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第二十三話 ルイとアリシア

Twitterを開設いたしました。@ExoNfo

更新報告、小説に関するアンケート、ちょっとしたつぶやきなどをするつもりです。よろしければフォローしてください。



「起こしてって言ったのに…。」

 寝て起きたらもう空が明るくなっていた。

 こんな状況下でぐっすり眠れた私も私だけれど、ルイ様も起こしてくれてよかったのに。

「よく眠れたみたいでよかった。」

「ルイ様が眠れていないんじゃありませんか?今からでも…。」

「今日はもう歩き出した方がいい。僕は昨日も言った通り昼間に眠ったから、大丈夫。」

 こちらの説得を聞く気がないわ。  

 しょうがないからどこか休憩のタイミングで寝かせましょう。

「あの馬もよく眠れたみたいだしね。」

 ルイ様の視線の先にはお利口にこちらを見つめている馬がいた。どうやら逃げずに一緒に行動してくれるつもりらしい。


「あの子にも名前をつけましょう。いつまでも馬、じゃちょっとね。」

「構わないけど、名前をつけるからには僕達も責任を負うべきだと思うよ。この森を脱出した後、どうするの。」

 私の提案にルイ様は少しだけ、不愉快そうな顔をした。責任の話をするとは、動物が好きというのは本心だったのかもしれない。

「私が引き取ります。なんだか愛着も湧いてしまったし…バルムンクが嫉妬しなければいいのだけれど。」

「バルムンク?」

「私の愛馬です。今は領地でお留守番しています。」

 彼は今度は納得したらしく、そう、とだけ呟いた。

「名前、一緒に考えてください。」

「僕も?」

「この子に助けてもらうのは一緒でしょう?」

「そうだけど。僕は責任取れないよ。」

「いいじゃないですか。案出しくらい。」

 モチーフを提案してくれるだけでもいい、という気軽な提案のつもりだった。だが、何かが良くなかったらしい。

「無責任だって言ってるだろ。」

 何がトリガーかは分からなかったけれど、ルイ様はまた視線を鋭くした。

 私もそこまでして名前をつけろとは言わないけれど、どうしてそんなに名付けにこだわるのかしら。


「行こうか。」

「ええ、お願いね、ホープ。」

 結局馬の名前はホープにした。私達を遭難から救ってくれる希望という意味だ。

 ルイ様は本当に名付けの最中何も言わなかった。私がいくつか候補を呟いてみてもなんの反応もしなくて、それこそ意地になってるみたいに。

 森の中は静かだ。

 昨日と同じように幸運にも天気は良く、木漏れ日が差し込んでいる。

 今は火もないので野生動物が出てくるかと警戒しているけれど、今のところその気配もない。

 体感ではそれなりに歩いているのに、景色は相変わらず木ばかりだ。


「ルイ様は学園に入ったらやりたいことはありますか?」

「何?急に。」

「いえ、話したくなかったらいいんですが。」

「…いいよ、話そうか。僕は友達と一緒に授業が受けられるだけで楽しそうだと思うよ。学園じゃなかったら話すことなんて歌劇の話くらいだろう?」

「そうですね。恋バナとか、できたら楽しそう。」

 どうしてかこの世界って恋バナっていう言葉はあるのよね。まあやったことある人は貴族にはあんまりいないかもしれないけれど。

「そういえば、リリーシャ嬢がセイヨンに話しかけてたね。リリーシャ嬢とは仲良いんでしょ?何か聞いてないの?」

「さあ。一昨日のパーティーではそんな暇がなくて…そういえば聞けていませんね。」

 予想だとセイヨンの個性に圧倒されてもういいやってなってるんじゃないかしら。そうであってほしいわ。

 それにしてもルイ様、なんだかチグハグな感じがする。トゲを感じたり、かと思えば普通に話したり。

 まるで距離を測りかねているみたい。今更そんなことをするコミュニケーション力ではないと思うが。

 やっぱり人間不信が関係しているのかしら。


「ここらで休憩にしようか。」

「はい。」

 ホープもずっと歩かされたら疲れるだろう。増して、水もないのだし。

 私たちを下ろしたホープはモサモサと辺りの草を貪り始めた。

「昨日採った山菜とクッキーがあります。食べたらまたこの辺りを散策して食べられそうなものを探しましょう。」

「うん。君、結構サバイバルに向いてるよね。適応能力が高いのかな。」

 どこか面白そうにルイ様が呟く。複雑だけれど楽しませられているなら何より。

「はい、クッキー。」

「…ありがとう。」

 クッキーも残り2枚。あと1食分。正確には一食と言える量ではないのだけれど、これはどうしようもないのでしょうがない。

「さあ山菜を探しましょう、か…。」

 ガサリ

 草むらで何かが動いた。

 動物か?そうだとして、もし猪や熊だったら…まずい。


 逃げることもできず身を固くしていただけの私たちだったが、無情にも草むらは開いた。そして目の前に現れたのは━━━

「…兎?」

「ねえ、何この腕。」

 ホッと胸を撫で下ろした私の腕を掴みながらルイ様は困惑気に呟いた。

 腕?

