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第三話 来訪者


「やっぱり食べ物が1番大事よね…。」

 この領地で新しい何かを実践したとして、直接クーデター回避に繋がるのは他の人に真似された時王都の市民が助かることだ。


 思うに、人間食べ物が充実していればなんとかなるのではないだろうか。衣食住が人間の生活に不可欠だというけれどやっぱり1番重要で、かつ補充の頻度が高いのが食だ。

 国民が困窮している原因は先代の国王陛下が戦争し過ぎたせいと、今代で飢饉が起こったせいだが、飢饉は私が生まれる少し前のことで、今の時点で食べ物がすごく不足しているわけではない。

 ただ国にお金がないんだと思う。だから増税を繰り返して市民は苦しくなり不足しているわけではない食べ物が買えない。


 先生の知識によると市民が苦しいときは減税するのがいいらしい。単純に人道とか思いやりの面が理由ではなくて、税金を払わなくなった分市民がお金を使えるようになってまず商人達が潤う。次に商人達も生活のために何かを買っているわけだから、潤った商人のおかげで市場全体がまた売り上げが増えて潤う。最終的には税金をもっととっても市民が困らなくなるから税収も上がる…といった仕組みらしい。

 この国では住んでいる領地の貴族に払う税と、国家に直接、つまり王族に払う税がある。国家に払う方は勝手に削減できないので、減らすのは我が家に入る税収の方だ。


「よし、今度はどの税金を削るかを…」

「アリシア様。お仕事中失礼いたします。」

 音もなく現れたのはキーアだ。食事を運ぶ以外で執務室に入ってくるなんて珍しい。

「どうしたの?」

「クロード様から速達でお手紙が届きました。」

「クロードお兄様?何かあったのかしら…。」


 クロードお兄様というのは、本名をクロード・トロントという私とテオの再従兄弟である。数ヶ月前にご両親が亡くなったと聞いたので今頃家を継いで忙しくしているはずだ。

 父方の親戚である彼は数少ない歳の近い親戚で、会う回数はあまり多くないものの社交界で挨拶したり、時々手紙を送りあったりする程度には交流がある。でも今回のように速達で送ってくることはない。なぜなら速達にしたところで山を越える配達員は週に2日程度しか来ずほとんど意味がないからだ。

「なのに速達なんて…。何があったのかしら?」

 開いた手紙は、パッと見でも走り書きで急いでいることが読み取れるものだった。


「まあ、これはちょっと…心配ね。」

 手紙の内容を簡潔に言うと、家を叔父に乗っ取られてしまったため我が家に居候したいということだった。数ヶ月前にクロードお兄様のご両親が亡くなって手紙が届いたのは記憶に新しいが、まさか後継争いが起きていたとは。


「キーア、お兄様のお部屋を用意しておいて。それからお兄様がここに住むことも屋敷のみんなに伝えておいてちょうだい。」

「かしこまりました。」

「手紙の日付が2日前だからもしかしたら今晩にでもここに着いてしまうかも。できるだけ急いでちょうだい。」

「はい。他のメイドにも急いで通達いたします。」

「お願いね。あ、きっと使用人の方も連れてくるだろうから大部屋に空きがあるかも見ておいて。」


 この屋敷では本人の希望がない限り、使用人は住み込みで雇っている。一人一部屋を用意する余裕はないので大体4人くらいで一部屋を使ってもらう形だ。

 住む準備はこれでいいとして、クロードお兄様の精神、というか心も心配だ。

 彼は家を継ぐかどうかも分からなかった私と違って跡継ぎになる気で後継教育を受けていたわけだし、それが急に家を追い出されて放浪者のようになってしまったのだからそのショックは計り知れない。


 こういうときはひとまず好きな物を食べることだ。それだけで心が癒やされるとは思わないけれど、山を越えてくるなら食事も満足には食べられないだろうし、ひとまずの安息にはなるだろう。

