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第二十話 計画と反省




「どういうこと。」

 絞り出した声は震えていた。

「お前とトリオロスの会話を見てた奴は少なくないってことだ。俺もそれなりに顔は広い。教えてくれるやつもいる。」

 お兄様は普通の声で、的外れなことを言った。

「聞いていたなら私がなんとかするって分かるでしょう。言わなかった訳も。」

「俺はそこまで情けない奴じゃないよ。」

「情けないとかそう言う問題じゃない!」

 悲鳴のように出た大声にお兄様が少し腰を浮かせた。


「なんで分からないの!行ったら死んじゃうからやめてって言ってるの!なんとかするって言ってるでしょ?!」

「なんとかする?そのなんとかって何だよ!何にも思いついてないからなんとかするって言ってるんだろ?!怒鳴ったらこっちが怯むと思ったら大間違いだ。俺は俺の領民を優先する!」

 お兄様が馬車の壁を叩いた。いつもなら少しは怯むかもしれないけれど、今日は全く気にならない。

「この分からずや!」

 

 中にいる私達の騒ぎも知らずに馬車はピタリと止まった。屋敷についたらしい。

 私は踏み台が置かれるよりも早く、お兄様よりも先に馬車から飛び出た。

 ある指示をするためだ。

「キーア、お兄様を閉じ込めて!絶対屋敷から出さないで!」

 キーアは驚いていたけれど、それでも素早く実行してくれた。

 まず馬車の扉を閉めてお兄様が出てこられないようにし、すぐに護衛の騎士達に声をかけてお兄様を拘束した。お兄様は暴れていたけれど多少手荒にしても良いという私の言葉もあって騎士達に連行されて行った。

 一連の流れを平然とこなしたキーアは騎士とお兄様の背中を見つめながら尋ねた。

「アリシア様、この後はどういたしましょうか。」

「絶対部屋から出さないで。それ以外の要望はできるだけ叶えて差し上げて。悪いことをした訳じゃないから、できる限り丁重に扱ってね。手紙とかを出す場合は私を通してからにしてちょうだい。」

「承知しました。伝えておきます。」

「ありがとう。」

 これは、休んでる場合じゃなくなったわね。


 部屋に戻った私は、これからのことを考えていた。

 勢いでお兄様を軟禁してしまったけれど、ずっとこのままというわけにはいかない。

 トリオロスが領地を壊すにしてもそれなりに真っ当な手段、まあ領地を壊すのに真っ当も何もないけれど、王家に目をつけられないような手段は行使するはずだ。例えば領民を虐殺するとか、そういうことはできない。

 であれば考えられるのは増税とか橋を落として移動を制限する、あとはアーノルド商会に頼んで領民を解雇させる…とかだけれど、トリオロスは欲深く自分の利を第一に考えるごうつくばりだ。移動の制限で経済が滞るかもしれない橋落としや、生産が落ちる領民の解雇はしないだろう。それにアーノルド商会を弱体化させてもお兄様を黙らせる材料が減るだけだ。

