第四十五話 レンゴットの悪魔
「それは…確かな情報なのでしょうか。」
正直タリオスとその狂気的な傭兵が結びつかない。それにトロント領で雇われていたはずのタリオスが遠く離れた地で傭兵として働く理由もない。
まだ閣下が勘違いしているだけ、という可能性もある。
タリオスのことについて考えるのはもう少し話を聞いてからでいいだろう。
「本人から確認を得ました。」
疑惑タイム、終了。
どうやら本当にタリオスの過去は想像もしなかったものらしい。
「閣下はなぜタリオスがレンゴットの悪魔だと?」
まず気になるのはこれだ。
何か目印でもあるのかしら。
「鍛錬の折、あまりにも太刀筋が良く…アリシア様の騎士でなければ今すぐ私の部下にして一個隊を任せたいほどだったのですが、どのように今まで研鑽を積んできたのか聞いたところ、先の答えが返ってきました。」
まさか自己申告とは。
今まで聞いたことがなかったから隠したい過去なのかと思っていたけれど…聞かれれば答える、という程度のものだったのかしら。
頑張って隠そうとするような秘密でもないのならむしろ詮索する必要はないという気もする。
「教えてくださってありがとうございます。私といたしましてはあくまで過去のこと…タリオスのことを不審に思ったこともありませんし、今までと変わらぬよう接するつもりです。」
「それは容認できません。」
率直な言葉はすぐに否定された。
珍しく難しい顔で首を振った閣下は、危険だと続ける。
「申し上げたとおりレンゴットの悪魔は好戦的で狂気的な人物です。確かに今のタリオスからその片鱗は見えませんが…真に狂気的な人間であるならば、いつ貴女を後ろから切りつけるか分かりません。」
閣下の警戒通り、伺ったお話の人物は支離滅裂と捉えられるけれど、だからといってタリオスが私を害するだろうか?
もちろんエピソードの狂気性を考えればその警戒は最もなのだけれど…
自分の身を顧みず手紙を手に入れようとしたことや、私に王都を案内してくれたことを思い出す。
「アリシア様、私もタリオスのことは信じたいと考えています。1人の騎士として、あの男は尊敬するにあたる。」
ですが、と続ける。
閣下は騎士団長兼男爵である前に1人の武人だ。私に武のことはよく分からないけれど、さっきまでの口ぶりを見るにタリオスの剣術に昂るものもあるのでしょう。
あんまり疑ったり過去を掘り返したくはないけれど…そこまでタリオスを買ってくださっている閣下が止めてくるならば私もちゃんと聞かなくては。
「我々は慎重にならなくてはなりません。御身はレンド領を守るためのものなのでしょう?情に流されて不届な人間をそばにおいてはいけません。」
「…はい、おっしゃる通りです。」
よろしい、と言わんばかりに閣下は鷹揚に頷いた。
「タリオスと話をしてみます。」
「はい。それがよろしいかと。」
閣下はタリオスがレンド領を守る者として相応しいか見極めるとおっしゃった。
その宣言を果たしてもらった以上、私も踏み込む覚悟を決めないといけないわよね。
「タリオスを呼んできて。」
閣下を見送ると同時に私の側に戻ってきたキーアは、一つ礼をしてその場を去った。
さて、どう切り出したものかしら。
まずは小粋な挨拶?いや、いらないか。
「ストレートに切り出すのが1番よね…。」
閣下に話して閣下がここまでタリオスと一緒に来たってことは私がなんの話をしたいかは分かるはず。
変な駆け引きとか遠回りはしない方がいい。
目の前に並べられるティーカップを見ながらぼうっと待っていると、程なくしてタリオスが部屋に入ってきた。
「どうぞ、そこに座って。お茶でもしながらお話ししましょう。」
「いえ、このままで。」
タリオスは少し間を空けて近くに立った。当然紅茶に手をつけることもない。
目配せして周囲の使用人達には出て行ってもらう。
タリオスは緊張、というよりも真剣と表するのがぴったりな顔をしていた。
使用人達が話し声すら聞こえないだろうという距離まで離れただろうことを見計らってタリオスは口を開いた。
「まずは謝罪を。この度は過去を隠し立てしていたこと、誠に申し訳ございません。」
直角に頭が下げられる。
タリオスが何を自責しているのかはなんとなく分かるけれど、何を思って話さなかったのか分からない中、叱責するべきなのかどうかすら分からない。
「頭を上げて。…説明、してくれるのよね?」
「はい。」
タリオスは沈痛な面持ちで語り始めた。まるで何かを悔いるかのように。
「俺は元々、人でなしでした。」
反射で口を開きそうになって閉じる。
今は黙って聞かなければいけない。
「トロント前伯爵夫人に拾っていただき、騎士として雇っていただけた。孤児にはこれ以上ないくらいの待遇を受けておきながら、騎士として武を高めれば高めるほど、実戦に繰り出したいという思いが強まり、トロント領を離れて遠く離れた異国の地で傭兵となる道を選びました。」
