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第二話 攻略開始

 次の日の朝、いつもより2時間早く起きた私は次のページに大きく「対策法」と書いた。

 そう言えば当たり前に紙や時計を使っているけれど、私が得た知識によると中世という地球の過去の歴史をモデルにしたこの世界で、書くときに引っかからないツルツルとした紙や正確な時計があるのはおかしいことなのだとか。

 まあ恋愛シミュレーションゲームの世界である以上、プレイ中に不必要なことに煩わされないよう現代的な要素も足したという話だと思うけれど。


 何はともあれ対策だ。

 やっぱり1番確実な方法はヒロインさんと王太子殿下を婚約させること…なのだけれど、それをしようとするには少々情報が足りていなくて確実ではない。

 私に知識をくれた女性(いろいろ教えてもらったことだから、今後は先生と呼ばせてもらう)は、そこまで熱心にこのゲームをプレイしていたわけではないらしく、情報は断片的だ。

 攻略した王太子ルートでさえ序盤の選択肢はほとんど覚えていなくて何が王太子殿下の琴線に触れるのかも分からない。それに無理やり2人を結ばせようとして悪影響があったり、王太子殿下への不敬罪に問われたりしたらどうしようもない。

 ただ幸運なことに私は2人と同い年。さっき考えたように無理やり2人を引き合わせることは難しいけれど、さりげなくサポートする、例えば貴族のやっかみからヒロインさんを少し守る程度であれば私でもできるでしょう。


 ゲーム本編への行動はその程度に収めるとして、それまでにできることがないわけではない。

 クーデターの原因が市民の困窮にあることは分かっているのだから、困窮する市民を助ければクーデターは起こらないはずだ。もちろん簡単にはいかないけれど。


 でも先生の知識があればもしかしたら国を豊かにする方が成功率が高いかもしれない。

 先生は私に少しの乙女ゲーム知識と、それとは別に彼女が生前学んだ知識を与えてくれた。

 先生は漫画という絵にセリフをつけた本や、アニメという動く絵が大好きだったらしい。彼女の記憶には特に登場人物達が戦うものが多くて、実際の歴史を基にした物語もある。

 好きなものに関わる事項だからか、彼女の知識には歴史の中で行われた改革や政策なんかの知識もある。経験の浅い私にとって、乙女ゲームの知識と同じくらい貴重な知識だ。

 私は王国全体に影響するような施策はできないけれど、この領地でうまくいったことなら他の貴族や国王陛下も取り入れてくれるかもしれない。そうすればクーデター回避が見えてくる。

 きっと私にできる1番大きなことはそれでしょうね。

「問題は何を実行するか、よね…」


 残念ながらこの領地にはいろいろな施策を片っ端から試すほどの人員もお金もない。

 ここは長閑で作物もよく実るいい場所だけれど、周りを山に囲まれているせいで動物達がよく降りてくる。特に北の山脈は国境になっていて、山の向こう側は隣国に開発権があり、近年開発が進んでいるせいで住処を追われた動物達がお腹を空かせてこちら側に来ているのだとか。

 そのせいでせっかく実った作物が食べられてしまったり、対策にお金を取られたりして土壌の割には豊かな土地とはいえない。

 お金も無駄にできないから焦らず、何が必要か見極めないと…。

 ノートの5ページ目をめくった。


「失礼致します。」

 ノートと睨めっこする私を現実に引き戻したのはキーアの声だった。

 メイドのキーアは、いつも私を起こして朝の準備をする役割だ。私はあまり寝起きが良くないので、誰かが起こしてくれないと予定通りに1日が始まらない。気が張っていたせいか今日は起きることができたのだけれど。


 キーアは椅子に座って覚醒し切った私を見て目を見開いた。我ながら自力で起きられるなんて珍しいものね。

「アリシア様!起きていらっしゃったのですね。」

「珍しいこともあるものよね。自分でもそう思うわ。」

「いえそんなつもりは…お勉強ですか?」

 机の上に広げたノートをみてキーアが首を傾げた。まずい、出しっぱなしだ。

「なんでもないの!キーア、支度をしてくれる?」

 すぐにノートを閉じて少々わざとらしくも小首を傾げて誤魔化した。

 キーアは信頼のおけるメイドだけれど、いくら親しいと言っても主が「未来がわかる」なんて言ったら精神を疑われてしまう。


「かしこまりました。こちらに。」

 キーアに連れられて鏡台の前に座った。背丈に反して大きな鏡は母の使っていたものだ。

「今日は何色のリボンにいたしましょう。」

 右手に赤のリボン、左手に紺のリボンを持って髪にかざしてみる。引き出しの中にはいろんな人からもらったリボンがたくさん入っていて、毎日違うのをつけても一月は回せるほどだ。