 ということは増税が考えられるけれどその場合納税までに時間がかかる。

 ものすごく早く見積もっても2週間は何も起こらないだろう。


 けれど、そうは言っても、と思う。

 私はすごく頭が良いわけじゃない。トリオロスが私には思いつかない手段を考えている可能性もあり得る。

 そこまで考えて、部屋から出た。

 もう夜も遅い。廊下は真っ暗で、誰もいない。

 ランタンの明かりを頼りにある部屋を目指した。

 その部屋は屋敷の奥まったところにあって、やはり皆眠っているのか静かだった。

 手を握って弱く3回ノックした。

 扉の付近なら聞こえるだろうという小さな音。眠っていたら普通は誰も聞こえないような音だけれど、彼はそれで起きると言っていたから、きっと大丈夫。

 待つこともなく、扉が開いた。

「どうかなさいましたか?アリシア様。」

「タリオス…。」

 そう、私はタリオスに会うために来た。

 ある頼み事をするために。


「トロント領の関所に…ですか。」

「ええ。トリオロスから手紙が送られていないか確認して欲しいの。何かあったら私に知らせて。」

 現状をタリオスに伝えた私は、トロント領の関所でトロント家の家紋が入った馬車や馬を見たら報告することを頼んだ。

「承知しました。…中身はいいのですか?」

「無理に見たら流石に犯罪だもの。問題になるし、何より騎士にそんなことさせられないものね。」

 まあ張り込み役をさせる時点で騎士の仕事ではないのだけれど、私のグレーゾーンな指示に従ってくれる人は思い浮かばないので許してほしい。

「2週間以内には解決する。関所の周りには何もないし、忍耐の要る仕事だけれど、引き受けてくれる?」

 2週間以内に手紙が送られるかも分からない。送られない方がいいのだけれど、タリオスにとっては来るかも分からない手紙を1人で待ち続ける大変な仕事になると思う。

 けれど私の顔を見たタリオスは、その心配を笑い飛ばした。

「剣の腕はお見せできませんが…俺の忠誠を示す良い機会です。あなたへの誓いはこんなことで揺らぐものではありません。」

「いいの?」

「もちろん。」

 強く頷いたタリオスは更に驚きの言葉を言い放った。

「今から出ましょう。馬を急がせればもし今晩のうちに手紙を送っていても間に合う。」

「今?!」

「はい。ご安心を。俺はもっと長い期間野宿したことがあります。2週間など試練にもならない。」

 そう言って笑うタリオスはまさしく頼りになる騎士だった。


 タリオスによって自室に送り届けられた私は、机に向き合って計画を立てていた。

 まずは現状の整理。

 トリオロスは領民を盾にお兄様を要求している。お兄様が現状を陛下に訴えて爵位を取り返す可能性があるからだ。

 対してお兄様は領民の生活の基盤となるアーノルド商会を掌握されていることによって訴えられない。その上現在領地の権限を握られているからトリオロスが圧政を敷くことを恐れてその身を差し出そうとしている。

 そして私はお兄様もその領民も切り捨てたくない。

 アーノルド商会は損得で動いているでしょうね。商人だもの。トリオロスが優遇しているからトリオロスの味方をしている。こちらがトリオロス以上の利益を示せれば味方になってくれるかもしれないけれど、2週間でまとめようとすれば足元見てふっかけられそう。それはそれで領地に悪影響がありそうだからナシじゃないけど避けたい手段ね。


 さて、どうしようか。

 殺される前にトリオロスを殺す?

 正直、最終手段くらいには思ってもいいと思う。

 アーノルド商会がどう出てくるか分からないけれど、彼らのカードは商会の移転と従業員である領民の解雇くらい。でもどっちにしろコストがかかったり人員不足になったりするからやりたくはないはずだ。トリオロスがいなければやらないかも。

 私から見て、鍵はアーノルド商会だと思う。一押しあればこちら側に付けられそうなのよね。

 アーノルド商会が店を展開しているのは主にトロント領、そして隣り合うゴルゴット侯爵領。ネア様の領地だ。

 そこが動かせればあるいは、と思う。

 けれど、難しいだろう。


 ネア様。

 劇場で会ったときも、今日も、どうしてか私を疎んでいた。

 元々私とネア様とベリメラ様は王太子殿下の婚約者候補の筆頭だったから、王妃様に何度か集められていた。

 ベリメラ様とは上手くいかなかったけれど、ネア様は時折気の強さの片鱗を見せながらも私を可愛がってくれていた、と思う。

 嬉しかった。

 おすすめの本を教えてくれたり、似合うアクセサリーを見繕ってくれたり、一緒に歌劇を見たこともある。

 だから、ほんのちょっとだけ、お姉ちゃんみたいに思っていたのだけれど、違ったみたい。

 どうしてかは分からないけれど、私はネア様に嫌われてしまった。

 多分、ゴルゴット侯爵に交渉しても上手くいかないでしょうね。


 今日のパーティーはあんまり良くなかった。パーティーが、というより私が。

 ベリメラ様とネア様の喧嘩を穏便に収めようとしてメアリー様のドレスを汚してしまったし、ルイ様と仲良くなろうとしてなりきれなかったし、王太子殿下とは話もできなかったし、トリオロスには負けそうになって、団長様のお手を煩わせてしまった。

 クーデター回避の進捗も微妙だし、また団長様に情けないところを見せてしまった。

 団長様がいつもかっこいい姿を見せてくれるように、私も好きな人には良いところを見せたいのに。

 本当に、しっかりしなければいけない。


 いつから眠ってしまったのか分からないけれど、その日私は夢を見た。

 一年前の獣害のとき、団長様が王都から騎士を連れて助けに来てくださったことを。


 その日、私は苦しかった。ううん、その日だけじゃない、獣が領地を襲い出してからずっと。

 初めは、領民達が苦しんでいることに心を痛めていた。

 その次に、その現状が自分のせいだと気づいて、罪悪感でどうしようもなかった。

 とにかく早くこの現状が終わって欲しかった。

 そんなときに現れたのが団長様だった。

 自ら前線に立って誰よりも獣を狩り、部下だけでなく領民達も鼓舞し、領地を平和に近づけてくれた。


『もう大丈夫!私達があの獣共を駆逐致します!』

『領民の皆皆様、安心なされよ。これより騎士団が貴方達を助ける!』

『アリシア様、どうかこの領地が完全に平和を取り戻すことを祈っております。』


 私の英雄。

 情けないところばかり見せているけれど、どうこうなることはあり得ないけれど、いつか堂々とした私を見せたい人。

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