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第三十九話 セイヨン





 それは一年前の出来事だった。

 当時の私は両親を亡くし、そのすぐ後に領地を獣害の被害にあわせてしまった罪悪感から切り替えきれず我ながら暗い空気を纏っていたと思う。

 殿下にも話したようにそんな私にかけられる貴族の声は2種類だった。

 1つは領民達の死を悼む声。もう1つは下がるだろう税収を惜しむ声。

 当然後者にはイライラしたし、前者の声かけもありがたかったけれど自分のしたことをその度に思い出して苦しくなった。

 それで少し休みたくて、向かったのがセイヨンの元だった。


 特別仲が良かったわけじゃない。友人ならリリーシャがいるし、同じメイシオ公爵家でもハイド様の方が関わりが多かったと思う。

 けれどきっと慰めてくれるだろう2人よりも我関せず黙っているか音楽の話でもしてくるだろうセイヨンの方が楽だと当時の私は思ったのだった。

 残念ながらそれは間違いだったのだけれど。


 最初は予想通り音楽の話をしているだけだった。私は音楽には詳しくないけれど相槌を打つくらいの知識ならある。

 他の貴族と話す内容とは違って、揚げ足取りとか失言とかを気にしなくていいからいい息抜きだった。

 何にも気にせず聞いて、時々話して、何にも気にされなくて。

 だからちょっとだけ気持ちを落ち着かせてからまた戻ろうと思っていた思惑は果たされるはずだった。

 あの一言があるまでは。


「お前の領地獣に襲われたんだろ?僕が慰問に行ってやろうか?」

「…気持ちは嬉しいけれど、今はみんな疲弊しているから。」

 貴族はいい顔をされないからだという真実を言えなかったのは私の狡さだ。

 昔馴染みの前で自分の失態を伝えるのが憚られてしまった。

 今思うと包み隠さずそのことを伝えていれば彼を嫌いにならずに済んだのかもしれない。


「そんなもの僕の音楽を聞けばすぐに復興できるだろ。」


 "そんなもの"、"すぐに復興できる"。

 頭を殴られたような衝撃と怒りが同時に襲いかかってきて、気づいた時にはセイヨンのことをぶっていた。

 パシン!と鳴る乾いた音と次いで手のひらに伝わる熱にハッとした時にはもう遅かった。

 ━━━やってしまった。やらかしてしまった。

 四大家の次男を叩いてしまった。

 まずい。家は同格と言ってもペーペーの当主代理の私とメイシオ公爵閣下とでは実質的な地位に雲泥の差がある。

 私の軽率な行動のせいでテオに迷惑が掛かったら…

 そのとき、サッと血の気が引いた私と、手で頬を押さえて呆然とするセイヨンの後ろにいたある人物の目が合った。

 その方…アスラーン公爵閣下が見たことは全て黙っていると約束してくださったこと、それからセイヨンに取りなしてくださったおかげで今も私はお咎め無くメイシオ公爵家と関われている。


 それが1年前の経緯だった。

 それ以来、私はセイヨンのことが嫌い。

 暴力を振るった私にも責はある。カッとなったにしても自制が必要な立場だということを忘れていたのだから。

 でもアイツの言葉に怒ったことは後悔していない。

 あの惨状を見もしないでよくも軽々しく笑えたものだ。

 とはいえ一応、あくまで一応、セイヨンに悪気がなかっただろうことは分かってる。セイヨンは良くも悪くも音楽な芸術以外に興味を示さないし人に配慮するなど以ての外だから、心の底から自分の音楽で修復できる損害なのだと思ったのだろう。

 それでも許せはしないけれど。


 そんなこんなで私はセイヨンのことが嫌いだし、セイヨンもセイヨンでそもそも人への興味が薄い上自分のことを叩いた女のことなんてよくて無関心くらいだろうから私たちの仲は冷え切っている。まあ叩いた件以来セイヨンを見かけないから後半は想像に過ぎないけれど。

 こうしてメイシオ公爵家が関わる場面でなければ挨拶しようとは思わない。

 ただそんなことで社交を投げ出すようでは当主代理などする資格はないし、自分が叩いた分くらいは甘んじて舌打ちでも嫌味でも受け入れよう。


「お久しぶり。ご機嫌いかが?」

 引き攣りそうになる表情筋を総動員して笑顔を作った。

 だというのにこちらの努力も知らずセイヨンは相変わらずつまらなそうな仏頂面をしている。

 正直なところ衝動に任せたことは反省していても殴ったことは反省していない。

 嫌いな人間に謙らなければいけない状況というのはなかなかストレスが溜まるものだ。


「まあぼちぼちだ。こんなところに引っ張り出されなきゃもっといいのに。」

 予想外にも、セイヨンは穏やかな答えを返した。

 いや、顔は苦虫を噛み潰すように歪められているけれど。隠しなさい貴族なら。

「今は作曲が佳境なんだ。家にいれば思いついたことがすぐ形にできるのに。」

 セイヨンは苛立たしげにぼやいた。

 彼は新進気鋭の作曲家にしてピアニストで、加えてバイオリンやチェロなど様々な楽器が弾ける…らしい。彼の母君から聞いた話だけれど。

 貴族は自分で演奏するよりパトロンになることの方が多いし、社交界に出るより劇場に入り浸るから変わり者扱いされるのだろう。


「どいつもこいつも僕の曲の価値が分かってない。くだらない話をするより曲を生み出していた方がよっぽど役に立つのに。」

「そう。でも独り立ちするつもりなら貴族とコネクションは作っておいた方がいいわよ。」

「今でも充分評価されてるのにそんなの必要ない。」

 相変わらず自分の曲至上主義ね。音楽だけあれば良いと思ってる。

 子供の頃はもうちょっと素直で可愛げがあったような気がするんだけれど。

 というか、一応挨拶はしたしもういいかしら。体裁は保ったはずよ。


「じゃあ私はそろそろ…」

「そういえばテオドールは来てないのか?」

「…テオ?」

 その名前でなければ聞こえないふりして立ち去っていたかもしれない。

 でも滅多に人前に現れないテオのことを気に掛けられたら答えないわけにはいかない。

「まだ王都に来られるほどじゃないけれど…体調は良くはなってるわ。」

「なんだ…王都にいたら僕の曲を聴かせてやるのに。」

 結局それか。

 体調より自分の音楽優先と捉えられても仕方ないと思うのだけれど…今回は見舞いの言葉として受け取ってあげましょう。うっすらした記憶だけれど、テオはどちらかというとセイヨンに懐いていたような気がするから。

 癪だけど。

「まあ、一応お礼は言っておくわ。テオのこと、気にかけてくれてありがとう。」

「別に。お前に礼を言われることじゃない。…早く良くなればいいのに。」

 本当にね。たまにはいいこと言うじゃない。

 良くも悪くもセイヨンは正直な人間だ。その正直さが私に対しては悪く作用したけれど、この局面においては素直に受け止められる。

 さっきまでは笑顔の仮面だったけれど、今だけは自然に笑えた気がした。

 

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