表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/45

第三十七話 絆



 屋敷に帰るなり自室に放り込まれてしまった。遭難した挙句連日動き回る私を心配したキーアによる強行だ。

 どちらかといえば使用人が主人の行動を制限することはよろしくないとされているのだけれど、まあキーアが心配してやってくれたことなら文句を言う気も起きないわ。それに一通り用事は済ませられたし。

 ちょっとだらしないけれど眠ってしまおうかしら。そろそろ領地にいるフィオやテオから手紙も届く頃でしょうし、お兄様からも報告があるでしょうからそれまでしばしの休憩と行こうかしら。


 そういえば一つ謎が残る。

 丁寧にメイキングされたベッドに寝転がって目を瞑りながら、眠気が来るまで少し考え事をしようと思った。

 殿下とベリメラ様のことだ。

 ゲームの中では2人が婚約した状態で始まっていた。

 けれどあと一年でゲームが始まるというのに婚約する気配すらなければ、殿下は強くベリメラ様を拒絶しているしどうなっているのかしら。

 外部の力が強く働けば婚約する可能性もあるでしょうけれど、そこまで強行する人がいるならもう婚約が結ばれていてもおかしくない。私達が候補に上がったのが何年前だという話だ。


 思うに、今まで彼女が推されていないはずがない。あの性格は現状保守派の貴族達に歓迎されるだろうし、アスラーン公爵という後ろ盾もある。ネア様のお家柄もかなりのものだけれどやっぱり四大家で外務大臣のアスラーン侯爵に比べると少し劣るだろうし、私の父は昨年亡くなってしまった上、我が家が病弱なのは有名だからそこを突かれると弱い。

 ということは殿下本人の拒絶が原作よりも強かった…とか?

 私に原作の知識がある以上似たような境遇の人がいてもおかしくない。目的はわからないけれど、イレギュラーな行動で原作と変わってしまう可能性だって充分あるだろう。

 あと、考えられる可能性は…あとは…



 目が覚めると時計の針は3つも文字盤の数字を跨いでいた。仮眠のつもりがすっかり眠ってしまっていたらしい。

 キーアを呼ぼうと枕元のベルに手を伸ばすと、置いた覚えのない封筒が2通あることに気づいた。

 けれど封筒自体には見覚えがある。王都に来る度テオとフィオが送ってくれるものだ。

 本来なら2人ともすぐに読んでしまうのがもったいないくらい大切な手紙なのだけれど、多分仕事の話がメインだろうフィオのものから読んでしまいましょうか。


 何々…拝啓アリシア様へ、予想通り畏まった文が色々書いてあるわね。流石フィオ。

 まあここはさらっと読ませてもらって本題を見ましょうか。

 

 要約すると、私が領地を出る前に実行した減税政策は概ね上手くいっているらしい。テオにも手伝ってもらったし、クロードお兄様からも助言をもらったからある程度の確信を持って始めたものではあるけれど、少し時間が経っても上手くいっていると言うのは存外喜ばしい。正直どこかで躓くと思ってたのに。

 あとは裁判関係もひとまず始められているみたいでよかった。よくある揉め事なんかの裁き方を明確に紙に書いてきたのだけれど、そのおかげでちゃんと役割分担ができて行政と司法が分けられてるみたい。

 フィオが行政の方に集中できているならよかった。彼よりベテランはあの領にいないもの。

 あとは私やキーアの体調を気遣う文面で締められている。これも含めてちゃんと返信しないとね。


 けれどフィオの手紙に返信する前にテオからの手紙に目を通しましょう。

 ええと…


親愛なる姉様へ


 元気にしていますか?レンド領は水も空気も綺麗なので、王都で環境が変わって体調を崩していないか心配です。

 きっと姉様は心配しているだろうから先に言っておくと、僕は元気です。最近は部屋から出られる日も増えて、庭に何が咲いているのか分かるようになりました。今はクロッカスが咲いています。ランドルフやフィオも気にかけてくれているから安心して。

 姉様は今王都で頑張っている真っ只中だと思います。もしかしたら気難しい人に会ったり、中々思ったようにいかなかったりして落ち込んでいるかもしれないけれど、僕は領地でいつも姉様のことを想っているから、それが支えになったら嬉しいな。

 僕はまだまだ姉様のことを助けられるほど強くないけれど、姉様がやらなくちゃいけないと思うことややりたいことはきっと手助けしてみせるよ。

 姉様が王都で過ごす間、悔いが残らないことを祈っています。

 体調に気をつけて、どうか無理はしないように。

 姉様の道行に幸がありますように。


あなたの弟のテオドールより


 気づけば、せっかくテオが丁寧に書いてくれた文字が滲んでいた。それを止めたくて、滴り落ちる涙を止めようとするけれどうまくいかない。片目を擦ればもう片方から雫がこぼれ落ちる。焦っていたせいで手紙から手を離して目を押さえればいいことに気づくまでもう5箇所ほど滲ませてしまった。


