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第三十六話 関係

いつも閲覧、リアクションいただきありがとうございます。

皆様の反応がとても励みになっております。

これからも頑張って執筆し、話の内容で返していけたらと思っていますので、ぜひお付き合いいただけると嬉しいです。




「ぼーっとしてるね。」

 私の顔を見ながらルイが不機嫌そうに呟いた。

 屋敷へと私たちを送り届ける馬車がガタゴトと揺れているけれど、それを不快に思う余裕もない。

「ねえ、アイツと何があったの?」

 もはや殿下が関係していることは確信しているのか、さらに眉を顰めてルイが問いかけてきた。

「ええっと…その…。」

 実のところ王妃の打診については既に断っている。その席はヒロインさんのために空けておきたいし、それまでの過程で原作と違うところが生じるのが怖いからだ。

 ただ、それをどう説明したものかしら。

 ありのまま事実だけを述べるなら私は王太子殿下に求婚され、手に口付けされ、そしてこれを断った、と言うことになるのだけれど、言い表すと不遜じゃない?

 それに殿下は恋愛感情で王妃に誘ってきたわけじゃないでしょうし…。

「キスでもされた?」

 向かいに座っていたルイが身を乗り出して顔を覗き込んできた。

 やっぱり不機嫌そうな顔で、心なしか責められている気もする。

 うーん、下手に隠さない方がいいか。よく考えたら大したことでもないし。

「王妃の打診をされて手の甲にキスされただけよ。ちゃんと断ったわ。」

「なんだ。」

 身を引いて背を馬車の壁につけたルイはどこかホッとしたように見えた。

 やっぱり嫌いな人と自分の友達が婚約するのは嫌みたい。

「あ、でも私たちの婚約が偽装なのバレちゃったんだった!ごめんなさい、私がもっと上手く隠せてたら…。」

「いいよ。君がちゃんと断ったんならバレようが何しようが構わない。アイツは広めたりしないだろうし。」

 ルイは普段通りに戻ったみたいだけれど、反対に私は不思議だ。

 嫌ってる割に殿下の良いところとか性格とかはちゃんと把握してるのよね。ルイの役割がそうさせたと言えばそうなんでしょうけれど。

 もしかしたらきっかけ次第で気持ちが変わるかもね。私のことだって最初は好きじゃなかったんでしょうけれど今は友達になれてるんだもの。


「そういえば部屋を出た後どこにいたの?」

「王宮をうろちょろしてたよ。何気ない噂話でも役に立ったりするからね。」

 どうやらルイは隙間時間に情報収集してくれていたらしい。予想通りといえば予想通りだけれど、なんというか律儀だ。頼まれたことだけやれば良い立場なのに。

「意外そうな顔してる。」

「ええ?バレちゃった。」

「そりゃあ僕は本職だからね。でもアリシアも分かりやすいと思うよ。君、もうちょっとポーカーフェイスできてなかった?」

 確かにルイと仲良くなる前はそれなりに気を張ってたはずだし、分かりやすいとまではいかなかったはずだ。反対に今は気が抜けてしまってるだろう。

 でもそれはしょうがないじゃない?

「友達の前で無意味に取り繕ったりしないわよ。」

「…ふぅん。」

 あー素直じゃないんだ!照れてるでしょ。

 ルイは鼻白んだような顔をしたけれど、私は騙されない。なんとなく分かるわよ。


「…アリシアは2日後のパーティーに行くんだよね?」

「ええ、そのつもりよ。」

 あからさまに話題を逸らされたけど黙っておいてあげましょう。

 2日後のパーティーとはペロー伯爵が主催するパーティーのことだ。ペロー伯爵家は特別歴史が長いわけじゃないけれど最近領地で炭鉱が見つかったとかで羽振がいいらしく、元々の伯爵という地位も相待って一目置かれている。参加しておいて損はないだろう。

「ペロー伯爵は浮気してるらしい。」

 侍女が見たのだとルイは教えてくれた。

 浮気…正直軽蔑するしどうかと思うのだけれど、クロードお兄様の話が本当なら意外とありふれた話なのかも。まあ知っておいたら後々使えるかもしれないけれど。

「浮気相手がロング子爵の夫人らしくてね。ロング子爵は愛妻家だからバレたら一悶着あるだろう。」

「え?!あのロング子爵?!」

 情報通なわけでもない私ですら知っているくらい、貴族界では有名な話がある。その一つがロング子爵から奥方への執心だ。

 

