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第二十九話 語る



 木製の馬車が音を立てて進んでいく。

 ガタゴトと小刻みに座席は揺れ、馬の蹄が王都の整備された道を叩く硬い音が聞こえる。

「うまくいってよかったね。」

「ええ。あとはアーノルド商会をきっちり抑えられれば…。」

 ルイはリラックスしたように背中を壁に預けている。

 宣言通りお兄様を置いて行った私とルイは馬車の中で反省会を…と言っても反省することがあるのは私だけのような気もするけれど。

「色々協力してくれて本当にありがとう。ルイのおかげで侯爵閣下との交渉もスムーズだったし…。」

「大したことはしてないよ。交渉材料は揃ってたんだ。僕じゃなくてもうまくまとまったはずだよ。」

 それでも極力穏便に、スムーズにまとまったのは彼のおかげだ。やっぱり対人においてはすごく強い。

「そんなことないと思うけれど…とにかくありがとう。馬を射った方への交渉もお願いしちゃったし。」

「いいよ。予定通り、レンド伯爵家からは賠償を請求しないんだろ?」

「ええ。」

「なら簡単な交渉だ。散歩か何かだと思うことにするよ。」

 ルイは緑色の瞳を細めて薄く笑った。

 馬を射った人も貴族なので、レンド家かライオ家が訴えを起こさないと捕まえることは難しい。今回は私達2人とも無傷で帰ってきたということでおそらくライオ家も賠償請求をするだけで済ませるだろう。


 私は交渉材料のために賠償請求しないようお祖父様とお祖母様を説得した。

 馬を射った人も四大家二つ相手にお詫びなど気が気でないだろう。なのでルイには私が訴えを取り下げることをうまく使って彼と交渉をしてくれるようお願いした。

 具体的に何を頼むかというと、裏に黒幕がいる風に振る舞って欲しいと頼む。うっかり漏れてしまうのが怖いのでネア様の名前は出さず彼に伝え、社交界で話題に出された場合そこはかとなく、本当にそこはかとなく依頼された風を装って欲しいと依頼するのだ。ゴルゴット侯爵に後から勘付かれないように。

 私へのお詫びをしなくていいだけでなく、本人の名誉にもプラスになるはずだ。

 少々ややこしい依頼にはなるけれど貴族のはぐらかし能力と察し能力に委ねれば大丈夫。


「僕の両親は説得できなくてごめんね。」

 ルイは瞳を伏せ、読めない表情で言った。

 元々親への説得を頼んでいたわけじゃなかったけれど、彼は彼なりに動いてくれていたらしい。

「いいえ、当然の権利よ。それにあれが危ない行為なのは事実ですし、少しくらいは罰があった方がいいでしょう。」

「うん。…ありがとう。」

 私はルイの両親のことをよくは知らない。知らないけれど、今までのルイの言動や原作知識のカケラから察することはできる。

 確実にルイにとって良くない人達だ。

「あはは、湿っぽい空気にしてごめんね。昨日も言った通りもう両親のことはいいんだ。」

「そう。」

 空気が変わったのを感じてかルイがカラリと笑った。

 本当に気にしていないのか、それとも何かしらは思うところがあるのか、なかなか感じ取ることは難しい。

 私は正直、人の家庭にどう関わったらいいのか、よく分からない。

 慰めていいのか、干渉していいのか、何もしないことが一番なのか、全然分からない。

 分からないけれど、ルイが苦しんでいるなら、あるいは苦しんでいたならエゴだけれど少しくらいは楽になるようにしたいと思う。


 だからこの場で私の考えつく最適解は━━━

「ルイ、ハグしましょう。」

 ボディランゲージだ。

「え?何?」

 戸惑うルイに構わず両腕を広げる。

 ハグは万能だ。友人や家族同士でも変な感じにならないし、ハグを求めてくる人は自分を受け入れてくれる感じがする。それに先生の世界の研究ではハグでストレスが軽減されるらしい。すごい。