 どうして涙が止まらないんだろう。

 たった1週間程度離れただけなのに。

 どれだけ愛しい弟だろうと、これくらいでは寂しくならないと思ったのに。

 日が沈み始めた部屋で、私の泣き声が微かに響いていた。

 テオ、どうしよう。どうしてか私、あなたに会いたくてたまらないわ。



 それでも時間は心を落ち着かせる。

 私の涙も途切れ始め、泣き声を抑える必要もなくなってあとは目が赤いのをどうすればいいか考えるだけとなった頃、そっとキーアが扉を開いた。

「…アリシア様。起きていらっしゃったのですね。」

「うん。キーア、手紙を届けてくれてありがとう。」

「いえ…クロード様と団長閣下がお見えですがどうなさいますか?」

 お兄様と閣下が?珍しい組み合わせね。多分示し合わせたわけじゃないでしょうけれど。

「少し待っていただいて。キーア、身支度を整えて。」

 今は目の前のことに集中しよう。テオだってそれを望んでいるはず。

 まずは冷たいタオルでも用意してもらおうかしら。


「お待たせいたしました。」

「いや、突然押しかけてしまったのはこちらですから。急がせてしまい申し訳ありません。」

 私が部屋に入るなり団長様は立ち上がって急な訪問を詫びた。相変わらずお立場に反して慎み深い方だ。

 反対にお兄様は座ったまま気にするなとでも言いたげに鷹揚に手を上げた。こちらは相変わらず尊大な人だ。

「俺の用は後でいい。先にグレンド殿の話を聞いてやれ。」

 態度に反してお兄様は先を譲る姿勢を見せた。どうやら多少時間のゆとりはあるらしい。

 団長様は一瞬遠慮するように視線をやったけれど、お兄様が軽く頭を振ったのでまたこちらに向き直った。


「この度は我らが騎士団の不手際、誠に申し訳ありませんでした。」

 団長様は深々と頭を下げた。ルイと遭難した時のことを言っているのでしょうけれど、それはもう済んだ話だ。それに私はもう謝らなくていいと伝えたはず。

「頭を上げてください。手厳しいようですが、これ以上謝られても困るとお伝えしたはずです。」

 元々大した咎も、責める気もない。いつまでも終わった話を蒸し返したところでどちらにも利益はないでしょうし。

「私は何も気にしておりません。結果論ですがルイと婚約することもできましたし、まさに雨降って地固まる、いいこともありました。」

 ルイと婚約したというあたりで団長様の目が少し見開かれた。そういえばまだ伝えてなかったわね。

「ルイと婚約いたしました。あの遭難がきっかけで。」

「それは…おめでとうございます!そうでしたか…いえ、先日のパーティーでお見かけしたときからお似合いのお二人だと思っていましたが…。」

 先日のパーティーというのは私がトリオロスから助けていただいたときの話だろう。どうやらルイと話していたのを見られていたらしい。

 団長様は嬉しそうに祝福の言葉を続けた。そうよね、この方からしてみればきっと若人の恋が実ったようで微笑ましいことでしょう。


「それでお詫びの件なのですが、何かご要望などありませんでしょうか。」

 ひとしきりの賛辞を述べて満足したのか、団長様は本題なのだろうことを切り出した。

 どうやらお祖父様とお話になったときに大した要求はされなかったらしい。孫を猫可愛がりしている方だと思っていたから意外だわ。

 それでお詫びの気持ちを持て余してしまって直接私のところに来たってところかしら。

「それなら、タリオスという騎士に稽古をつけていただけませんか?もちろん団長様のお時間があるときでいいので。」

 ここまで言ってくださるなら何か要求した方が騎士団の方々も心が軽くなるというものだろう。

 それに団長様はこの国最高峰の騎士でいらっしゃるし、タリオスもきっと得られるものがあるはず。

 なら少しばかり団長様のお時間をいただこう。

「タリオス殿、ですか。」

「はい。領地から着いてきてくれた私の騎士です。」

 1年前はいなかったから不思議かしら。団長様は記憶を探るように数度首を捻ったけれど、すぐに了承してくれた。

「その騎士は今どこに?」

「おそらく中庭で鍛錬でもしているのかと…キーア、呼んできてくれる?」

 挨拶くらいはしたほうがいいだろうと思ったのだけれど、それを団長様が呼び止めた。


「侍女殿、お待ちください。」

 一瞬なんだろうと思って、すぐあることに思い至った。

 そ、そういえばキーアが団長様に掴みかかったったみたいなことを騎士団の方が言ってなかったかしら。すっかり忘れてたけれど、もしかして私がお詫びしなくちゃいけない側なの?

