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第二十二話 遭難2



「ん、あれ…?寝てた…?」

 空の色が変わり始めた頃、いつ起こそうか様子を伺っていた私が起こすよりも早く、ルイ様は起きた。

 やっぱり眠るつもりはなかったらしい。おそらく気を遣って眠るフリをしたら本当に寝てしまったのだろう。

「おはようございます。」

「…おはよう?」

 まだ寝ぼけているらしいルイ様は、首を動かして辺りを伺ってから、私の膝の上にいることに気がついた。

 驚いたように目を見開いて起きたけれど、その動作はゆっくりでまだ完全に起きていると言う感じはしない。

「なんで…ああそっか、遭難したんだっけ。」

 シパシパと瞬きを繰り返して眠気を払おうとする姿は失礼ながら可愛らしいと思う。同世代と比べて少し見た目が幼いからだろうか。

 ただ私の推測通り慢性的な睡眠不足で成長が阻害されているのなら微笑ましいと言ってもいられないけれど。


「起こしてくれてよかったのに。」

「そろそろ起こそうと思っていましたよ。日が沈む前にやっておいた方がいいこともありますから。」

 例えば食料探しとか。山菜の知識とか無いわけではないのだけれど、土が付いているものは流石に抵抗があるかしら。

 かく言う私もできれば最終手段にしておきたい。

「ちなみに火おこしの道具はお持ちですか?」

「持ってるよ。はい。」

 ルイ様がポケットを弄ると本当に火打石と鋼が出て来た。ダメ元で聞いたのだけれど、まさか持ってるなんて。

 火打石を鋼に打ち付けて火花を起こし、乾燥した藁なんかに火花を移すことで火を起こすことができる、らしい。やったことはないけれど。

「ありがとうございます。あとは乾燥した草…があればいいんですよね。」

 地面の湿り気具合で分かるように、昨日この辺りで少し雨が降っていたらしく乾燥した植物はなかなか見当たらない。

 困惑した私を少し笑って、ルイ様は立ち上がった。

「ちょっと待ってて。」

 そう言って近くに生えている木の皮を削り始める。あ、なるほど。木の中の濡れていない部分を削っておがくずを作るのね。

「なにか手伝えることはありませんか?」

「座ってていいよ。ナイフも一本しかないし、僕が膝を借りてたから足が痺れてるだろう?」

 長いスカートに隠れてぷるぷる震えていた足を見抜かれていたらしい。

 所在ない気持ちで座らせてもらう。それにしても、慣れているわ。遭難までは行かなくても何かしか似たような経験があるのかも。

 私もせめて自分の持ち物くらいは確認しておこうと、コートを弄ってみる。

 あ、コレって…


「よし、火を付けてみようか。」

 十分におがくずを集めたルイ様はついでと言わんばかりに小枝まで集めて来てくれた。比較的乾燥していたものらしい。雨が弱かったおかげで木の下は無事だったのだろうか。

 ルイ様が慣れたように火打ち石を鋼に打ち付け、何度かそれを行うと火花が舞った。上手くおがくずに移り、小さな火が生まれる。

「すごい!慣れていらっしゃるんですね。」

「ときどき、ね。でももう少し火を強くしたいな。この枝だと乾燥が足りないから。」

「じゃあこのハンカチはいかがですか?」

 ポケットに入っていたハンカチを取り出す。布ならよく燃えるでしょう。

「ちょうどいいと思うけど…いいの?」

「もちろん。こんなときに惜しんではいられませんから。」

 火を覆わないように慎重にハンカチの端から燃やしていく。

 上手く行ったようでそれなりの大きさになった火にルイ様が枝を投下し、火は焚き火の形になった。

「うん。これでいいかな。これなら夜でも暖が取れる。」

「動物避けにもなりますね。」


 実は森や狩場は貴族や王族に管理されていて、鹿や猪などの大物の獲物を市民が狩ると罰が下されることになっている。

 私の領地は今は狩りをするような男性貴族はいなかったし、私達一族が行かないような場所に住んでいる領民もいるし、害獣対策で間引きもしないといけないしで特に制限はしていないけれど、ここは違うだろう。