 ルイには、気を遣わずいつでも相談できる場所が必要だと思う。ルイに限らず、だけれど彼は特に。

 つまり、それを示すことが今思いつく私の唯一。


 ルイは少し逡巡しておずおずと腕を回してきた。

「別に慰めて欲しいわけじゃないよ。」

「そう。」

「…本当に慰めて欲しいわけじゃないよ。」

「分かってるわよ。ハグの意味がわかったら放してあげる。」

 えぇ、と呟きながらも腕はそのままなので嫌がられているわけではないだろう。よし。

 ルイは意味を考えているのかそれとも違うことを考えているのか分からなかったけれど少しの間黙っていた。

 そして徐に切り出した。

「僕の親は、僕のことを道具としか思ってない。ずっとそうだ。」

 声のトーンは変わらない。ただありのまま事実を話しているという語り口だ。

「情報のために裏社会の…アリシアが聞いたこともないような危ない場所に子供を放り込むような血も涙もない奴らだよ。」

 辛い過去を語っているにも関わらずルイの声は依然として変わらなかったけれど、私の手の力は強まった。

 なんてことを、するのだろう。とても子供に、ましてや実子にすることとは思えない。

 怒りが湧く。私の友達を傷つけた奴らへの怒りだ。

「僕はずっと嫌いだったし軽蔑してた。…でもちょっとくらいは期待してたんだよ。本当に死にかけたら愛情が見れる日が来るかもしれないって。」

 それが逃げなかった理由か。

 ずっと不思議だった。とっくに1人で逃げられるだけの能力があるルイがどうして私に声をかけるまで家に留まっていたのか。

 親って、子供にとって大きいものね。

「それで実際にアリシアと遭難して、生死不明になって帰ってみたら…何にも変わらなかった。アイツらは平気な顔で僕に仕事を押し付けてくるし、口約束だけどアリシアと婚約したって言ったら狂喜乱舞だよ。元々人に乗っかることでしか地位を保てない奴らだから。」

 昨日の彼の身に起こったことは原作でも知っていたことだけれど、重い。

 ルイの口から聞くと彼の望んでいない同情心が湧き上がってくる。

 やめたい。

 それはやめたい。

 同情を求めているわけじゃない心は分かるからこそやめたい。

「で、慰謝料も貰えるだけ貰おうって僕の言葉なんか耳も貸さなかったっていうしょうもない話。」

 ルイはちゃんちゃん、と効果音でもつきそうなくらい軽い口調で話し終えた。

 慰めや同情なんか期待していなくて、ただ言いたかっただけのようにも見える。私が何も言わなくてもいいと思っていそうにも見える。

 私は、ルイに何て言いたいか一瞬考えた。

 でも、うん。宣言通りに行こうか。


「お疲れ様。」

「…うん。」

 ルイは少し息を呑んでから、頷いた。

「ルイが頑張って来たことはよく分かったわ。」

 私は褒めたい。

 ルイがその環境下でもどうにかこうにか生き延びて来たことを、その努力を褒めたい。

「すごいね。」

「…うん。」

「これからは楽しい生活にするわよ。」

「ふっ、する、なんだ。」

 決定事項、という風に宣言する私にルイは少し笑った。

「言ったでしょ。楽しくやりましょうって。」

 本人が吹っ切れているなら私は一緒に進んでいくだけだ。

 楽しければ、何かやりがいがあれば大変な環境でも意外と悪くないと思うから。


 何はともあれそろそろ離れようかと腕の力を緩めたとき、ルイはまだ離さないというように抱きしめる力を強めた。

「ルイ?」

「今度は僕が聞こうかなと思って。」

「何を?」

「君がさっき感じてた…罪悪感?かな。」

 ルイの言葉は疑問系のようで、ほとんど確信に近かった。完全に私が複雑な気持ちで作戦を遂行していたことを見抜いていたらしい。

 参ったわ。そこまでお見通しとはね。

「人を騙したことを後悔してるの?」

「後悔…とは違うわ。巻き戻っても同じことをするもの。でも、悪いことをしたとは思ってる。」

「気にすることある?被害者はいない。強いて言えばゴルゴット侯爵が心労を被ったこととネア嬢の株が下がったことくらいだ。でもあの程度の心労大したことないし、ネア嬢もあそこでクロード殿を助けられない方が悔やむと思うけど。」

 ルイの言っていることは妥当性がある。合っている。客観的に見ても主観的に見ても同じ解釈に辿り着くと思う。

 それでも私はじゃあいいじゃないかとこの罪悪感を投げ捨てることはできない。

「そうね。あなたの言っていることは実際ほとんどあっているんでしょうね。でも、私はそれならいいとは思えないの。」

「それで負わなくていい罪悪感を負うの?」

「負わなくていいと思えないからね。」

「前から思ってたけど…アリシアは自罰的だよね。」

 問答のような言葉のやり取りはルイの一言に面食らった私が黙ったことで一度止まった。

 自罰的?私が?