 よく把握してみると、ルイ様の前には庇うように差し出された私の腕がある。あら。

「なんで庇ったの。」

「庇ったと言いますか…咄嗟に動いてしまって。あ、兎!」

 貴重な食糧が!

 そう焦る私に対して、庇ったことか、それとも食糧へのがめつさに呆れたのか一つため息を吐いたけれど、ルイ様はすぐに切り替えてくれた。

「待ってて。捕まえる。」

 言うが速いが、ルイ様は兎に近づいて耳を鷲掴みにした。

「目、瞑ってていいよ。」

「え?」

「動物好きなんだろ?刺すところは見なくていい。」

「好きなのはルイ様もでしょう?」

「あれは嘘だから。本当は別に好きじゃない。嫌いでもないけど。特に何か思ったことない。」

「…そうですか。」

「うん。だから木の枝でも集めてきて。火を起こして焼こう。」

「はい。見ているので刺してください。」

 兎を見つめながら頷いた。

「…話聞いてた?」

「ええ。でも命を頂くのは同じですから、私も見ておくべきだと思って。木の枝はその後で集めますから。」

 好きでもなんでも同じこと。生きている物を殺すのはあまり気持ちのいい物ではないだろう。

「気を使わなくていい。兎に罪悪感なんて感じてないよ。生憎僕はそんなに優しくないし、見られてる方がやりづらい。」

 その声色が本当にやりづらそうだったので、仕方なく木の枝を拾いに向かう。

 兎を絞める音は意外にも聞こえてこなかった。


 乾いた小枝が3本、4本、5本、もう少し拾っておこう。明日以降天気が悪くなるかもしれないと思うと余分に持っておいた方がいいかもしれない。

 8本目の小枝に手を伸ばしたとき、体に異変が起こった。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い、気持ち悪い!

 吐きそうに気持ち悪いのに、胃が空っぽで吐くものは何もない。でも体は吐こうとするからお腹の辺りが圧迫されて痛い。吐こうとして真空状態になったみたいなお腹に呼吸で空気を入れて、また吐き出そうとして圧迫される。

