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第二十一話 遭難




 私がいくらトリオロス対策をしたいと思っても社交界はお構いなしだ。

 パーティーの次の日、つまりは私がお兄様を軟禁した次の日、狩りと乗馬による貴族間のコミュニケーションがはかられようとしていた。

 社交界の主な行事はパーティー、お茶会、そして乗馬会である。今回はそこに狩りも組み合わせ、貴族達は森の中を闊歩していた。


「天気が良くてよかった。乗り心地は悪くない?」

「はい。この子もとってもいい子ですしね。」

 そして私は馬に跨り手綱を…握ることはなく、ルイ様に握らせていた。つまり共乗りである。

 私は1人で馬に乗れるし、跨って走ることもできる。なのでもちろん1人で乗馬することは可能なのだけれど、それを止めたのがルイ様だった。

 クーデター回避のためにルイ様と近付きたい私と、理由は不明だけれど私に近付きたがっているルイ様。

 内心の利害の一致は表に出すことなく、「よかったらエスコートさせてくれない?」「1人で乗るのは不安だったんです。是非。」という白々しい会話をした私達はこうして表面上穏やかに乗馬会を楽しんでいる。


「見ろ!鹿がいるぞ!」

「どれ、私の腕を見せてやろう。」

 狩りは専ら男性の役割である。

 弓を手に鹿を追う2人の男性貴族を見ながら後ろで手綱を握るルイ様に問いかける。

「ルイ様は退屈していませんか?」

 前に人がいる状態で弓を握るのは難しい。もちろんこちらが身を屈めて気をつければ不可能ではないけれど、エスコートという名目で相乗りしている以上そういったことにはならないだろう。

「僕は十分楽しんでるよ。君に狩りの腕を見せられないのが残念だけどね。」

 おそらく何も気にしていなさそうな笑顔で笑ったルイ様は、馬の手綱を少し引いて足元を駆け抜ける兎を避けた。お見事。

 けれどそのとき、急に馬が前足を高く上げた。あらかじめ言っておくと、決してルイ様の手綱捌きのせいではない。

 訳もわからないまま、馬は走り出した。ルイ様と私が必死に手綱を引っ張ってもお構いなしに道を逸れて森へ突き進んでいく。

 止めようとする周囲も暴走した馬の前には無力で、貴族はもちろん、護衛の騎士も手が出せない。私達が上に乗っていることも大きな理由だろうけれど。

 兎も角、私とルイ様は振り落とされないようにしがみつくのに必死で、背後の喧騒も知らずに森の中を突き進んでしまった。


 20分ほど経っただろうか、体力が尽きたようで、ようやく馬が止まった。

 けれど決して喜べる状況ではない。もうここがどこなのか分からないからだ。

「馬が暴走したのはこれのせい…ですね。」

 疲れ切って足を折り曲げる馬のお尻には一本の矢が刺さっている。大方、直前に避けた兎を狩ろうとして誰かが放ったものだろう。

「全く、人がいる場所で飛び道具なんて放つべきじゃないよ。」

 もっともな意見をルイ様が苛立たしげに呟いた。

 状況が状況なので苛立つのも無理はない。けれど、ルイ様が険しい顔を見せるのは珍しいと思いながら見ていると、視線に気がついていつも通りの笑顔に戻った。

「騎士団が捜索してくれるはずだ。ここでじっとしていよう。」

 確かに、貴族、それも四大家の人間が2人もいなくなれば捜索隊が組まれるはずだ。

 意外にも落ち着いて地面に座り込むルイ様を見て、ある記憶が舞い込んできた。


『僕は以前、森で遭難したことがある。』

『誰にも見つけてもらえなくて、必死に歩いてやっと騎士に合流できて家に帰れたんだ。』

『でも僕の親は満身創痍で帰って来た自分の子供を労りもせず仕事を言い渡して来た。』

 画面越しに立つルイ様。その前に見えるテキストボックス。

 これは私の記憶じゃない。先生の記憶だ。

「アリシア嬢?」

 座り込んだルイ様が怪訝そうに私の名前を呼ぶ。

「いえ、なんでもありません。」

 不自然に固まるのもおかしいので、ルイ様の近くに座ろうとして、ルイ様の上着が敷かれているのに気づいた。

 ありがたいし、紳士的な振る舞いに水を差したくもないのだけれど、これからのことを考えると湿った土に上着を押し付けて濡らすのは良くないだろう。

「ルイ様、お気遣いありがとうございます。けれど、お返しします。夜になると冷えますから、上着はちゃんと着ていてくださいな。」

「騎士達が探しているだろう?夜までかかるかな。」

 不思議そうなルイ様を軽く説得して私も座った。


 少し考える。

 さっきの記憶は先生の記憶だ。

 けれど少し不思議なのは、私は先生の知識をいただいたときにノートにしっかりまとめたはずだということ。

 攻略対象の、ましてや重要人物のルイ様の大事なイベントを今まで全く覚えていないということはあり得ない。

 ということは、考えられるのは先生がこの状況になったことで記憶が触発され思い出したということ。

 つまり、先生は生きている?

 いや、体がないのだから生きているとは言えないだろう。言い方を変えるなら人格を持っている?