「アリシアは自罰的だと思うよ。普通の人なら忘れてもいいと思うようなことを抱えて苦しんでる。しかも忘れてもいいって周りに言われてるのに頑固に抱え続けてる。苦しくないの?やめたいと思わない?」

 目を丸くした私に、気づいていないのかという顔でルイが詳細に続けた。

 問い詰めるように順序立てているけれど、一方で瞳に気遣いをのぞかせている。


 そもそも私は自罰的だという自覚がない。

 自分に罰を与えるために忘れないんじゃなくて、罰とか関係なく私の性格として…と言えばいいのだろうか、私が私である限り忘れないのだ。

 それに私が動く理由は罰や償いじゃない。いや、全くそれがないとも言わないけれど。

「やめるやめないの問題じゃないわ。自然と覚えてしまうし、自然と責任を取らなくちゃいけない気持ちになるし、罪悪感もついてくるの。」

「それなのにこれからもクーデターを止めようとするの?その内人が傷つくような策を組まないといけない日が来るかもしれないよ。今でも罪悪感を感じてる君がそれに耐えられる?」

 ルイの言っていることは正しい。

 今回と違って誰かを陥れるような策や、顔も知らない誰かが割を食うような方法を取らなければいけない日が来てもおかしくない。

 いや、もしかすると既に…。

 黙った私を見て、ルイはさらに説得するように畳み掛けてくる。

 抱きしめていた腕も解いて、いつかのように私の肩を掴んでいる。

「逃げてもいいんだ。人のために努力してそのために自分が傷つかなくてもいいんだよ。」

 やっぱりルイの根本にあるクーデターなんかどうでもいいという考えは変わっていないんでしょうね。多分私に付き合ってくれているだけ。

 ルイは真剣に言っている。自分の願望のためだけじゃなくて私のことも考えてくれている。

 だから甘言をやめてというのは憚られるのだけれど、まあ言うしかないか。


「ごめんなさい。何を言われても私がやることは揺るがないから。」

 ルイは残念そうな顔をしたけれど、分かっていたというような顔ですぐ頷いてくれた。

 私の強情さは短い付き合いでも分かってくれたらしい。

「悪いこと全部忘れる気はないけれど、ルイが思ってるほど自罰的じゃないわ。何かを楽しむこともできるし、どれだけ嫌な思いをしてもそれを上回るくらいやりたいことを今してるから。」

「あ、そ。」

 ルイは呆れたのかがっかりしたのか複雑な顔をしながら肩を落とした。

 そしてすぐにどこか不安げに目を伏せた。

 何かしら。


「鬱陶しい?自分のこと聞かれるの。」

 ああ、その心配をしてたのか。意外だわ、ルイなら自分で読み取っちゃうんじゃないかと思っていたのだけれど。

「鬱陶しくないわ。」

「本当?」

「心配されて嫌にはならないわよ。応えてあげられるかは分からないけれど。」

 私は私のやりたいようにさせてもらう。その途中で助言や静止の言葉があったとして、全部叶えられるかは分からないけれど突っぱねたくはない。

 人の話を聞いてこそ人のためになることができる。まあ当たり前のことね。

 それが友達の言葉なら尚更。


「ねえ、今度一緒にお買い物に行きましょう。弟と領地のみんなにお土産を買って帰りたいの。」

「突然だね。いいけど。」

「だって楽しくいこうって言ったじゃない。友達と出かけるって楽しいことじゃないの?」

 ルイは私の友達だから協力してくれているけれど、その好意を利用するだけになるのは嫌だ。ルイにもいい影響のある関係でいたい。契約したときの言葉くらいは守りたいわ。

 単純に私もルイと出かけたいし。

「どうだろう、経験がないから。」

 あ、そっか。ルイって人脈は広いけど友達認定してる人はいなかったものね。

 まあ私が楽しませればいいか。

「でもアリシアと一緒にいるのは楽しいから、きっと買い物も楽しいよ。」

 私が頑張らずとも、とでも言いたげにルイは笑った。

 つい数日前までは考えられなかった光景だ。

 ルイは私と仲良くならなければ、ヒロインさんは私の誘導で王太子殿下と結ばれて一生孤独だったかもしれない。いや、それは言い過ぎでも心を許せる人に会えるまでどれだけ時間がかかるか分からない。

 ルイみたいに、私の行動のせいで取りこぼされるかもしれない人を少しでも掬っていけたらいい。

 傲慢かもしれないけれど手の届く範囲だけでも。

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