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第四十一話 大人気




 なんて、意気込んだはいいもののハイド様とご一緒すること自体は慣れたものだ。もちろん視線は集まるからそれ相応に背筋は伸びるけれど令嬢としての立ち振る舞いに自信がある。

「ルイ殿、彼女を借りるぞ。」

「どうぞ。」

 一曲目を終えた私の手をハイド様がとった。

 久々にこうして近づくと背が高いのが分かるわね。

 礼服も相変わらず寒色を好んでいらっしゃるのね。確かに彼の黒髪と鋭い目つきにはそっちの方が似合っているような気がするけれど。


「あなたと踊るのも久しぶりですね。」

「ああ、小さい頃は母達の前で何度も踊ったのにな。昨年のデビュタントはどうして俺をエスコート役に選んでくれなかったんだ。」

 不満そうな、けれど本気で言っているというよりはどこか揶揄うような声色でハイド様が問いかけてきた。

 そういえばどうしてだっけ。

 彼ほど頼りになる人も中々いないと思うのだけれど…。

 昨年の記憶を辿って、それどころじゃなかったからだと思い出した。

 デビュタントよりも次の当主をどうするのかとか、両親の件とか領地の件とか考えることが沢山あって…手紙を送る暇もなかったのだったわ。

 結局1人で出ることになったけれど、まあ初めてだから色々見逃してもらってたんでしょうね。多分至らないところが沢山あったことでしょう。

「まあ色々と忙しくて。挨拶はさせていただきましたでしょう?」

「ああ。…それで、本題なんだが。」

 さっきの揶揄うような顔はなくなって、ハイド様は真剣な顔つきになった。

 ダンスの時間もそう長くはない。話すことがあるなら早く話しはじめなければ。

 改まって切り出された言葉に自然と視線が上を向いた。


「なんでもないんだ。忘れてくれ。」

「えぇ?」

 そんなことある?

 あんなに真剣そうに声をかけてきておいて…

 私の腑に落ちない気持ちが伝わったのかハイド様が少し申し訳なさそうに苦笑いした。

「あなたの婚約が本意じゃないのかと思ったんだ。」

「本意じゃない?」

 ルイとは仲良さげに見えてたと思うんだけどな。

 まあ恋愛関係じゃないのは確かで、ハイド様にはそれがバレてしまったのかもしれないけれど貴族同士の婚約なら珍しくもない。なぜそれが真剣な話に繋がるのかしら。

 私の不思議に思う気持ちが伝わったのかハイド様は続けて口を開く。

「恋愛関係じゃないならそう振る舞ったって構わない。貴族はそんなものだ。なのにあなたたちがやたらと仲の良さを強調するから何か裏があるのかと勘繰って心配になっただけだ。」

 この短い時間でそれに気づくとは流石の洞察力ね…。うっすらバレてる。

 けれど言及されたところで、という話だ。

「ご心配ありがとうございます。ですが、どうぞお気遣いなく。彼とはきちんと信頼関係を結んで婚約しておりますから。」

「そのようだな。先程の踊りを見れば分かる。」

 なるほど、短い間に考えが変わったのはそれが理由か。

 確かにダンスの力量を置いておいてもセイヨンとだったらああはならないでしょうね。


「早合点してすまなかった。」

「いいえ、心配していただけて嬉しかったです。」

 望まない婚約というのは勘違いだけれど、心配してわざわざ声をかけてくださったのはもちろんありがたい。

 会うのも久しぶりなのに。

「ならいい。困ったらいつでも声をかけてくれ。」

 ハイド様は笑って腰を屈めた。

 毛先の方で緩く結んだ長い黒髪が一瞬カーテンのように視界の片側を覆ってルイが視界から消える。

 ちょっとだけびっくりした。振り付けにないことをするんだもの。

 軽く目を見張った私にハイド様は楽しそうに微笑む。

「これくらいの当てつけは許してもらおうか。」

 …当てつけ?

 誰に?というかどの辺りが?

 そう聞こうとしたけれど、丁度音楽が止まってしまって人の入れ替えが始まり、聞くに聞けなくなってしまった。


「やってくれたねハイド殿。」

 帰りの馬車でルイは若干不機嫌そうだった。

 吊り目でどこか幼さの残る猫みたいな目をキュッと細めて、不機嫌なのを隠す気もなさそう。

「何かまずいことあったかしら。」

 最後の最後で振り付けを変えたことと、意味深な言葉は少し引っかかるけれど何か実害の出そうな程ではないと思った。

 でもルイには何か違うものが見えていたらしい。

「…別に。君に当たるほどじゃない。」

「どうして?教えてくれればいいのに。私の立ち回りに何か良くないところがあったなら次から気をつけるわ。」

「君の振る舞いは完璧だったよ。ハイド殿の恋人面を許してること以外は。」

 恋人面?

 …パーティーの初めから終わりまで思い返しても心当たりがないわ。

 というか婚約者がいるのにそう見えてたとしたら全然完璧じゃないじゃない。


「どこがそう見えていたのかしら。次はそうならないようにするわ。」

 考えてもわからないことは聞くしかない。ルイが人の機微に敏感だから気になった、と捉えられなくもないけれどそういう人がルイしかいないとも限らないしね。

 じっと見つめるとルイは唇を尖らせながら渋々話し始めた。

「ダンスの最後、ハイド殿が屈んだせいで君の姿が隠れただろ?」

「ええ。」

「…一瞬キスしてるみたいに見えた。」

 …キス?

 うーん、見えると言われれば見えた…のかも?

 勘違いするほど近づいてはなかったけれどルイの方向からだと見えなかっただろうし。

 当てつけってそういうことか。なんで、とは思うけれど。


「ごめんなさい。別にキスはしてなかったけれど、勘違いさせるとような体勢になってたのね。」

「だから君が悪いんじゃないよ。幼馴染面だか兄貴面だか恋人面だか知らないけど、ハイド殿にも大人気ないところがあったんだ。」

 呆れたように、どこか拗ねたようにルイは呟いた。

 確かに読み通りだとしたらハイド様は大人気ない。

「多分兄貴面ってやつよ。兄貴って柄じゃないけれど。」

「君を狙っていなかったとも限らないよ?」

「そうだとしたらとっくに婚約してるわ。ハイド様の婚約者候補に上がらなかったわけでもないでしょうし。」

 ありがたいことにメイシオ公爵夫妻には可愛がっていただいているし、ハイド様から希望があればとっくに打診されてるだろう。

 それがなかったってことはハイド様はただ過保護なお兄さんってことよ。


「まあそれでいいや。どっちにしろもうアリシアは僕と婚約したわけだから。」

 さっきのムスッとした顔をしまって、ルイはいつも通りのポーカーフェイスに戻った。

 機嫌は直ったみたいね。

 そしてまたもや笑顔を取り去って、一転真剣な顔をする。

「そういえば例の件、遠くないうちに殿下から話があると思うよ。」

 例の件というと孤児達の職業訓練の話ね。

 少し意外だわ。もちろん今この瞬間にも苦しんでいる子供達がいると思うと早く進むに越したことはないけれど、殿下もこの時期は特にお忙しいでしょうに。

 打診してからまだ3日も経ってない。

「僕も頼まれたことは進めてる。」

「ありがとう。…私も声がかかるまでにもっと色々考えておかないと。」

 これだけ2人が力を入れてくれていると思うと、私もより気が引き締まるというものだ。

 やることを指で数える私をルイはただ笑って見守ってくれた。

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