第三十二話 王太子
お久しぶりです。
予告の通り前回のあらすじを載せさせていただきます。
市民街へ向かったアリシアが見たのは想像を絶する貧困と搾取される子供、悲惨な市民の様子だった。
アリシアはショックを受けるものの、挫けず改革の意思を強くし、王太子へ会いに行くことを決意する。
近頃忙しくなり更新頻度が下がりますが見捨てずお付き合いいただけますと嬉しいです。これからもよろしくお願いします。
私の目の前には何を運び入れるつもりなんだと聞きたくなるほど大きな門が聳え立っている。
この国のどこから見ても全貌を一目に収めることはできない絢爛豪華な城は、我ら貴族が仕える王族が住む、この国の象徴だ。
タリオスに宣言した通り、私は王太子殿下に会うためこの王宮へと足を運んでいる。
可能な限り早く会いたいとは思っていたけれど、ルイ越しにコンタクトを取るや否やすぐに会う約束を取り付けてくださったのには驚いた。
とはいえ私の知り得る情報を繋ぎ合わせて考えるとそう不思議なことではないかもしれない。
先生の知識でも私の知識でも、王太子殿下は国民想いで聡明な方だ。そして実際にゲームをプレイした先生の記憶によると現状を憂慮していらっしゃる。
元々、領地で新たな政策を打ち出した私相手なら何かしらのアクションを期待して接触したがるかもしれないと踏んでいた。まあ、結局パーティーでは会えなかったのでこちらが干渉しないと会おうとは思わないと言う程度の関心だったみたいだけれど。
王城に来るのは初めてではないけれど久しぶりだ。
以前は何度か王妃陛下に呼んでいただいてネア様やベリメラ様とお茶会に参加していた。まあここ2年ほどの私の忙しさに配慮していただいたのか最近は開催されていないけれど。
とはいえその流れで王太子殿下と話したこともある。
平時であれば別に緊張することもないのだけれど、今回は内容が内容なだけに少しは緊張している。
話の切り出し方も主題もちゃんと考えては来た。考えては来たのだけれど、一歩間違えば不敬罪待ったなしのことを話そうとしている自覚もあるのでその辺りのコントロールは繊細だ。
まああの方であれば簡単に人の首を切るような真似はしないでしょうけれど。
でもどうしましょう。うっかり断頭台送りになって城門に首を晒されるなんて事態になったら流石に死因として笑えなさすぎる。
それにテオとキーアが泣いてしまう。
まさかテオも王都のお土産がチョコレートじゃなくて姉の首になるとは思わないでしょうね。
うーん、やっぱり私、すごく緊張してるわね。いつもならこんな誰に向けるでもない不謹慎なジョークなんて考えないのに。
まあいいか。緊張しているくらいが丁度いいでしょう。
ルイもいるし多分何とかなるわ。
ガチガチになってちゃダメだ。余裕がある人間とない人間ならどちらの提案に信頼性があるかは明白。
王太子殿下から私への信頼度なんて100を最大としてゼロか、良くて30くらいでしょうし、今日の印象で全てが決まる。
ちょっとおさらいしておこう。
まず挨拶。これは定型でいい。
次に軽い世間話。これもまあ話していれば適当に進むでしょう。別に殿下も私に話術を期待して会うわけでもないのだし。
そして本題だ。私は王都の人々の生活を良くする、ひいてはこの国全体の生活を良くするための提案と話し合いをしに来た。
具体的には孤児や浮浪者を雇って大規模な生産場所を作ろうと考えている。
先生の知識では日本の江戸時代には工場制手工業という作業形態が取り入れられて各作業段階を細分化することによる効率的な生産が行われていたらしい。
ということでその作業所を王都に作り住み込みで孤児や浮浪者を受け入れたら多少マシになるのでは?というのが私の考えだ。
農家とかは今自分たちで作る道具も手作りしているけれどそれを作らなくて良くなる代わりに作物と物々交換すればWin-Winじゃないだろうか。ちょっと文明に逆行している感じはするけれど。
「アリシア。」
「ルイ!ご機嫌よう。あなたが迎えに来てくれたの?」
王城の一室で待っていた私の元に現れたのはルイだった。
てっきり使用人の誰かが呼びに来ると思っていたのだけれど、嬉しい誤算だわ。
「緊張してる?」
「ちょっとね。でも大丈夫よ。」
「ならよかった。僕が言ったこと覚えてるよね?」
ルイは彼の役目の都合上、何度も王太子殿下に会ったことがあるらしく殿下の人となりやルイから見た適切な接し方なんかを教えてくれた。
今はこうやって味方をしてくれているけれどやっぱりルイは恐ろしい能力を持ってるわね。
多分殿下と仲が良かったわけじゃないのになんでそんなことがわかるのかしら。
つくづく敵に回すとおそろしい。
「そういえばクロード殿の件はどうなったの?」
殿下の待つ部屋に向かう道中、ルイはそう尋ねてきた。
ルイにも色々助けてもらったけれど、つい先日ゴルゴット邸に向かって以来その後の報告ができていなかったからいい機会だわ。
「ひとまずアーノルド商会に向かったわ。トロント家の家督争いから手を引くように言うために。そっちがひと段落ついたらまた王都に戻ってきて陛下にトリオロスの不正な乗っ取りを訴える予定ですって。」
社交シーズンの貴族は基本的に王都から出ないけれど、今回に限っては貴族としての社交よりも優先すべきことがある。
詳細には聞いていないけれど、直訴が済んで陛下からトロント家の正式な継承が認められたら領地に戻るんでしょうね。
「そっか。こっちは伝えた通りうまくいったよ。」
「ええ。本当に色々ありがとう。」
ルイには私達の馬を射った犯人との交渉を頼んでいた。元々すんなり済むだろうという見立てだったけれど、ルイはゴルゴット邸に向かったその足で交渉を済ませてくれたらしく、私の予想より早く交渉が済んだ旨を知らせてくれた。
もちろん早くて困ることはないけれど、ああもスピーディーだとルイの家でのこき使われっぷりが感じられて少し複雑だ。
多分仕事が詰め込まれていた時の処理速度が染み付いているんでしょうね。こういうのなんていうの?ワーカーホリックというもの?