「アリシア嬢?」

 再び黙った私にまたルイ様が声をかけた。

 いけない、今はそれどころじゃないわ。

「ごめんなさい、少しぼーっとしてしまって。」

 思い出した経緯よりも内容だ。

 あの通りなら、私達は数日遭難することになるし、ここで待っていても助けが来るか分からない。なら体力があるうちに動いた方がいいだろうか。

 けれど、原作通りに動いた方が早くはなくても最終的に助かる可能性は上がるのでは?

 今度こそ私は1人で考えるのをやめてルイ様に問いかけた。

「このあとどうしますか?」

「待つんじゃないの?」

「私の領地では時々遭難者が出ていると聞きますが、地元の慣れた者が捜索してもなかなか見つからないそうです。馬でこれだけ走ったということは相当遠くに来ています。」

「騎士達が見つけられるとも限らない、か。」

 素早く理解したルイ様は少し考え込んだ。

 私としてはお兄様の件もあるので可急速速やかに返らないといけない。

 

「僕は一旦ここで待った方がいいと思うんだけど、アリシア嬢はどう思う?」

「私は…そうですね。移動するにしてもこの子が回復してからの方がいいでしょうし。」

 そう言いながら馬を撫でる。歩くよりも馬に乗って体力消耗を抑えられる場面が来るだろう。

 それにしてもこの子もお尻に矢を刺されるなんてとんだ災難だ。幸いそこまで深くはないようなので命に関わるほどではなさそうだけれど。

「じゃあここで待とうか。」

「はい。」

 私は基本的にルイ様に従うことにした。

 私がいることで原作と変わっている部分もあるだろうから確実とは言えないけれど、それでもできる限り原作通りにした方が生存確率が上がると思ったからである。

「アリシア嬢はさ。」

「はい?」

 ルイ様が口を開いた。流石は情報収集のプロ、こんな状況でも私に近づくという目的は忘れていないらしい。

「動物は好き?」

「え?ええ、まあ。どうでしょう。あまり触れ合うことは多くありませんが、少なくとも馬は好きです。」

 テオに動物の毛が付いた服で触れるのは怖いので、猫や犬を飼っているわけではないのだけれど、少なくとも怖くはない。

「そっか。じゃあ実は1人で馬にも乗れたりして。」

 ルイ様が悪戯っぽく笑った。あら、バレてる。

「ふふ、バレてしまいました。相乗りしたのも、とっても乗り心地よかったですよ?」

「ならよかった。いいアピールになったかな?」

「あら、ふふ。」

 ルイ様は一貫して私にアプローチをしてくるけれど、一貫して意図は読めない。情報が欲しいだけなら普通に友達でいいのよね。まあ恋愛関係があった方が利用しやすいのはそうでしょうけれど、そこまでする理由が私にあるとも思えない。

「ルイ様は動物お好きなんですか?」

「好きだよ。でも嫌われてるから、あんまり可愛がれたことはないけどね。」

 へえ、新情報だわ。本当かは分からないけれど。

 でも本当だとして、ルイ様は人の機嫌を見るのが上手だし、生き物も快適に構ってあげられそうなのに。


「アリシア嬢は王都は久しぶりなんだよね?」

「ええ。1年ぶりです。」

「何かしたいこととか、行きたい場所はある?」

「そうですね…弟と領地の皆にお土産を買いたいのでお菓子屋さんに行きたいです。」

「お菓子屋さんかあ…よければ案内しようか?おすすめの店があるんだ。」

「いいんですか?ルイ様のおすすめならきっと素敵なお店なんでしょうね。」

 他愛もない話を続けながらルイ様の顔を見ると、なんだか眠たげに見えた。

 ここは微かに木漏れ日があるだけで薄暗いし静かなので、お昼寝にはぴったりだと思う。状況的にはあまり向いていないけれど。

「少し眠ったらどうですか?」

「え?」

「眠そうに見えたので。ここで待つなら眠っていても起きていても一緒でしょう?」

「でも…。」

「騎士の声が聞こえたらすぐに起こします。大丈夫、置いて行ったりしませんから。」


 意外にも、ルイ様は本当に眠ってしまった。正直彼の性格からして受け入れはしないだろうと思っていたのだけれど、本当に疲れていたのだろう。

 少しして寝入ったルイ様の頭がグラグラと揺れ出した。木に寄りかかって不安定に寝るよりは、と近づいて頭を膝に乗せる。所謂膝枕だ。

 何も掛けてあげられる物がないなと思いながらふと手を見ると、何か白い粉が付いているのがわかった。見覚えがある。これは、化粧の粉だ。先生の世界で言うファンデーション。

「もしかして…。」

 何もついていない指でルイ様の目元を拭うと、さっきよりも多く粉がついて来た。男性がここを覆う理由なんて一つしか思い浮かばない。

 クマ隠しだ。

 もしかして、昨日のパーティーの後もどこかを駆けずり回っていたのだろうか。それで寝不足になって、眠ってしまったの?

 無言で、ルイ様の頭を撫でた。

 ルイ様はご両親によって仕事を任されて、成長期に寝不足になるくらい働いて、こうしてクマを隠しながらまた働いているのに、この人は帰っても顧みてくれる人はいない。

 それを悲しいと哀れんでしまえるほど私はルイ様を知らないし、親しくもないし、これからの状況によってはその資格もなくなってしまう。

 けれど、私が王太子殿下とヒロインさんを結ばせたら、一生ルイ様の心を溶かせる人は現れないのかもしれないと思うとやるせない気持ちになった。

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