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第十八話 緊迫

 


 四大家の一つ、ライオ侯爵家。

 ルイ・ライオはその三男であり、私が最も接触したかった攻略対象でもある。

 四大家はそれぞれ表立っては知られていない役割があり、我がレンド伯爵家が隣国との国防を担っているようにライオ侯爵家は情報収集を担っている。

 ルイ様はライオ侯爵家において情報収集の要であり、乙女ゲームの中でクーデターが起こることを事前に察知することができたというクーデター回避の超重要人物だ。


「急にごめんね。」

 ライオ侯爵家の威光で周囲を蹴散らしたルイ様は申し訳なさそうに笑った。

「いえ、私も少し困っていたので。」

 気にしていないと言う風に笑い返す。

 実際ルイ様がいなければ切り抜けるのにどれくらい時間がかかったか分からない。ありがたいわ。

「クロード殿は探さなくて平気?」

「ええ。分かってるでしょう?」

 あれはあの場を抜け出すための方便に過ぎない。

「さっきは災難だったね。」

「ええ、話しかけてくださるのはありがたいんですけれど。」

「それもだけど、ベリメラ嬢とネア嬢の方だよ。」

 彼の言葉にピシリと表情が固まる。

 もしかして、2人の喧嘩の一連の流れを見てた?

 ルイ様を通じて国王陛下や王太子殿下にことの次第が伝わるとまずい。私がわざわざ悪目立ちしてまで冷静にさせた意味がなくなってしまう。


「災難、ですか?私は楽しくお話ししていましたけれど。」

「そう?一触即発の空気だと思ったけど。」

 やっぱりバレてるなあ。報告する気?

「でも安心してよ。君の困ることはしない。」

 どうやって私の懸念を読み取ったのか分からないけれど、ルイ様は先回りで安心させるようなことを言った。流石、情報収集の要。

 けれど、実際は怪しい。周囲には広めなくてもこっそり情報を陛下に伝えるかも。本来裏の役割は自分の家のことしか知らないはずだから、ルイ様側からは私が陛下への告げ口を警戒しているとは思わないだろう。

「僕としてもベリメラ嬢とネア嬢が婚約者候補を外されると困るんだ。」

「どうして?」

「君が王太子殿下の婚約者になるかもしれないから。」

「それは困ること?」

「困るよ。君に憧れているのは何もさっきのデオン殿だけじゃない。」

 社交界に慣れていない少女なら誰でも胸が高鳴るような言葉をルイ様は言ってのけた。

 一見して、彼の言葉は私に好意があるように見える。

 けれど油断してはいけない。


 ルイ・ライオ。彼はライオ侯爵家の情報収集の要であり、情報を得るためにあらゆる場所、人物に潜り込んで情報を得る恐ろしい人。

 例えこちらに好意的に見えても気を許してはいけない。その本質は様々な人物の裏を見てきたことに由来する人間不信の人間嫌いだ。

 彼のハッピーエンドではクーデターを嗅ぎつけたルイ様がヒロインさんを連れて他国へ逃げる。家族にも陛下にも報告せず何もかもを見捨てて。

 まあそれは今置いておいて、つまりは彼が近づいてきても気を抜いてはいけないということ。

「ワインをかけて注意を逸らしたのは良い判断だったと思うよ。」

「全部バレているんですね。」

「ああ、失礼。」

 ルイ様は胸に手を当てて、簡単に謝罪のような姿勢を作る。

「今のは僕の配慮が足りなかった。せっかく君が上手く納めてくれたのに。」

「いえ、構いません。そういえば、ルイ様はなんのご用で私に?」

「特別用があったわけじゃないんだ。でも、来年には一緒に学園に入学するんだから、少し話したいと思って。ほら、お互い知り合いは多い方が安心じゃない?」

 嘘つき。この人が人脈で不安視することなんてないと思うけれど。その叩き上げのコミュニケーション能力でもって原作では王太子殿下に続く人気者だったはずだ。

「ふふ、そうですね。ぜひ仲良くしましょう。手始めに、ハイルデンの婦人達のお話でもしましょうか?」

 でも私は話せるなら話しておきたい。この機会はありがたく享受させてもらいましょう。

「君が飽きていないならいいよ。でも、あんまり好みじゃないんだと思った。」

「…デオン様との会話も見ていたんですか?」

「ごめんね。どうやったら1番かっこよく助けられるか見定めてたんだ。」

 なんて、おちゃらけたように話すけれど言ってること、怖いわ。どうしてあの程度の会話で私の好みが分かるのかしら。それに加えてあえて否定的な意見を出して距離を詰めるコミュニケーションの案配。

 やっぱりルイ様はプロだ。人の機微を察知する天才。

 これ、私が上手く心の壁を掻い潜って仲良くなるなんてできるのかしら…?