「あ、あの、団長様。先日は私の侍女が大変失礼いたしました。」

 普通に考えてどんな状況下だったとしてもまずい。まずすぎる。

 急にドッと冷や汗が流れた。いやでも団長様に限ってあの状況で咎めたりするかしら…。

 なんて悶々と考えている内に、不思議そうな顔をした団長様が心当たりに思い至ったらしい。

「ああ、あの件でしたら全く気にしておりません。むしろあれくらいは責められなくては、こちらこそ立つ瀬がありません。」

 幸い、団長様はからりと笑い飛ばしてくれた。ホッと息を吐く私に反してキーアはバツが悪そうに目を逸らす。

 私のことを想ってくれたのは分かるからあまりとやかく言いたくはないのだけれど、流石にもう同じことはしないでほしい。肝が冷えるわ。

「私はただタリオス殿の鍛錬を見たいだけです。ありのまま、普段の剣捌きを。」

 団長様が見てるからとか関係なく肩肘張らない姿が見たいってことね。多分タリオスにはあまり関係ないでしょうけれど、真剣に考えてくださっているみたいでありがたいわ。

 扉から出る寸前、団長様は振り返って挨拶とともに告げた。

「あなたの騎士であればレンド領を守る騎士です。その実力が如何なものか見極めさせていただきます。」

 …そういうところが。

 


「どうした。前好きだった人がまたかっこいいところを見せてきたけどもう想いは告げられないから心の中に押し留めたような顔をして。」

「具体的な想像しないでよ!」

 キーアと団長様が出ていって2人になった部屋でお兄様がふざけたことを言った。

 仮に、本当に仮にそうだったとして、口に出さないほうがいいことの筆頭くらいデリケートな話題だと思う。

 私この人の恋路と目的を手伝ったはずなんだけれど。

「まあ、俺からはとやかく言わないでおいてやる。」

「当たり前よ。ちょっと想像が具体的だからって本当のことだと思い込まないでね。」

「へいへい。…で、トロント家のことだが。」

 これがお兄様の本題ね。律儀に進捗を報告してくれるらしい。

「ひとまず陛下に話は通した。あとはこれからアーノルド商会に行って話をつけてくる。」

「今更だけれどトリオロスは大丈夫なの?こっそりアーノルド商会に話をつけてから陛下のところに行ったほうがよかったんじゃない?」

「陛下に話をつけたらすぐにトリオロスを拘束してくださった。まずは俺の命の危機をどうにかしないと迂闊に動けないからな。1番怖いのはアーノルド商会が拠点を移すことだが、脅しで言ってもそう簡単なことじゃない。ゴルゴット領っていう販路の一つも抑えたし、アーノルド商会はどうとでもなるさ。」

 ならいいけれど。タリオスの話だとお兄様を慕う人も多いみたいだし、きっとトリオロスが王都に連れてきた人の中にも協力してくれる人はいるんでしょうね。


「俺も自分の屋敷に拠点を戻すよ。仕立て屋も自分で呼ぶ。世話になったな。」

 そう。きっとこれからお兄様は忙しくなるでしょうし、社交シーズンでも大して会えないでしょうね。社交シーズンが終わってからは言わずともがな。

 つまりこうして気軽に話せるのも今日で一旦打ち止めだ。

「なんだ?泣くか?」

「泣かないわよ!最後の最後までデリカシーのない人ね。」

 寂しがる私の内面を見透かしたようにお兄様はニヤニヤと笑った。

 別にいいですけれど。そもそもそんなに沢山会う親戚じゃなかったわけだし。元に戻るだけですし。

「まあ今年は無理でも来年になったらまたここで会うだろ。それじゃ、名残惜しいけどもう行くよ。」

 名残惜しい、か。私の家がそう思える場所になっていたならよかった。

「ええ。色々と頑張ってね。」

「ああ、お前もな。」

 お互いやることが多い身だ。特にお兄様は今すぐにでも領に戻りたいだろう。だから私が引き止めるわけにもいかない。

 お兄様は扉に向かいながら、ふと足を止めてこちらを振り返った。いつもの尊大な笑みの端に、ほんの一瞬だけ柔らかさが混じる。

「ありがとな、アリシア。」

その一言を残して、彼は部屋を出て行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