第十七話 波乱
パーティー編は長くなりそうなので何話かに分けて投稿いたします!
おそらく後一、二話でパーティー編は終わる予定です。
ベリメラ様は青色のドレスを着ている。
流行通りのAライン。そしてドレスを飾るたっぷりとしたレースは見たところボビンレース。最高級品だ。
我が国の王太子殿下は今婚約者を選定している最中である。候補者はある意味国中の貴族令嬢だけれど、実質は3人。私とネア様、そしてベリメラ様だ。
ネア様は分からないけれど、ベリメラ様はずっと自信が婚約者になるのだとアピールしている。今も王太子殿下の瞳の色と同じ青いドレスを纏っているのはアピールと牽制のためだろう。
それは別に構わない。ゲームの通りなら彼女は学園に入学するまでに婚約者になっているはずだし、ネア様が青いドレスを着ているところは見たことがないのでおそらく彼女も乗り気ではないのだろう。そして私もできる限り原作を壊したくない。不必要なイレギュラーが怖いからだ。
けれどベリメラ様がそんなことを汲んでくれるとも思わない。つまるところ、今私を呼んだのは同じ婚約者候補に対するアピールもとい攻撃のためでしょう。ご丁寧に、他のご令嬢を4人も連れて。
「アリシア様、このドレス、どう思う?」
「お似合いですよ。」
「そう。ねえ、前から思っていたのだけど、あなたって王妃の座に興味ないの?」
意外。まさか攻撃の前に確認から入るなんて。ここで王妃の座には興味がないって示すことができれば無駄な争いは避けられるんじゃないかしら。
「私には過ぎた地位です。私よりも賢くて、お優しくて、お美しい、王妃に相応しい方がいらっしゃいますから。」
「そう?そうよね!アリシア様って地味だし、王妃って言葉が全然似合わないものね!」
うーん、失敗!そうね。ベリメラ様ってこういう人だものね。争う姿勢を取れば潰しにかかるし下手に出れば見下しつくす。
私の見立てが甘かったわ。この立場になった時点で我慢か争うかの二択なのよ。
「この間もネア様にちょっとキツく言われただけで怖がってたし!」
「私も見ていましたわ!ふふ、あのときのアリシア様のお顔と言ったら…あら、失礼。」
「とても伯爵代理とは思えませんでしたね。正直情けないというか…滑稽でした。」
「心中お察ししますわ。仲裁しようとして相手にされないだなんて、ね。」
我慢。
「王太子殿下とのご婚約を狙わないならどなたか好い人がいるのかと思ったら…エスコート役は親戚のお兄さんですか?」
「寂しくって私、涙が出てしまいそう。」
「ねえ、そのイヤリング地味じゃない?伯爵家って貧乏なのかしら!」
「そのドレス、私のものと見分けがつかないようなありふれたデザインですね。仮にも四大家ですのに。」
我慢。しゃんとするの。悪口を言っている方がおかしく見えるくらいに。
これは面子の問題。この人達が言うことは全然見当違いなように見せないと。
飽きたわけじゃないだろうけれど、私の様子が変わらなくて多少は勢いが削がれたらしい。ベリメラ様の視線が周りに向いた。
「あら、ネア様じゃない!」
面白いものを見つけたという風にベリメラ様の瞳が輝く。
そこにいたのは私と同じように青いドレスを放棄して淡い黄色のドレスを身に纏うネア様だった。
「あら、ごきげんよう。なんだか面白い組み合わせね。」
ネア様は好戦的に笑った。ああ、この間は虫の居所が悪いだけだと思っていたのに。参戦する気満々、私のことも貶す気満々の笑顔だわ。
「ネア様もドレス、青くないのね。ネア様って殿下よりずっと年上だし、賢明な判断ね。」
ネア様は確か今年で21歳になる。殿下は私達と同い年で14歳なので歳が離れていることは事実だ。とはいえ結婚を断念するほどの歳の差ではないけれど。
