第四十三話 ヒロイン
乙女ゲームのヒロイン、デフォルト名はマルガ。
好きな食べ物は山羊のチーズ、得意科目は文学、苦手科目は計算、赤ちゃんの頃から教会に引き取られて育てられた孤児で両親は不明。
先生の記憶にある情報はこれらと見た目だけ。
でも見間違えるはずもない。彼女がヒロインだ。
まさか会えるとは思わなかったけれど。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「ええ…。」
返事のない私を気にしてかマルガさんは下から様子を伺うように覗き込んだ。
でもわざわざ人を呼んでもらうほどのことじゃ…いや、ある。ここで上手くやれば繋がりを持てるんじゃない?
「実は先ほどから目眩がして…外に私の侍女がいるから呼んで来てくださいませんか?」
「大変!すぐ呼んで来ます!」
スカートを翻らせる背中を見ながら思案する。
別に1人で動けないような体調不良じゃなかった。というか、悩みはしたけれど体調不良というほどのものでもない。
ただせっかく核になる人物に会えたのだからこれで終わりにはしたくないだけ。
これを理由にお礼という形で仲良くできないかしら。
「侍女さん連れてきました!」
「アリシア様!どうなさいましたか?!」
教会はそう広くない。1分ほどで戻って来たマルガさんと彼女に連れられたキーアは慌てたように走っていた。
教会の中で走るのはあまり良くないとされている。神様の前なのだから当たり前だけれど。
特にマルガさんは教会預かりなのだから普段は人一倍気を遣っていることだろう。仮病なんかで悪いことをしてしまったわ。
「ごめんなさい急がせてしまって。少し目眩がしただけなの。今日はもう失礼します。また後でお礼に伺いますね。」
「お礼だなんてそんな…当たり前のことをしただけです。」
マルガさんは手を小さく前に出して断ろうとする。一つ一つの動作が小動物みたい。
「でも助かりました。ありがとうございました。…それではまた。」
間髪入れずに抱き上げようとしてくるキーアを軽く交わしながら教会を出る。
もう私も14歳なんだから持ち上がらないでしょうに。
「体調は大丈夫よ。あなたにも心配かけてごめんね。」
「いえ、私のことはどうでもいいのですが…本当に大丈夫なのですか?」
「うん。」
「少しとはいえ何か症状はあったのでしょう?屋敷についたら医者を呼びましょう。」
「大丈夫。流石にそれはやりすぎよ。」
断ってもキーアは不安そうだ。医者はやりすぎだしこれが何か病の前兆ではないことは自分でよく分かっているけれど、家系を考えるとキーアの懸念も全くの的外れではない。
ただ不安の解消方法はないから大丈夫という言葉を信じてもらうしかないけれど。
「ねえ、キーア…」
王都はあなたの故郷なのよね、うっかりそう言いかけて慌てて口を閉じた。
いくら話題を変えたいからって適当でも選ぶべきじゃない話題というものがある。
「王都では何か美味しいものが食べられた?」
「美味しいもの…ですか。」
「場所が変われば食材も味付けも変わるでしょう?」
「そうですね…使用人用にジャガイモのガレット、というものを振る舞っていただいたのですがジャガイモという野菜が美味しかったです。少し甘みがあって味にもクセがありませんでした。」
「…ジャガイモ?」
「はい。人気がないのであまり流通していないらしいのですがシェフは気に入っているようで。たまに入荷すると二束三文で売っているので賄いにも丁度いいのですとか。」
頭に先生の記憶が浮かび上がった。
先生の世界の歴史において、ジャガイモとは食糧難の救世主となる食材だったらしい。
ただ領地ではシェフも見たことがないと聞くし、この前王都を歩いたときも見かけなかったからてっきりこの世界にはないと思っていたのだけれど。
「アリシア様?どうかなさいましたか?」
「いえ…ねえ、キーア。近い内私の食事にもジャガイモを出すようにシェフに言っておいてくれない?」
「承知しました。」
先生の世界ではジャガイモが食糧不足解決に大きく貢献したと聞く。
今聞いたのと同じように見た目のせいでなかなか人気が出なかったものをわざと警備して貴重なものに見せかけたり、身分のある婦人が花を飾りにしたりとあの手この手で広めたのだとか。
ということはそのやり方を参考にしながら広めたらこの国の飢饉のリスクが相当減るんじゃない?
もちろん食べてみないと本当に先生の世界のものと同じかは分からないけれど、この世界のモデルは先生の世界なんだから多分同じだろう。
今日はそれをどう使うか考える時間に当てましょう。
「…アリシア様?」
キーアから何か疑うような目で見られている。まずい、休む気ないのがバレたかしら。
「本当にお医者様を呼びましょうか?診察していたら動けませんよね。」
「寝ます!お部屋で休みます!」
心なしか王都に来てからキーアの圧が強くなっているような…。私が主人のはずなんだけどな。
伸び伸びやれてるならいいことだけれど。
ボケっと考えながらゆらゆらしていたら揺れる馬車の壁に頭を打った。
は、恥ずかしい…初めて馬車に乗った子供みたいなことをしてしまった。
大して痛くはないけれど大きな音がしたからキーアが慌てて立ち上がる。
「やはり医者を…!」
「いいから!大丈夫だから!」
「とにかくお休みください。」
「わかったわ。」
屋敷に着くや否や部屋に連行されてしまった。
医者は呼ばないと頷かせたはいいものの、流石に屋敷を歩き回ることは許可されなかった。まあ今日は部屋で色々考えようと思っていたからちょうどいい。
乙女ゲームのヒロイン、マルガ。
直向きで頑張り屋さん、善良で真面目な少女、らしい。
あくまで先生の知識によると、だけれど今日の様子を見るに現実でも変わりないみたいで安心した。
教会に行ったのはアスラーン公爵に接触するためだけれど、実際会って彼の悩みはどうにもできないと割り切ることにした。
私にゲームのシナリオを変える度胸はない。今はその事実を受け入れてやれることをやるべきだ。
クーデターを止める手段は今のところ二つしか思いつかない。
クーデターの参加者にこの国が良くなっていると思わせるか、もしくは原作通りマルガさんと殿下を婚約させるか。
でも前者は不確定要素が多すぎる。
もちろん国が良くなればそれに越したことはないしそうするつもりはある。けれどどこまですればいいのか、ちゃんとその成果が伝わるのか、なんて数えたらキリがないくらい懸念点が沢山。
その点後者なら原作というある程度成功の保証があるし難易度も下がるわ。
並行で進めなくちゃいけない。
では王太子殿下と彼女をどうくっつけるか?
私…というか先生は原作のストーリー、選択肢、何が殿下とマルガのツボなのか、というポイントをほぼ覚えていない。
でも全く助ける方法がないというわけでもない。
なんでも、乙女ゲームというものはまず会う段階から選択肢があったりするらしい。中庭とか、食堂とか、いくつか選択肢があるものの中からお目当ての攻略対象者に会うために場所を選択する必要があるらしいのだが、つまるところそれは運ゲーというものだろう。
その運の要素をなくす。
私がマルガさんと仲良くなることでどこに殿下がいらっしゃるのか教え、彼女達がスムーズに結ばれるよう手助けしよう。もちろんそれ以外にも自然に手助けできることがあればいくらでも。
通えるだけ教会に通おう。そして彼女と仲良くなりましょう。
まずはお詫びの品を選ぶところから。




