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第四話 クロード



 もう寝ようと思ったときだった。テオと話した分少しばかり仕事を終わらせるのは遅くなったけれど、寝る前に本を読んだりせずベッドに横になればまあ健康的な時間。

 雨音も騒々しくて、これ以上酷くなる前に寝てしまおうと毛布を首までかけたとき、扉がノックされた。バッドタイミングにも程がある。


「アリシア様、お休みのところ申し訳ありません。クロード様とお付きの方がいらっしゃいました。」

 少しは予想していたことだがクロードお兄様が到着したらしい。睡眠が邪魔されてしまったことについては彼らが屋根のある場所で寝られるというプラスで相殺しよう。


「大広間にお通しして。濡れているなら先にお風呂に入ってもらって。私は着替えてから行きます。何か要望があったら叶えて差し上げて。」

「かしこまりました。」

 扉越しの気配が遠ざかる。さて、私も寝巻きで会うわけにはいかないので適当な服に着替えなくてはいけないのだけれど、わざわざメイドを呼んで着替えなければいけないような華美な服を着るのも面倒だし、適当なワンピースあたりでいいかしら。



「お久しぶりですクロードお兄様。大変な旅路だったかと思いますが、ひとまずご無事に着かれてなによりです。」

 訪問者の2人はやっぱりびしょ濡れだったらしい。私が大広間に入ったときにはお風呂に向かった2人はいなくて、遺品だけれどお父様の服を用意するよう伝えたのだった。

 一年ぶりに会ったクロードお兄様は、見た目が大幅に変わったというわけではないけれど、一族お揃いの金髪は少しパサついていて、体も痩せたように見える。


「久しぶりだな。立派に当主らしい言葉遣いをしているところ水を差すようだが、別に敬語じゃなくていい。どうせこれから居候になる身だ。」

「そう?ならお言葉に甘えて。ところで手紙は簡潔すぎたから詳細を聞きたいのだけれど。」

「ああ?詳細も何もない。書いた通り、叔父に家を乗っ取られて追い出された。そのままだよ。」

 クロードお兄様は元々少し口が悪かったり砕けた言葉遣いをしたりする人だったけれど、今日は、というか今回の件でやさぐれてしまったのかいつにも増して投げやりな口調だ。


「というか、まず食事を出してくれ。俺もこいつも腹ペコだ。」

 お兄様が親指で指し示したのは、ここまでお兄様と一緒に移動してきた護衛だろう男性だ。年はお兄様と同じくらいだろうか。精悍な顔つきでモテそう、なんて薄っぺらい感想を抱いた。

「ごめんなさい、気遣いが足りなかったわよね。お話はお食事の後にしましょう。ローストビーフを用意してるの。他にも色々あるから、ぜひ召し上がって。」

 いけない、宿屋もお店もない山道続きでロクな食事が摂れなかっただろう。うっかりしてた。


「お兄様、そちらの方も同じ食卓で構わないかしら?」

 クロードお兄様は貴族の中では気さくな方だが、当たり前に貴族らしい感覚を持っている。貴族の中には使用人と同じテーブルにつくことに抵抗を持つ人も少なくないため、念のため聞いておこう。

「あー、まあ、今日は特別だぞ。護衛の労いとして俺と同じ食事、同じ食卓を許す。」

「ありがとうございます。」

 立ったままの護衛さんが恭しく頭を下げた。ただの武人ならあまり気にされない目上へのマナーが身についているあたり、騎士なのかもしれない。


「あなたのお名前を聞かせてもらえる?」

「は、タリオスと申します。」

「そいつはただの護衛じゃない。お前への土産だ。元々うちの領の騎士で腕は立つ。ここの騎士団の教育でもさせておけ。」

 またこの人は使用人を物みたいに言う…。うちの騎士団は領地が田舎故に若干層が薄く、あまり教育できる人がいないのでありがたいと言えばありがたいのだけれど。


「お食事の準備が整いました。」

 気づけば机の端からいい匂いが漂っている。私たちが話しているから気を遣って邪魔にならない場所に用意してくれていたみたい。

「もっと知りたいなら食べながら話すぞ。早く寝たいんだ。食事の後に時間を取るなんてごめんだからな。」

「そうね。早く寝たいのは私も同じですし、そうしましょう。」


 とは言え食べ始め直後に聞くのも無粋なので、一つ目のパンを食べ終えたあたりで話を切り出す。

「単刀直入に聞くけれど、どうして叔父上に追い出されてしまったの?正当な継承権がお兄様にあるなら国王陛下に直訴して裁いてもらえばいいのに。」

 いくら親戚がいないとはいえ13で大して領地経営も学んでいない私が領主と当主の代理をできているのだから、直系の男児で今年20になるクロードお兄様が継げない道理はないだろう。正当性を主張すればこちらに分があるはずだ。