「そういうベリメラ様は青ばかりね。可哀想だわ、そんなに懸命にアピールしていらっしゃるのにまだ婚約者になれていないなんて。」
「な、すぐなるわよ!私が1番相応しいんだから!」
これは手痛い指摘。ベリメラ様にはちょっと効いているみたい。でもシナリオ通りならそう遠くないうちに婚約者の座に収まるわ。
「相応しい?あなたって賢いとも聞かないし、言葉選びにも教養を感じないし、王都で遊んでばっかりじゃない。あなたが安心して青以外のドレスを着れるのはいつになるのかしらね。」
わなわなとベリメラ様の手が震える。ちょっと分が悪いかしら。現時点で婚約者じゃないのは事実ですものね。
「そういえばネア様はどなたかと婚約なさらないんですか?王太子殿下とご婚約なさらないならそろそろご結婚の時期では?」
どうやらまた援護射撃が始まったみたい。
ベリメラ様の後ろにいた令嬢、確かアング男爵の娘、メアリー様が口を開いた。さっきからこの方がちょっと怖い。1番突かれたくない部分を探すのが上手いと思う。
「そうよ!あなたエスコート役も見当たらないし、もしかしてどなたかにフラれたんじゃないの?」
流石にそんな簡単な煽りには引っかからないだろうと思いながらネア様をそっと見ると、なんだか様子が変に見える。
そうは言ってもそれなりに関係が長い私だから分かったような程度の変化だけれど。
「…私の夫になりたい方なんていくらでもいるから、選びきれていないだけよ。」
いつもの調子に言葉を絞り出しているけれど、今の言葉は悪手だ。
事実でも言わない方がいいこともある。
「ネア様って傲慢な方だったんですね。殿方を適当に扱ってるみたい。」
「いくらでもいらっしゃるならお一人くらいエスコートに名乗り出てくださる方もいるんじゃないですか?もしかして、強がりですか?」
クスクス、クスクス。
予想通り揚げ足取りが始まった。
さっきから明らかにネア様の調子がおかしい。これくらいで負けるような方ではないはずだ。
「そんなことはありませんよ。ネア様のことを想っていらっしゃる殿方は私も存じ上げていますから。」
沈黙をやめてフォローに加わってみる。なんとか穏便に済ませたいんだけどな。
「アリシア様。」
ネア様が私の名前を呟いた。これは流石に味方だとわかってくれたんじゃないかしら。
いいんですよ、ネア様。これしきのフォローならお任せください。一緒にこの場をうまく納めましょうね。
「あなたっていつも余計なちょっかいをかけてきますよね。」
え?
こちらを向いたネア様の瞳は、冷たかった。
「この間の劇場でもそう。一歩引いて大人しいか弱い自分を演出したいの?浅ましいわ。」
「いえ、そんなつもりでは…。」
「自分は攻撃しませんって?優しげな女を気取る人が1番苛々するのよ。」
八つ当たりだ。私は私の美学に則って行動しているだけ。
でも、なんで。
「ベリメラ様もアリシア様も自分が一番だみたいな顔をしちゃって、自惚れて、馬鹿みたい。」
「は?」
低い声がベリメラ様から出た。
まずい、散々煽られて我慢の限界が来てる。このままじゃ手が出かねない雰囲気だわ。普段は受け流しているのに、本当にネア様はどうしちゃったの?
「今、なんて言ったの?」
「ベリメラ様は頭も良くないし王太子殿下の婚約者になれているわけでもないのに自信満々に振る舞って滑稽だし、アリシア様は自分が1番お優しくて賢いように振る舞ってその自信が滲み出ているようで馬鹿っぽいって言ったのよ。」
なんで火に油を注ぐの?!いくらゴルゴット侯爵家と言っても流石にアスラーン公爵家相手に無事にはすまないことくらい分かってないわけがないのに!
あ、頭を回すのよアリシア!なんとかこの場を平和に収めるのよ!
