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第三十五話 本調子


「それではご説明いたします。」

 殿下のお気持ちも固まったところで、作戦会議だ。

 この国にはまず急ぎで解決しなければならない問題が1つ…2つ、3つ…正直数えればキリがないのだけれど、ひとまずの課題は王都の孤児や浮浪者に安定した生活を供給することだ。

「まず、私は貧困のサイクルがあると考えております。貧しい暮らしの中生まれた子供は教育を受けられず、大きくなっても安定した仕事に就くことができません。その結果、裏社会へ流れたり浮浪者になったりするのだと思っております。」

 私の言葉に殿下は頷いた。わざわざ説明するまでもなかったかしらね。

「ではそのサイクルを断ち切る方法をご提案します。私の考えといたしましては、孤児や浮浪者に住み込みで仕事をさせ、職業訓練施設と職場を兼ねさせば良いと考えております。」

 これは先生の国の江戸時代、という時代に行われた人足寄場という取り組みを参考にした。そちらでは孤児よりも軽犯罪者がメインだったらしいのだけれど、アレンジしてこうなった。

 おそらくこの世界はざっくり中世ヨーロッパというものをモデルに考えられたのでしょうけれど、本来の中世ヨーロッパとは違う箇所がいくつもある。その主たるものが教会の立ち位置だ。

 この国の教会や宗教というものはあまり影響力を持たない。人々の信仰心が弱いからなのだけれど、すでに政教分離が行われていることに安堵すればいいのか、福祉の面を担うほどの力がないことを嘆けばいいのか。

 本来、教会というものは孤児の救済や教育などを行なっていたらしいのだけれど、残念ながらこの国の教会にはそれを行えるほどの人材も資金もないだろう。

 私達が手出しできる範囲で教育できた方がコントロールしやすくていいという見方もあるけれど。


「我が国の農民達は農具を自作し、近隣の橋や道路などの整備も自分たちでしておりますが、その部分を集めた孤児達に任せ、彼らの技能向上と農民達の農業専念に繋げられないでしょうか。」

「農業に専念したとして、その分生産量は上がるのか?」

「小規模の農家では時間に比例して生産量が向上することが見込まれています。大規模に運営している農民はそもそも用具の生産を含めて使用人を雇っているところが多いので、今回の例からは除外いたします。」

「なるほど。失礼した、続けてくれ。」

「では…。」

 私たちの会話が退屈だったのか、ルイは早々に退室してしまった。

 彼の能力を踏まえればここにいてもらうより王城で情報収集してもらった方が有意義かもしれないけれど、ルイはそういうことを嫌っていると思っていたから意外だ。


「ルイのことが気になるか?」

「いえ…。」

 ルイが出て行ってから何度も扉を見てしまったから、聞かれるのはしょうがないでしょうね。

 でも別に話を遮ってまですることじゃない。

「私は聞きたいことがあるんだが。」

 本題に戻そうとした私に、殿下が待ったをかけた。原作ではあまり絡みがなかった2人だけれど殿下の方には関心があったらしい。

「殿下が…?どうぞ。」

「どうやってルイと仲良く…」

 殿下はそこで言葉を止めた。もはやそこまで言われれば私の方でも何が言いたかったのか検討はつくのだけれど、止めたということはそれなりの意味があるのでしょう。

 黙って続きを待つ私に殿下は首を振った。

「いや、いい。」

「…そうですか?」

「ああ。あなたが彼の支えになっているなら、私が介入しない方がいいだろう。」

 消極的な結論だわ。

 意外にも殿下はルイから向けられる感情に気づいているらしかった。

 ルイは殿下を、というか王族を嫌っている。彼が危険なところに潜り込んで情報収集しなければいけないのは王族の命に依るものだからだ。

 ただ私がこれを知っているのは原作の知識があるからで、ルイはそれを悟らせないだけのポーカーフェイスがあると思うのだけれど、殿下の眼力も流石といったところかしら。

 私も2人の関係について思うところがないでもないのだけれど、脱線しそうだし今殿下だけに話しても意味がない。けれど今が良い機会なのも確かだ。なので一言だけ、お節介を。

「ルイの件について、貴方様が責められる謂れはありませんよ。」

 ルイもルイで事情はあるし、彼の気持ちは理解しているつもりだ。だからルイのことも責められない。

 けれど同時に王族側にも事情というものがある。まして、殿下はまだルイを使う立場ではないはず、多分。

 であれば彼が良心の呵責を覚える必要はないだろう。

「…心得ておくよ。ありがとう。」

 殿下は何か噛み締めるように呟いた。

 意図がちゃんと伝わっているか不安だけれど、これ以上は踏み込めないわ。

 あんまり背負いすぎて欲しくないんだけどなあ。


「話を戻そうか。職業訓練施設で農具を作らせたとして、流通の問題がある。」

「…はい。」

 この国の道路は決して完璧とは言えない。貴族が移動に使う道は整備されているけれど、もっと細かく地方と地方をつなぐ道が欲しいところだ。それに今の道が最短ルートとも限らない。