 それに何かムカムカして、イライラする。上半身の皮膚が熱くなったようにピリピリして、動悸がする。

 苛つきのような焦燥のような感覚がしてとにかく気分が悪い。

「う、ふうっ…!あああっ!」

 叫んで気分を紛らわせた方がマシだ。

「アリシア!」

 叫びを聞きつけてか、ルイ様が来た。

「どうしたんだ?!アリシア!どうしてほしい?」

「わ、わからない…。気持ち悪くて、吐きそうだけど、吐くものがなくて…なんかムカムカする。」

「…これ、食べて。」

 ルイ様が差し出してきたのは携帯食糧のような何かだった。なんで…

「急に食べる量が減ってそういう状態になった人を見たことがある。エネルギー切れみたいなものだ。とにかく食べて!」

 言われた通り、受け取って食べる。ビスケットのような堅いお菓子でほんのりと甘味があった。

 無言で食べる私を、どうしてか泣きそうな顔で見るルイ様が印象的だった。


「落ち着いた?」

「はい。ありがとうございます。…あのビスケットは?」

「僕が元々持ってた保存食。幻滅した?」

 ルイ様は自嘲気味に笑った。

「幻滅?どうして?」

 むしろ助けてくれたのに。

「最初から僕が出していればああはならなかったかもしれない。…なんで怒らないんだ。」

 ルイ様は私の肩を掴んで自分の方に引き寄せた。何を目的とした行為でもなさそうに見える。自分でも何がしたいか分かっていなさそう。

「でも、自分を優先するのは当たり前ですから。」

「じゃあなんで君はクッキーを隠さなかったんだ!僕を庇ったんだ!」

「さあ…勝手に動いてしまったと言いますか…。」

 我ながら要領を得ない。でもそうでしかないからなあ。

 ボヤボヤとしたことしか言わない私をルイ様はそのまま抱きしめる。

 彼の右頬にくっつけた私の右頬が濡れるのを感じながら、私も腕を回した。


「落ち着きましたか?」

「うん。」

 赤くなった目元をそのままに、ルイ様は頷いた。あ、擦っちゃダメですよ。

 数度咳払いして喉の調子を確かめたルイ様は、一瞬迷って口を開いた。

「僕は…僕の家は情報収集を担ってる。君も四大家の役割の存在は知ってるだろう?」

「はい。」

「ライオ侯爵家は情報収集の役割を与えられて、僕はそれの殆どを背負わされてる。」

 話し始めたルイ様を、黙って聞いた。

 例え知っている知識だとしてもちゃんと聞くべきだと思った。ここにいる、ただルイ様と向き合う者として。

「その過程で色んなところに潜入して、危険な目に何度も合ってきた。人の醜いところを数えきれないほど見てきた。」

 私はルイ様の手を握った。

 まだ私とそう変わらないこの手で、彼は危険な場所を乗り越えてきたのだ。

「それで、もうそんな目には遭いたくなくて…アリシアに近づいた。君の婚約者になるために。」

 それは知らない情報だった。けれど、理由は今になって思い至った。

「ただの情報収集役とレンド伯爵家の長女の婚約者だったら後者の方が欲しいに決まってる。価値があればもう危ない場所に行かなくて済むと思って。」

「そうだったんですね。」

 寄り添いながら、さっきよりも強く手を握る。

 私はずっと誤解していた。彼は人間不信から、人間嫌いから国を捨てたのだと思っていた。でももしかしたら、彼はただ逃げただけなのかもしれない。恐ろしい役目と恐ろしい両親から。

「今、これを君に話したのは僕が少しでも君に誠実になりたいと思ったから。」

 そう言うルイ様はごめん、と呟きつつも少し吹っ切れて見えた。

 そして私も、目的とか、そういうことを越えて彼と話してみたくなった。


「私の話も聞いてくれますか?」

「なんでも聞くよ。」

 ルイ様は鷹揚に頷いた。頭の中で伝えたいことを思い出しながら口を開く。

「何から話そうかな…そうね、私はテオの、弟の代理でしかないんです。誰に言われたわけでもなくて、それを望んでいるんです。」

「そっか。」

 ルイ様の声色は優しかった。否定でも肯定でもなく、ただ聞いているだけ。

「あの子は私よりもずっと賢くて…領主に向いてる。それに何よりも、私があの子を愛しているからあげられるものはなんでもあげたいし、できるだけ綺麗な状態であげたいんです。」

「うん。」

「この国は貴族と市民が分断されている。私は、クーデターが起きてもおかしくないと思っています。そうなったら弟にあげるどころか、みんな危ない。だから、何とかしたいんです。あなたを受け入れようとしていたのも、その一環。私、知っていたんです。あなたの役割を。」

 その言葉に少しばかりルイ様が驚いた気配がした。けれど何も言わずに続きを促してくれる。

「たまたま家の書類でそれを知って…昔から同じだから勘づいた先祖がいたんでしょう。私、いつもなら長男以外の求婚は嫌っているんです。婿入り前提みたいで…テオが家を継げないって思っているようなものだから。」

「そうだったんだ。」

「気づいていましたか?」

「ちょっとね。」

「そっか。でも、三男のルイ様に近づこうとしていたんです。あなたならクーデターの情報も知っているかもしれないと思って。」

「そうだね。君は正しいよ。」

 クーデターという言葉に驚いてもいなかったルイ様は、既に情報を得ていたらしい。

「僕が城下で活動してたとき、クーデターに関する情報はいくつか聞いた。新入りの僕が深く知ることはできなかった極秘情報だけど、裏を返せば極秘にするくらい形ができてるってことだ。いつかのクーデターじゃない、今年、来年にでも起きるかもしれないクーデターだ。」

「私はそれを止めたいんです。」

 宣言した私に、ルイ様は眉を上げた。


「止める必要、ある?」

 仮に協力を断られても、少しくらいは共感してくれると思っていたルイ様はむしろ不思議そうな顔をした。

「もちろん、あなたからすれば思うところのある国だとは思いますが…」

「君からしても、じゃない?」

「どういうこと?」

 私はこの国に大事な人達がいる。脅かされない場所がある。それだけで、十分な理由だと思うのに。

「君は自分が背負ってるものが重すぎると思ったことはない?」

「ルイ様…?」

 彼は手を握って私に向き合った。まるで説得するみたいに。

「家の役割のために危ない場所に放り込むのも、領主の座も、クーデターを止めるのも、子供に背負わせることじゃない。」

「でも。」

「君が1年前の獣害で領民に責められたことも知ってる。でもそんなの、たまたまだ。たまたまタイミングが合ってしまったから、君に背負わせられただけだ。大人は勝手だし、酷いよ。」

 私に教えるように。自分達が酷い場所にいるのだと伝えて、認識させるように、彼は語った。


「一緒に逃げよう、アリシア。」

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