「白いリボンはどうかしら。騎士団長にいただいた…」

「…昨日と同じリボンですがよろしいのですか?」

「昨日も今日も屋敷の中だけだからいいの。…服とのバランス、おかしくないわよね?」

「そうですね。汎用性の高い白ですから、服に合わせやすくて重宝しますね。」

 そういう理由でよく使うわけでもないのだけれど、そう思われているなら都合がいいので黙っておく。


「テオの調子はどう?」

 経験のない領主というのはやることが山積みで、なかなか弟に会いに行くことも難しい。病弱な弟は、昨日は珍しく大広間まで来れたけれど今日は天気が悪くて少し寒いし難しいだろうか。

「まだ眠っていらっしゃいます。寒いので毛布は追加したのですが…」

「そう、ありがとう。何かあったら教えてちょうだい。今日は夜まで時間ができないかもしれないから、テオにも伝えておいてくれる?」

「承知しました。ですが、今日のご予定はお屋敷の中でなさることですし、弟君とお食事をなさることは可能かと存じますが…。」


 確かに昨日までの私であればお昼の食事の時間はテオと一緒に食べていたのだけれど、今日は領地のことを詳しく調べて施策を考えなくてはいけないので自分のお昼を食べる時間も惜しい。

「今日はちょっと追加のお仕事をしたいから…私のお昼ご飯は片手でつまめるものにしておいてってシェフに伝えておいて。」

「かしこまりました。あの、アリシア様、何か心配なさっていることでもあるのですか?昨日のパーティーから少しご様子がおかしいような…。」


 バレないようにしていたのに、私のメイドは鋭い。でも少し違和感を持たれているくらいならすぐ誤魔化せるだろう。

「そうかしら。ここ一年くらいバタバタしていたから無事に誕生日パーティーができてちょっと感傷に浸ってるのかも。」

「お変わりなければいいのですが…確かにお忙しい日々を送っていらっしゃいましたから、いろいろとお考えになることもあるかと思いますが。」

 キーアはなかなか私の子供扱いが抜けないのか、過保護なのか少し心配性だ。以前、社交界のドレスに護身用ナイフを仕込もうとしてきて焦ったのも懐かしい。

「さ、執務室に行きましょう。朝ごはんも執務室に持ってくるよう伝えてくれる?」

「承知しました。」



 貴族達の一年のサイクルは概ねどの家も同じだ。社交のシーズンは王都で社交界に出て、それ以外の季節は自身の領地で領地経営を行う。

 ただこの国では領地経営の全てを所有する貴族本人が行うわけではない。

 大体どの家にも家令という使用人がいて、領地経営の補佐、怠慢な貴族であれば補佐を超えてその業務のほぼ全てを執り行う。

 当然私の父も家令のフィオを雇い業務を補佐させていた。


 我が家は病気がちな家系だ。弟のテオがそうであるように私の父もその例に漏れず病弱だった。ただ、テオのように動き回れる日の方が少ないというほどではなく、月のうち何日かは動けなかったり、少し具合が悪くなると言った感じだったのだけれど。

 そんな具合なので父も全ての仕事を自分だけで抱えるということはしなかった。万が一に備えたのだろう、家令のフィオが誰かに引き継ぐことができるように彼に一部の業務をそのまま任せたり、書面に業務内容を残したりしていて比較的スムーズに私への引き継ぎが行われた。


「おはよう、フィオ。今日もよろしくね。」

「おはようございますアリシア様。昨日の今日で執務とは…仕事熱心なのは結構なことですが、1日くらいお休みになってもよろしいのでは?」

 フィオは私が生まれる前からお父様の側近で、私が覚えていないくらいから子供の私達を見守ってくれている。だからかそんな余裕はないのに少し甘やかしたがるきらいがある。


「もう、何度も言ってるでしょ?私はもうアリシアお嬢様じゃなくて当主代理なんだから、甘やかさなくていいの。お仕事は変わらずに…いいえ、今日から少し忙しくします。」

「これ以上…ですか?しかし、それではアリシア様のご負担が大きくなりすぎです。」

「そんなことないわ。真面目な領主の中にはもっと忙しくしていらっしゃる方もたくさんいるって聞くし。私が今までやってきたのは領主として最低限の仕事だけれど今日からは領内の改革も視野に入れますから。」

「改革…ですか。」

 フィオが困惑げに呟いた。改革といっても私にそんなアイデアがあるとは思わないだろう。先生の知識を使えるから私も自信があるというものだし。

「ええ。さ、まずはいつもの仕事を終わらせましょう。追加の業務はそのあとで話すから。」

 山積みの書類を見てもげんなりしないどころかやる気さえ湧いてくる。先生に教えてもらった知識が領地を潤すことを…ひいては国中を潤すことを期待して胸が高鳴った。


 

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