「あなたねえ!自分だけ年増で四大家じゃないからって僻んでるんでしょう!この負け犬!いっちばん惨めね!」
「なんですって?!取り巻きゾロゾロ連れてお山の大将気取ってる女なんかを妬むわけないでしょ?!」
まずい。完全にどっちも頭に血が昇ってる。ベリメラ様の後ろの令嬢達も流石に口を挟めず気圧されているわ。本格的に掴み合いになりかねない空気になってきた。
冷静にさせないと。これ以上注目が集まるのはまずいわ。
ちょっと強引な手段だけれど、しょうがない、か。ごめんなさい、メアリー様。
2人へ集まった視線に紛れて、私は近くのテーブルにあった赤ワインを手に取る。
そして、よろめいたフリをしてメアリー様のドレスに赤ワインを、散らした。
「え、え?」
メアリー様は状況が読み取れていない様子だ。そうよね、ごめんなさい。ちゃんとドレスは弁償しますから。
「ああ!ごめんなさい!急に立ちくらみがして…。侍女に別のドレスを用意させますから、一緒に来てくださいな。」
強引すぎる私の言動にまだ理解が追いついていないという顔で困惑しながらもメアリー様はされるがままに手を引かれてくれた。
唐突なアクシデントに呆気に取られていたネア様とベリメラ様も少しは頭が冷えたようで、ネア様がどこかに行ってしまったのでひとまずは収束したと見て良いだろう。
ああ、悪目立ちしちゃったな。
出口までの道が何倍にも遠く感じた。
「本当にごめんなさい。キーア、代わりのドレスを。」
こういった不測の事態のために予備のドレスを用意している貴族は珍しくない。そう、今の私のように。
新品ではないけれど流行に沿ったドレスではある。メアリー様が戻っても奇異の目で見られることはないはずだ。
「このドレスはきちんと弁償します。お詫びも、相応のものを。」
ドレスの弁償代と私の悪目立ちが2人の喧嘩を止めたことに対して割りに合っているのかは分からない。けれど、ベリメラ様が問題を起こして婚約者を外されて原作と違う展開になったら不安なので致し方ない処置だったと思う。
とはいえ巻き込んでしまったメアリー様には申し訳ない。大事なパーティーなのに。
「あれ、ワザとですよね。」
メアリー様がここにきて初めて口を開いた。
バレてる。
背中を冷や汗が伝った。
「お二人を冷静にさせるため、でしょう?」
疑問系だけれど確信を持った問いかけだ。そして、そこまで分かっていて彼女の表情は固い。
「その通りです。巻き込んでしまって本当に申し訳ありません。」
私は真っ直ぐ頭を下げた。高位貴族が下の身分に頭を下げるのは面子的に良くないとされている。だからキーアとメアリー様が驚いている気配がするけれど、誰も見ていないところでくらいちゃんと謝罪しなくては。
「…弁償はしていただきます。ドレスもお借りします。お詫びは…最低限のものしか受け付けません。」
少し考えて、メアリー様は私に甘い結論を出した。それを自ら言い渡して来たというのに彼女の表情は冴えない。
許させるような雰囲気を作っていたなら申し訳ないと思って、食い下がっても彼女は決してお詫びの品を増やそうとはしなかった。
メアリー様のお支度を整えてホールに戻した後、私も別行動でパーティーに復帰した。
本題の攻略対象を探していたところ、声をかけられて足を止める。
「アリシア様!探しておりました。僕のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。お久しぶりです、ゼイン様。」
彼はある子爵家の令息で、以前パーティーやお茶会で何度か話したことがある。
「よかった…そのドレス、とてもお似合いです。」
「ありがとうございます。」
「アリシア様はハイルデンの婦人達をご覧になりましたか?」
「はい。素晴らしい劇でした。」
「そうですよね!特に主人公の夫人と役者の恋愛模様が緻密に描かれていて、見ていると自分も恋人が欲しくなるような…」
頬を染めて話すゼイン様に相槌を打ちながら、困ったことになったと思案する。
ゼイン様が私に話しかける理由は予想がついている。自分が私の婚約者になることで四大家とつながりを作るためだ。
しかも、辺りにはおそらく同じ目的で様子を伺う人達もいる。
今話しているゼイン様や周囲で様子を伺って話しかけようとしている人達はみんな次男以降の長子ではない人ばかり。
どうにか抜け出して目的を果たさないと、パーティーが終わってしまう。
「アリシア様はどの場面が1番印象に残りましたか?」
「私はクライマックスの歌が1番心に残りました。役者の方の技術が素晴らしかったからですね。」
「歌ですか!確かにあの歌は素晴らしかった。あの役者が他に演じている歌劇を見たことはありますか?よろしければ今度一緒に…」
「機会があればぜひ。」
「今空いている日にちを教えてくださればお手紙でお返事いたします。」
「覚えていないので。」
しつこい。
遠回しな断りに気づいていない訳でもないだろうに食い下がるのは彼も将来のために必死ということなんでしょうけれど。
「アリシア様、私ともお話を。」
ついに周囲で様子を伺っていた人まで話しかけてきた。つられるように何人も近づいてくる。
どうして誰も彼もこちらへの気遣いをしないのかしら。
致し方ない。お兄様を探すふりして逃げよう。
「申し訳ありませんがクロードお兄様を探すので…」
「先程見かけましたよ。ご案内します。」
しつこい!
「アリシア嬢、ここにいたんだね。」
逃げることすら阻止され、目を回していた私を助けるように誰かが引き寄せた。
軽く化粧を施した私の頬を薄い茶髪が掠める。
振り向いた先にいたのは、まさに今私が接触しようとしていた攻略対象、ルイ・ライオ侯爵家令息だった。