ロング子爵は愛妻家といえば聞こえは良いけれど、その実執着と束縛がとんでもなくて、当時婚約者だった今のロング夫人に懸想する男性と決闘したらしい。

 そんな子爵が奥方の浮気を知ったらまた騒ぎが起きるだろう。ペロー伯爵も既婚者だからもちろんその奥方も心配だけれど、大騒ぎになるのは確実にロング子爵の方だ。

「ありがとう、覚えておくわ。」

「うん。ああ、多分僕たちしか知らない情報だから取り扱いには気をつけて。」

「そうなの?…ああ、ロング夫人が相手なら伯爵もものすごく気をつけるでしょうね。」

「そういうこと。見たっていう侍女も1人だけだったしね。嘘はついてなさそうだったけど。」

 尚更貴重な情報だわ。

 ありがたく心のメモに書き留める私をルイがじっと見つめた。

 まるで何かを待っているような、催促するような視線だ。


「どうしたの?」

「こっちの台詞だよ。僕に何か頼もうとしてるのかと思ってたのに。」

 あら、もしかして殿下に頼まれたこと?さすが察しの良い。

 でも、ホイホイ頼む気になれないのよね。

「…僕じゃ役に立たない?」

「ルイ?」

 私に、というより自分に向けるように小さく呟いたルイはどこか表情が暗く見えた。

 なんでそんなこと言うの…?役に立たないなんて、そんなことありえないのに。

「君の頼みを聞くために今だって有用な情報を示して見せたのに。なんで頼まないんだ?信用してないのか?遠慮してるのか?」

「そういうわけじゃ…。」

 切羽詰まったようなルイの顔には見覚えがあった。森で遭難した時、私になぜ自分を庇ったのか問いただしてきた時も同じ顔をしていたから。

「なんで頼まないんだよ。僕の役目はそれだろう?!」

「ルイ落ち着いて!」

「王太子がいれば僕はもう要らないの?アリシア…僕は…!」

 まずいパニックになってる。まさかこんなに動揺させちゃうなんて思ってもいなかったけど、とにかく落ち着かせないと。

 立ち上がってルイの隣に座ろうとした時、馬車が大きく揺れた。景色を見る余裕もなかったけれどカーブでもしたのだろう。

 なんて、悠長なことを考えてる場合じゃないわ!転ぶ…

 ガタンッと爪先が床を叩く音と共に大きく私の体は傾いた。

 けれど正面から伸びた腕が私を受け止める。確認するまでもなくルイだ。

 ルイが咄嗟に受け止めてくれたおかげで大した衝撃もない。

「ありがとう。」

「いや、僕のせいだ。僕が馬車の中で取り乱したりするから…。」

 今の一連の流れが慌ただしくて逆に落ち着いたのか、ルイは少し萎んで見えた。

「あはは!髪ぐしゃぐしゃよ。もう帰るだけだから良いんだけどね。」

 自分の髪を手櫛で整えながら笑うとルイの雰囲気も和らぐ。よかった、こんなことで自分を責めてほしくないもの。

 とにかくちゃんと説明しないと。

 

「ルイ、私があなたに頼み事をするのを躊躇っていたのはあなたが頼りないからでも、私があなたを信用してないからでもないわ。」

 少し時間をおいて分かった。私がどうして殿下の言葉を快諾できなかったのか。

 初めは曖昧なモヤモヤに過ぎなかったけれど、今はちゃんと言葉にできるわ。

「だって、あなたの知らないところで全部決めてあなたに何か指示を出したら上司と部下みたいでしょう?」

「上司と部下…。」

 殿下とルイの関係を表すならこの表現が1番近いだろう。だから殿下が指示を出す分にはむしろこの方が円滑かもしれない。

 では私とルイは?上司と部下としての振る舞いが正しいのだろうか。もちろん、正しくないでしょうね。

「私たちは友人だもの。なんでもかんでも決定事項みたいに話すのは違うでしょう?」

 確かにルイは私と取引して協力してくれると約束した。彼自身も友人として協力する姿勢を見せてくれている。

 けれどそれに甘えてあれもこれも頼むと言うのはいかがなものかしら。

 もちろん私の目的のためにはルイの力が必要で、彼に頼りたい部分はこれからもあるだろう。けれど彼の意思を無視したいわけじゃない。

「あなたに近づいたきっかけはあなたの力のためだけれど、私があなたと友達になりたいと思ったのは遭難したときに意外と楽しくてあなたが好きになったからよ。だから友達としてあなたに相談する。王都の孤児と浮浪者の数を調べてきて欲しいの。…やってくれる?」

 ルイは少しだけ目を見張って、大きなため息をついた。そして下を向きながらガシガシと頭を掻く。彼の薄い茶色の髪が手に絡まって数本抜け落ちたように見えた。

 機嫌を損ねてしまっただろうか。偽りのない私の本心だけれど、何かが彼の気に障ったのかもしれない。


「孤児と浮浪者の数って…どれだけ大変だと思ってるんだよ。」

 呆れたような少し低い声がした。

 うん、それは確かに…おっしゃる通り。本来なら国規模でやるような調査だ。彼が辟易としてしまうのも当然ね。

 やっぱり無理か…と肩を落としかけた私に、でも、とルイの言葉がかかった。

「やるだけやってみるよ。友達の頼みだからね。」

「いいの?」

「まあ、君の頼みだからね。」

 顔を上げたルイは笑っていた。しょうがないなあとでも言いたげな、眉尻を下げた優しい笑顔で。

「でも、気を遣って相談しないとかこれからはナシだから。その方が嫌だ。」

「そうね。ごめんなさい。」

 確かに私だって同じ立場なら多少無茶振りでもひとまずは聞いておきたい。後で後悔したくないものね。これは反省しないと。

 でも、とルイは続ける。表情にぴったりの優しい声で。

「君の姿勢は変えないで。僕が好きになったのはそういうお人好しな君だから。」

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