姿勢を意識して座り直す。

 片手を胸に当て、腰を屈めて礼の姿勢になった。

「貴方がこのまま進む限り、私は全力で貴方を支える。貴方が私の主だと、お心得ください。」

 この人がやる気になった限り大丈夫だと思った。

 

 私の言葉に目を見開いた殿下は、喜ぶわけでも感動するわけでもなく一層眼差しを真剣なものにした。

 ここからが本題だとでも伝えるかのように。

「なら、一つ聞いても構わないだろうか。」

「なんなりと。」

「ペアン、一度外に。」

 促されたペアン様は会釈だけしてなんの抵抗もなく外に出る。

 やましいことがないと証明するためのペアン様なのに、そんなに聞かせられないことが━━━


「アリシア嬢、これで私が父王を廃しても肯定してくれるだろうか。」

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