 クーデターが起こる一因だと思う。食料が高いのに狩りも制限されたらやっていられないわよね。

 兎にも角にもそんな調子な上、貴族達もずっと狩りをするわけでもないから、動物の数はあまり減らされていないだろう。いつ出て来てもおかしくない。

「あとは食料か。兎でも見つかればいいんだけど。」

 あら、意外とワイルド。

 よかった、これなら山菜も食べてくれそうね。

「…狩って食べるのは難しい?」

 私が何も言わずに見つめていたからか、表情は変わらないものの、ルイ様はどこか冷めた目で見つめ返して来た。

 これはつまり、こんな状況で選り好みするなと言う顔だ。

 ワイルドな物に抵抗があると予想するのはお互い様ね。

「いいえ。私も山菜を食べてくれるか計りかねていたところです。」

「…え?」

「山菜。」

 呆けたように聞き返すルイ様にもう一度告げる。すると、耐えきれないと言うように吹き出した。

「ふ、あははっ!分かるの?」

「少しは。」

 吹き出したルイ様に大真面目に返す。

 そういえば私からすればルイ様は色々なところに潜入している人だから抵抗感が少ないのも頷けるけれど、彼からしたら私は深窓の令嬢ですものね。


「あと、これも。」

「クッキー?」

 私がコートを弄って見つけたのは6枚のクッキーだ。

「王都に来る道中で侍女が包んでくれていたのを思い出しました。数日入れっぱなしだったけれど見た目も香りも問題ないし、お砂糖たっぷりだから良い食料になるでしょう?」

 はい、とルイ様に渡す。お昼も食べていないものね。お腹空いているでしょう。

「…ありがとう。」

 どうしてか驚いた顔をしながらルイ様が受け取った。

 …やっぱり衛生的に不安?でも普通に兎とか食べようとしてるし、気のせいよね?


「もう暗くなった。」

 兎か何かいないかと思って辺りを散策したのだけれど、残念ながら何も見つからなかった。もしかしたら貴族の接待のために奥の方で見つかった動物を道沿いのあたりで放していたのかもしれない。

 でも山菜は少し見つかったから一応取っておきましょう。

「馬はなんでも食べれていいね。」

 モサモサとそこらの草を貪る馬を見ながらルイ様が呟いた。この子が元気になってくれれば私たちも移動しやすくなるから悪いことじゃないけれどね。

「明日まで見つからなければ水源を探してみようか。川沿いに歩けば人が見つかるかも。」

「そうですね。川沿いに誰もいなくてもそろそろ水が尽きますし。」

 ルイ様に頷いて水筒を揺らした。狩りと乗馬のためだったからお互い水筒を持っていたし、幸いあまり中身は減っていなかったけれど、これも明日までだろう。


 早く、帰らないと。

 お兄様の件は一刻を争う。私が帰らないと、誰が音頭を取るの?タリオスは関所で1人頑張ってくれていると言うのに。

 それにキーアが心配してるわ。

「張り詰めた顔してるね。心配事?」

「ルイ様…。」

 疲れたせいかしら。不安が隠せていなかったらしい。

「いえ、何も。」

「そう。」

 追及はしてこなかった。追及されても今どうこうできる話ではないのでちょうどいい。


「そろそろ寝る時間だよ。疲れたでしょ?」

「はい。…ルイ様?」

 横になる、かと思いきや、なぜか彼は上着の片側を広げてこちらを向いた。

「寒いでしょ?近づいていた方が暖を取れる。」

 これは、包まって抱かれていろということ?

 確かにあまり焚き火に近づきすぎても怖いので少し距離をとっているから多少寒くはあるのだけれど、でもそうすると…

「これじゃあルイ様が眠れないんじゃ…。」

 眠りながら人を抱えるって無理でしょう。ものすごく寝相が良ければ寝方も固定できるのかしら。

「2人いっぺんには寝れないだろう?どっちかが見張ってないと危ないし。先に寝ていいよ。僕は昼間に休ませてもらったから。」

 近づかない私を待ち飽きたのかルイ様が自ら近づいて上着の片側を羽織らせた。

「寄りかかっていいよ。」

「…体勢、辛くなったら遠慮せず起こしてくださいね。」

「分かった。おやすみ、アリシア。」

 空気に溶けるように小さく呟かれた言葉は、私の耳に入ることはなかった。

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