なんて軽い雑談をしているうちに王太子殿下が待ち構えていらっしゃるという部屋に着いた。
際立って荘厳だとか、そんなことはない。扉を見る限り至って普通の部屋だ。
「これから部屋の中には僕とアリシアと殿下しかいなくなる。殿下からも言われるだろうけど機密性は保つよ。公的な場じゃないからあんまり力を入れすぎないようにね。」
扉を開けようとする騎士を一度止めてから、ルイがそう教えてくれた。
私も王太子殿下も向いている先は同じはずだ。
敵じゃない。建設的な話し合いをするだけよ。ちょっとその辺に地雷が埋まってるかもしれないだけよ。その地雷で首チョンパされるかもしれないけれど。
一切の軋みもなく開いた扉の先には王太子殿下がいらっしゃった。当たり前だけれど。
流石、姿勢がいい。
パーティーで拝見した彼の父君と同じようにどこか上に立つ者としての風格が感じられる。
切り揃えられて毛先がさらりと揺れる金髪、微笑んでいるのに気迫を感じる青い瞳。
このお人こそ、我が国の王太子殿下、リードリヒ・ジュリオング様である。
「よく来てくれた。歓迎するよ、アリシア嬢。」
座っていた殿下はわざわざ立ち上がって挨拶してくださった。
内心驚きつつもカーテシーをする私に対して、ルイは既に挨拶を済ませているのかそれとも慣れた相手だからかぴくりとも動かない。
「この度はお時間をいただきありがとうございます。アリシア・レンド、参上いたしました。」
「いいんだ。畏まらないでくれ。今日は対等に君と話をしたいと思って呼んだんだから。」
今日は少しばかりいつもと印象が違っていらっしゃるように見える。
私も数度会った程度だけれど、私の記憶によると殿下は博愛の気を除かせつつも、貴族には一定の線引き、というのだろうか悪く言って仕舞えば所詮貴族は誰も彼も自分のことばかり、と思っていそうな素振りがあった。
もちろん、あからさまに態度に出されたわけじゃない。殿下はいつも紳士的に振る舞っていらっしゃった。
けれど、些細な部分から読み取れることというものがある。
政策に関する話題を絶対にこちらに振らなかったり、今日のように立ち上がって挨拶してくださらなかったりといった部分からそうなのではないか、と推測しただけだ。
これに関しては私自身一時期は身に覚えがあったということもあって邪推しているだけかもしれないけれど。
何はともあれルイの言った通り私の希望に沿った形になった。これで多少言葉がオブラートに包みきれなくても見逃してくれるでしょう。
「劇場で会って以来だな。」
そういえば殿下とは先日お会いして以来だわ。パーティーでも結局会えなかったし、劇場での会話も一瞬も一瞬という感じだったからかなり久しぶりな気はするけれど。
「あのときはすまなかった。」
なぜか唐突に殿下は私に謝ってきた。
何かされたかしら。ベリメラ様とネア様の仲裁で少し困らされたけれど、殿下に関してはむしろ私が助けてもらった方だと思う。
「どうなさったのですか?むしろ私が助けていただいた側だと思うのですが…。」
「いや、私がすぐに出ていかなかったせいでアリシア嬢には不要な負担をかけてしまった。」
「そんな。突発的に起こったことをすぐに察知して動くなんてできませんよ。殿下が気になさることではありません。」
「いや、私はあの日もパーティーのときもベリメラ嬢を避けてわざと人の目に触れないよう動いていたんだ。だがそのせいで貴方に迷惑をかけてしまった。申し訳ない。」
「お気になさらないでください。」
あら、そうだったのね。
口では適当にかわしつつも少し意外だと思案する。
確かに劇場にいたときはいつからいらっしゃっていたのか分からなくて、登場なさったときは驚いたけれど。
それにしてもベリメラ様を避けて、とは。
ゲームでも確かに彼女を苦手としているというか、好意的じゃないから避けているといった素振りは見られたけれど、同じ場にいて隠れるほどではなかったと思う。
婚約したら変わるのだろうか。
てっきりパーティーのときに2人を仲裁したことも知っているんじゃないかと思ったけれど、殿下は話題に出さなかった。ということはおそらく知らないんでしょうね。
多分、ルイのおかげだわ。
ベリメラ様の印象がこれ以上悪くなるとゲーム軸に影響が及んでしまうかもしれないから有難い配慮だ。
「さあ、本題に入ろうか。」
殿下は雑談もそこそこに話を切り出した。 彼もまた話したいことがある、もしくはこちらの話を聞く気満々ということだ。
「はい。ではまず、殿下はこの国のことをどうお考えですか?」
「民が疲弊している。」
私の周りくどい質問に、殿下は間髪入れずに答えた。
わざわざ核心に触れる聞き方をしなくてもこう答えると言うことは、日頃から思っていらっしゃるんでしょうね。
でもこれなら話は早い。
「恐れながら私も同意見です。と言うわけで、民の生活を良くするための提案を考えて参りましたので申し上げます。」
まるで生徒が教師に教えを乞うように、殿下は私の話に逐一頷いて、真剣に聞いてくださった。
なので私も相当な手応えがあったのだけれど、話し終えたとき殿下の口から出た言葉は思いもよらないものだった。
「では、私が即位したらあなたの提案を実行しよう。」
は?