 結論から言うと無理だった。

 残念ながらルイ様と仲良くなれた気はしない。

 表面上、会話は盛り上がっていたけれど彼にとってはいつものことだっただろう。特別楽しませられた自信はない。

 せめて彼が近づいて来た目的くらいは知りたかったのだけれど、それも分からずじまいだった。領地改革の話かと思って少し話したけれどあまり食いつきが良かったとも思わないし。

 強いて心当たりを挙げるならクーデターのことだけれど、流石にそれを察知する能力はないはずだ。

 クーデターを阻止することは王家にとっても悪いことじゃない。けれど、実際に起きていない状況で、クーデターが起きそうな施策をしている国王と私が看做していることには問題がある。不敬罪って言われそう。

 まあ口に出さなければ何にもならないと思うけれど。

 けれど彼も今回で目的を達成できたわけではなさそうなのでまた接触してくるでしょう。

 社交界は約3ヶ月。身分も近い私たちは多分すぐどこかのパーティーやお茶会で会うはず。こちらから招待してもいい。

 さあ、作戦を考えないと。


「アリシア様。お久しぶりです。」

「メイロード子爵!お久しぶりです。お元気にしていらっしゃいましたか?」

 ルイ様と別れた私に話しかけて来た壮年の男性、彼は隣の領地を治めるメイロード子爵閣下だ。温厚で気遣いのできるできた方で、獣害が起きたときには支援もしてくださった。

「この通り、元気にしております。素敵なドレスですね。」

「ありがとうございます。」

「ところで、単刀直入で申し訳ないのですがレンド伯爵家領で行われている政策についてお聞きしたくて…。」

「減税政策のことですか?どうかなさいましたか?」

「実は私の領の商人がアリシア様の領地に、その、流れていくと言いますか、移動する動きが見えておりまして。」

 気まずげに話し出したメイロード子爵。

 なるほど、と相槌をして仕事の話だからと人の少ないところへ誘導する。

 実は、減税政策で人が流れ込んでくるだろうと言うことは予想できた。というか、むしろ狙っていた。

 商人達からしてみれば税なんて自分たちの取り分を持っていくデメリットでしかない。それが下がる領地があるなら移籍は当然のことだろう。

 私としても、自分達の領の産業が賑わうなら歓迎だ。私の領地の立地の不便さが商人達にどう響くかと思っていたけれど、メイロード領は王都へも遠いからどうせ遠いなら多少不便でもうちの領に来るメリットはある。

 けれど私も他の領地の産業を死なせていいと思っているわけではない。メイロード子爵領が私の領地を真似して減税し、同じ要領で他の領から商家が移籍、それが波及して色々なところで減税になればいいなと期待していた。税率を上げて税収を保たせるにしても人が減り過ぎれば限度というものがあるのだし。

 もしくは強制で人材の流出をやめさせるという方法もある。この国に憲法という人権意識の象徴みたいなものはまだないし、当然職業選択の自由とか居住地の自由とかもない。だから領主が出ていくなと言うことはできる。

 まあメイロード子爵がそんなことをするとは思えないからこうして直接話に来たんでしょうけれど。


「閣下も同じように減税してみてはいかがですか?」

「わ、私の家はそろそろ屋敷の改修が必要でして…お恥ずかしながらあまり余裕がなく。」

 なるほど。まあ確かに家が古くて財産を貯めていられた私の家と比較的新しいメイロード子爵領じゃ差があるのはしょうがないか。

 たしか閣下は娘さんが4人いるしドレス代も嵩むでしょうね。


「実は減税したからと言ってこちらの税収が減るわけではないんです。」

「へ?」

 勿論私も意地悪をしたいわけではない。むしろいいところはどんどん共有しないと。

「減税によって市民の懐に余裕が出て市場が活発になり売り上げが増加して税収が増える。これが政策の狙いです。」

「な、なるほど…。」

「そして増えた税収を給付金として一部の市民に配ることで貧富の差を可能な限り縮小したいと思っています。」

 実際にレンド領の取引が増えていると観測できていることも伝える。

 話が進むに連れてメイロード子爵の顔が明るくなって来た。うん、お互い利がありそうで何より。

 前向きに検討すると話す閣下にこちらも笑みが溢れる。

「そろそろ戻りましょうか。」

「ええ。」

 いくら閣下が既婚者で歳が離れていると言っても人が少ない場所に長い時間2人でいるのはあまりよろしくない。用が済んだらさっさと戻るに限るわ。

 バルコニーに出ていた私たちは会場の明かりの方へ足を向ける。

 そこで、誰かが近くにいたのに気づいた。

 逆光で顔はよく見えない。


「お久しぶりです。アリシア様、メイロード伯爵。」

 

 体格のいい中年の男性が声をかけて来た。  

 息を呑む。もしや、とは思っていたけれど本当に話しかけて来るなんて。

「あ、お、お久しぶりです。トリオロス様。」

 メイロード子爵が顔色を悪くしてチラチラとこちらを伺っている。けれど、それに応える余裕はない。

「はは、我ながら浮かれていると思うのですが、是非呼び名を改めていただきたい。今は━━━」

 何を言うつもりなのかしら、この男。

 もし私の想像通りだとしたら傲慢極まりない。

 こちらの視線が鋭くなるのもお構いなしに男は喋るのをやめなかった。

「━━━トロント伯爵ですから。」

 ふざけるな。

 それは、クロードお兄様に与えられるべき称号のはずだ。

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