レンド領のように獣害が多いか、王都の騎士団のように他国への援軍に派遣されない限り騎士であろうと実戦する権利は少ない。せいぜいが凶悪犯罪者との交戦くらいだろうか。
彼らが暇なのが平和の証だけれど、タリオスはそれに満足できなかったんだろう。
「傭兵という職は、有り体に言えば天職でした。俺は戦場で命のやり取りをすることに怯えることなく、むしろ高揚していた━━━根っから好戦的な人間だったと気付きました。」
「だから劣勢のアゾに組み替えを?」
「はい。」
言葉にはしないけれど、逆境の方が燃える…とか、敵が多い方が沢山戦える…とかそういう考えなのかしら。好戦的、という言葉には疑う余地もないみたいね。
一旦言葉を止めたタリオスは一際重々しい空気で一度目を瞑った後、また話を続ける。
「タンネに所属していた時、懇意にしていた傭兵がいました。ご存知でしょうか、元々傭兵は正規の軍人達の仲間意識に入ることができず、見下されがちで危険な任務を与えられる傾向にあります。」
傭兵を見下す訳ではないけれど、タリオスが組み替えしたように彼らの所属は自由が効く。信用しきれないのも致し方ないだろう。まあそれとは別で同じ国民じゃないからと罪悪感なく捨て駒にしようと考える人もいるんでしょうけれど。
「だからこそ傭兵は傭兵同士で仲間意識を持ちやすい。タンネにいた時、俺も他の傭兵と同じように正規軍の輪に入れず、同じ傭兵とつるみました。」
傭兵の彼らに取っては一期一会かもしれないけれど、大切な戦友ということね。
「十分な食料もない中、共に狩りをし、調理し、まずいスープを作って飲んだ。ですが…俺は、共に火を囲んだその傭兵達すらレンゴットで斬りました。」
息を呑む。
でも、確かに陣営を変えたのであれば当然の話だ。他の傭兵達は当然優勢のタンネに加勢し続けたのだろうから。
「最初はその傭兵だと気付きませんでした。殺した後、兜を取ってから、俺は自分のしたことを知りました。」
その男は妻子がいたのだとタリオスは告げた。
「家族のために命懸けで戦う男とただ昂りのために戦場を引っ掻き回しただけの自分。あまりにも自分が愚かで、悍ましい何かに思えて、俺はその戦いで傭兵を止め、またご厚意に甘えてトロント領の騎士に戻りました。」
そこからは私の知る通り、か。
「最初、アリシア様にはこのことを隠そうと思っていました。クロード様もそれを察してか何も言わなかった。」
騎士団での鍛錬中、視察に来たことを覚えていますかと聞かれた。
タリオスがタンジェルと模擬戦をしていたときのことだろう。そう言えば隠す気がないならあのときに口にしていた方が自然だったかもしれない。
「考えなしで、残忍な性格を知られたくなかったのです。隠していたこと、申し訳ございませんでした。」
タリオスはもう一度頭を下げて謝罪した。
今度はその謝罪を受け取る。
「…許したいところだけれど、重大な過去を隠していたことは、レンド領の領主代理としてとしてあまり喜ばしくない、とさっき気付かされました。でも、まずは全部聞かせて。それほどの過去ならどうして閣下に打ち明けたの?」
「団長殿は俺を見極める、とおっしゃいました。」
どうやらあの方は私に言った言葉を隠さずタリオスにも伝えていたらしい。
見極める、と言われれば気分を害す人もいるでしょうけれど、それで怒るならそれまでと思ったのだろうか。
「ならば過去も含めて全て知ってもらわなければ、俺はあなたのそばにいる資格がない。あの方に見極めてもらえるならこれ以上ない好機だと。」
タリオス自身すら自分を信用できていなかったのかもね。だからあえて閣下に明かしたのかもしれない。
「私に騎士の誓いを立てたのは、どうして?」
私に伝えた通り、私の思いに心を動かしてくれたから?それとも別の理由?
「告げた言葉に違うことはありません。俺はあなたがあの環境において尚領民を愛したことに感銘を受けました。あなたに愛されるような行動を起こした領民の方にも。」
いつかのようにタリオスは跪いて私の手を取った。
あのときとは違って、爪に反射するのは月の光ではなくシャンデリアの光。
「俺はあのとき、自分を騎士と言っていいのか内心で迷っていました。俺には騎士道精神などなく、ただの荒くれ者なのではないかと。」
ぐっと手に力が籠る。
「あのとき誓ったのは自分に言い聞かせるためです。俺はあなた達を守る騎士になる。この命が尽きるまで剣を振るって見せる。」
どうかもう一度、信じていただけませんか。
強い瞳で見つめられた。
タリオスは懇願のつもりなのかもしれないけれど、答えは決まっている。だって彼が尽くしてくれた事実は変わらないのだから。
「信じているわ。タリオス、貴女が騎士であろうとするその姿を私達に示して。」