「キーア、ローストビーフとグラタンの材料を用意するようシェフに伝えておいて。クロードお兄様の好物だったはずだから。」



 クロードお兄様が今日明日にでも来るというなら私も仕事ばかりはしていられなくなるはずだ。今のうちに急ピッチで施策を詰めなければ。

「やっぱり削るのは住民税かしら。一律だし。」


「姉様。」

 静かな執務室に少年の声が響いた。テオの声だ。

「テオ!寝ていなくていいの?今日は寒いからお部屋にいた方がいいんじゃないかしら。」

「少しなら平気。メイドに言って厚着してきたから。」

 確かにテオは厚手のカーディガンとその下には薄いセーターも着ていてモコモコとしている。羊みたいで可愛らしいわ。


「そう…でも心配だからあなたのお部屋で話しましょう?」

「いいの?忙しかったんじゃ…」

「あなたの用事の方が大切よ。さ、行きましょう。」

 テオが仕事を遮って訪ねてくるなんて初めてのことだ。よっぽど大事な用事があるんじゃないだろうか。もしかしたらクロードお兄様のことかもしれない。



「姉様、昨日からちょっと様子がおかしいんじゃないかと思って。」

 テオの部屋は季節に合わず暖炉をつけていて、私には少し暑い。それも相まって核心、のちょっと横を突いた言葉に汗が滲んだ。


 この遊び相手のいない領地でテオは私にとって弟であり数少ない遊び相手だった。お互いにとって多分1番知っているのがお互いで、このテオの言葉はただの勘で終わらないかもしれない。

「様子がおかしいって、具体的にどういう風に?」

「上手く言えないけど焦ってる感じ?何をそんなに急いでやることがあるの?」

 そう遠くないうちにクーデターで私たち含めて王侯貴族が全滅するかもしれないので頑張って回避しようとしています。

 なんて、言えるわけもないのだけれど。


 仮にテオが信じてくれたとして、常日頃体調と戦っている彼に余計な心労をかけたくない。

「何かあった時に備えて色々準備してるのよ。飢饉が起きたり害獣がたくさん襲ってきても大丈夫なようにね。」

「…そっか。」

 嘘を嘘と見抜かれないコツは事実を混ぜることにあるらしい。実際効果覿面なようで、テオはこれ以上踏み込む様子を見せない。


「何か僕に頼りたいことがあったら言ってね。そんなに役立てることはないかもしれないけど。」

「あら、未来の当主様が何を言っているのかしら。あなたは賢い子だものね。もちろん頼りにしてますとも。」

 キュッと手を握ると嬉しそうに顔を綻ばせた。あらかわいい。

「姉様、手、大きくなった?」

「そうね、成長期だから。でも、他の女の子にそんなこと言っちゃダメよ?」

「どうして?」

「手が大きくなるって便利だけれど嬉しいことばっかりじゃないのよ。ダンスするときに綺麗で華奢な手じゃないとがっかりする殿方もいるんだから。」

「そんなに器が狭い人がいるの?」


 素直な言葉に、ふふ、と笑い声が漏れた。正直すぎだ。

「いるのよ。姉様も去年のデビュタントで必死にペンだこを隠したのよ。」

 懐かしい。まだそのときは母が存命で心配ゆえの小言を沢山言われたものだ。

「隠さなくても綺麗な手だよ。」

「まあ!」

 我が弟ながら口が上手い。いや、口説こうとしてるわけじゃないから、本心から、彼に備わった気質から褒め上手なのだ。

「きっとテオはご令嬢方の注目の的になるわね。」

 褒めたつもりだったのだけれど、どうしてかテオは複雑そうに手を強く握り返してきた。



 その晩のことだ。雨が強くなって、雨音と風の音が聞こえる。石造りの屋敷では外の寒さが染み込むように冷気が漂っていた。


「誰だ。」

 門番の威圧的な声がかけられる。

 見慣れない二人組だった。顔の見えないローブに身を包んだおそらく男性であろう二人組は雨の中を駆けてきたからびっしょりと濡れている。持ち物らしい持ち物も見受けられず、ただローブと馬しか持っていないようだ。

 領民が約束もせずここに来ることはほとんどあり得ない。

 屋敷の前で門を守る見張りは不審な人物に今にも剣を抜こうと威圧してくる。

 一方で2人組のもう1人もローブの下の剣にこっそり手を添え、いつでも切りかかれるよう構えている。

 だが物騒な両者の睨み合いは、青年の声によって遮られた。


「俺はクロード・トロント。お前たちの主を呼べ。」

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