「…アーネルド商会が掌握されてた。俺が家を継ぐなら領地から撤退するってな。叔父上は相当に商会を優遇するつもりらしい。」

 アーネルド商会とはクロードお兄様の領地で最も大きな商会だ。当然その規模に見合った沢山の従業員がいるし、本拠点がお兄様の領地なので領民のかなりの数が雇われている。

 お兄様の叔父上がどんな取引を持ちかけたのか知らないけれど、きっとこれから商会が有利になるような条件をつけて味方にしたに違いない。

 もし商会が撤退すれば領民の多くが路頭に迷うことになる。それは確かに飲むわけにはいかない話だ。


「と、いうわけで俺は当面ここで世話になるぞ。叔父上も本音を言えば俺を殺したいところだろうがわざわざここまで殺しには来ないだろ。」

 身内の跡継ぎ争いはどこでもある話だ。我が国では逝去した当主に子供がいてそれなりの年齢に達していればその人が継ぐのが暗黙の了解だが、今回のように乗っ取られる例もある。

 ただ今回は強引な方法なのでクロードお兄様が商会や領民の雇用を無視して陛下に訴えれば彼が返り咲く可能性も高い。だから叔父上は念のためクロードお兄様を殺しておきたいのだろう。


「ここで生活するのは構わないけれど、その分きっちり働いてもらいますからね。」

「おいおい、傷心の身内を働かせるってのか?鬼か。」

 その観点だと確かに申し訳ない気持ちもあるのだけれど、今はなりふり構っていられない事情があるのだ。

「お兄様は領地経営に必要な勉強をしてたでしょう?人手が足りないの。うちの領民の血税で生活するなら何を言っても手伝ってもらいますからね。」

 本来なら後継者になるはずだったクロードお兄様は私の何倍も力を入れて教育を施されてきたはずだ。人材の層が厚いとはいえないこの領地で喉から手が出るほどに欲しい存在なのだ。

「…おまえ、ちょっと見ない間になんというか…強くなったな?」

 当主代理としては悪くないお言葉だけれど、含みを感じる物言いだ。確実に褒めてはいないだろう。

「なんとでも。」

 じとりと睨みつけると、クロードお兄様は観念したかのように両手を挙げてワインを開けた。


「だがらっ、おれはっ、りょぉしゅにっ、」

 困った。疲れていたせいかペース配分できなかったせいか、すぐに酔いがまわったお兄様はベロベロだ。

「くそじじい…」

 こうも弱ったお兄様を見ると私も同情の気持ちが強まる。そもそもお兄様は立場を強奪された被害者なのだから。

「おれはっ、りょうしゅになっだら、せかいでいひばんびじんのよめをもらうはずだっだんだ!」

 そんなわけないよ。領主にそこまでの権限はないよ。

「相当酔っていますね。ここまで酔うのは珍しいことですが。」

 お兄様の手元にあるお酒の入ったコップとお水の入ったコップをすり替えながらタリオスがつぶやいた。彼も勧められて何杯かお酒を飲んでいたけれど強いのかセーブしているのか酔った様子はない。

「お部屋にお運びします。どなたか案内していただけますか?」

 もう食べたり飲んだりするどころじゃないわね。

 タリオスはどうやらお兄様を担いで行ってくれるらしい。健康な成人男性を担ぐのはここにいる面々では重労働なのでありがたい。

 軽々と人1人を担いで扉の向こうへと消えるタリオスを見ながら、結局夜更かしとなったことに気づいた。



「忘れよう。」

 翌日の昼、ようやく起きてきたお兄様の第一声は挨拶ではなくこれだった。どうやら酔って晒した痴態を覚えているらしい。

「どうぞお好きに忘れてちょうだい。」

「違う、お前も忘れるんだよ!俺だけが忘れてどうする、油断してたところにお前が忘れてた記憶を引っ提げて何か交渉してくるかもしれないだろう!」

 それはすると思う。


「分かった、こうしよう。」

 取り乱していた己に気付いたのか襟元を正して真面目な顔を作った。

 私が懇願に応える気がないと見て、何か交渉するつもりらしい。

「今日1日、頼まれたことを全力で遂行する。その代わり昨日のことは忘れろ。いいな?」

「強気な交渉ですけれど、私にとんでもない力仕事でも頼まれたらどうするの?」

 お兄様はハードな運動を好まない。これで私からの要求が力の要る雑用だったら後悔するんじゃないだろうか。

「聡明なお前なら嫌がらせのような非効率的なことを提案しないだろう?俺が力仕事をするよりも事務仕事なんかの頭脳労働を俺に任せて自信のあるやつに力仕事を任せた方がよっぽど生産的だ。」

 なるほど、私の采配は信頼されているらしい。そうじゃなくても酒の場で失敗したくらいで傷心の親族に嫌がらせなんてしないけれど。


「…まあ、本気で協力してくれるなら忘れるのも吝かじゃないかしら。」

「おお!」

「これを読んだ感想がほしいの。」

 取り出したのは昨日考えた減税政策の提案書だ。ざっくりいうと住民税を減らして減税し、市場の取引を活発にして経済を潤す旨の展望が書かれている。

 受け取ったクロードお兄様が1枚1枚紙を捲るたびドキドキと高鳴る。未来の知識を使っているのだから悪くないはずだけれど、実際領地経営を学んだ人からの意見も聞きたいのだ。

 そう枚数のない書類だったからお兄様もさして時間をかけずに読み終わったらしい。私を見下ろしながらお兄様が口を開く。


「ダメだ。こんなんじゃ到底実行できない。」


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