 先生の時代のように道は血管、なんて表すほど運送と経済の発展が結びついていないのだ。だから道の整備が後回しになってしまう。

「王都では作ったところで持っていくにも対価の作物を受け取るにも時間がかかる。橋や道路の整備も、不具合や要請を都度聞いて人を派遣するのは時間の無駄だろう。それからものづくりにはそれなりの訓練時間が必要だ。職業訓練施設と銘打ってはいるが、要は働かせて食い扶持を稼がせる目的があるのだからある程度は即効性のある作業も取り入れたい。」

「そうですね…。」

 返す言葉もない。職業訓練の内容を変えた方がいいかも、とは少し思っていたのだけれど、これを超える需要を生み出せそうな良案も思い浮かばなくてそのまま持ってきてしまったのだ。殿下ならもっと良い案が浮かびそうという甘えもあったことは否めないけれど。

「少し考えを煮詰めたい。一度日を改めても構わないだろうか。」

「はい、私も考え直そうと思います。ご都合の良い日にお呼び出しください。」

「ああ。まだ具体的なことを決めたわけではないが…職業の内容は一つに絞らなければいけないわけでも一律にしなければいけないわけでもないと思う。その辺りから探っていけば細々とした需要を拾える施設にできるはずだ。」

「そうですね…可能なら孤児と浮浪者の人数も調べておきたいのですが…。」

 戸籍があるわけでもないし難しいだろうか。

 でも概算がないと規模感が掴めないわよね。

「それならちょうど良い奴がいるだろう?」

「ルイのことですか?」

 情報収集といえばルイだ。それは間違いない。

 当然、と頷いた殿下に異論があるわけじゃないけれど、なんかちょっと引っかかる…。具体的に何、って言えるわけじゃないけれど。

「難しそうか?」

「いえ、別に…。彼なら可能でしょう。ただ、私の都合で些か気になることがあるだけで。」

「依頼の仕方は任せる。どちらにせよ私が頼んでも引き受けてもらえるか分からないからな。」

 殿下の中ではルイに任せるのは決定事項のようだ。

 確かに、断る明確な理由もないので頷く。

 この謎の違和感は後でじっくり考えるとしよう。


「今日はありがとうございました。」

「礼を言うのは私の方だ。あなたのおかげで一歩踏み出せた。」

 殿下の空気は少し柔らかくなったように見える。今日の出来事が良い方向に動いているようで私も嬉しい。

「ところで、アリシア嬢は王妃になるつもりはないのか?」

「…え?」

 唐突かつ予想外の言葉につい間抜けな声が漏れてしまった。

 あからさまに呆けた顔をする私に殿下は不思議そうな顔を返す。

「あなたも王妃の候補者の1人には違いないだろう?そう驚くようなことだろうか。」

「そう、なんですが…ベリメラ様は?」

 原作では殿下の婚約者はベリメラ様だった。どのルートでも結局は解消、ないしは破棄しているけれど、少なくとも現時点では彼女が最有力候補なんじゃないの?

「ベリメラ嬢は王妃の器ではない。」

 けれど、殿下は吐き捨てるように酷く冷たい視線で呟いた。対象ではない私すら身震いするほど冷えた瞳だ。

 一体、何が起こっているの…?

 確かにベリメラ様が王妃に相応しいかと言われると、それを肯定するには私は彼女を知りすぎている。

 けれど原作では、殿下はベリメラ様によそよそしくも一応は婚約者として扱っていたはずだ。名前を出しただけでここまで嫌悪感を露わにする人物を一応でも婚約者にするだろうか。


 考え込む私に何を思ったのか、殿下は私の手をとった。

「アリシア嬢がルイと婚約していることは知っている。だが、真っ先にそのことを言わないのは2人の関係が表面的なものだからではないのか?目的は…そうだな、あなたへの協力を見返りにルイが平穏を得ること、だろうか。」

 バ、バレてる!全部バレてる!何もかもお見通しじゃないの!

 というか私が馬鹿!ルイと婚約していることをすぐに言っていればバレなかったのに!

「2人揃って私の元に来ておきながら婚約の話にかけらも触れず、それどころか政策の話をし始めたからアタリをつけていたんだ。」

 かと思ったらそれより早く見透かされていたらしい。ダメ押しは私の態度のせいでしょうけれど。

「殿下はそれを暴いてどうなさりたいのですか?」

 殿下がルイのことを気にかけているのはさっきのやり取りで分かった。私たちの婚約は悪い話だもないから放っておいてもらいたいのだけれど…思惑に反して殿下は面白そうに口元を緩めた。

「どう?アリシア嬢ほど聡明な人ならもう察しているだろうが…そうだな、あえて言葉にさせてもらおう。」

 殿下は未だ自分の手の中にある私の手を少し持ち上げ、高さを合わせるように自身も屈んだ。

「待っ…!」

 私の制止の声は一拍分遅かったらしい。

 殿下の顔が更に近づき、彼の唇が私の手の甲に軽く口付けた。


「私はあなたを王妃にしたいんだ、アリシア嬢。」


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