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第十二話 選定




 視察を終えて屋敷に帰ってからは輪をかけて忙しかった。

 まず横領していた地主を裁かなければいけなかったのだが、地主もあの辺りではなかなか幅を効かせた古株の家だったのでその親戚から温情を貰えないかと大量の嘆願書が届き、読まずに捨てるわけにもいかず予想よりも処分までかかってしまった。

 それから元々準備していた法の整備も社交界に行く前に済ませてしまいたくて時間をかけた。

 先生の世界のように刑法と民法で何百条も用意するのは無理だったけれど、中世くらいでは十条くらいにざっくりと刑を定めた法律もあったらしいので要改善ではあるけれど簡易的な法律を作った。

 あとは減税政策も施行した。まだ施行から一月程度しか経っていないので成果のほどは不透明だが、市場のあたりではいつもより取引が活発になっていると言う報告があるので、売上は上昇していると思って良いんじゃないだろうか。


 社交界スタートまで2ヶ月を切り、山積みの仕事に目処をつけた私は、今日どうしているのかと言うと━━━

「ワン、ツー、ワン、ツー、テンポ遅れてるぞ。」

ダンスの練習をしていた。

 前置きしておくと、私は別にダンスは苦手じゃない。

 と言うかダンスは上手い下手が分かりやすいので付け入る隙を与えないためにも完璧にしておく必要があり、必然的に上手くなったと言うのが正しい。

 とはいえ家の仕事を任されてからダンスも乗馬同様期間が空いてしまったため、社交界で恥をかかないためにもこうしてクロードお兄様を付き合わせていると言うわけだ。


「お兄様、お上手ね。」

「年季が違うんだよ。ワガママなご令嬢のエスコートをするとスキルが数段上がるぞ。代わりにとんでもなく疲れるけどな。」

 女性側のダンスが下手でもリードが上手ければそれなりに見えると聞いたことがある。裏を返せばエスコートする側は多分女性よりも大変なのだろう。

 パーティーのペアの決め方は色々あるけれど、夫婦、婚約者、親戚、兄弟、恋人なんかで組むことが多い。

 お兄様の親戚で年齢が近い女性は私を入れて3人だけれど、残念ながら残りの2人は例に漏れず体が弱いのであまりパーティーには行けていないはずだ。

 そしてお兄様には婚約者も兄弟もいないのでおそらく相手は恋人だろう。


「前から気になっていたのだけれど。」

「ん?」

「お兄様の恋人ってどなた?」

「おいおい、他人の恋愛事情は詮索しないもんだぞ?」

「あなたが仄めかしてるんでしょ。聞いて欲しいのかと思った。」

 隠そうと思ったら女性関係を感じさせることを言わなければいいのに。

「…もう別れた。」

「あら。」

 深くは聞かない。お兄様のお顔が悔しさと未練と諦めを押し隠して無感情を装うような複雑な表情になっていたから。

 大方家を追われたことに関係して…いえ、やめなさいアリシア。頭の中とはいえ邪推は厳禁よ。

「ここのステップ、久しぶりだとズレちゃうのよね。」

「確かにリズムの刻み方が変則的だからな。曲ごと覚えろ。」

 ワンツー、ワンツー、ワンツースリーフォー…

 急に刻み方が変わるから難しい。作曲者はまさかダンスで使われるなんて思ってなかったんでしょうね。


 ああでもないこうでもないと試行錯誤していたところ、扉を叩く音がした。誰だろうか。

「失礼いたしますアリシア様、前伯爵夫人からお手紙が届いております。」

「キーア。」

 ダンスホールに入ってきたのはキーアだった。お祖母様からの手紙と聞いて心当たりがあるのは次の社交界の話だけれど、合っているかしら。

「一旦休憩するか。手紙、読んでて良いぞ。」

「ええ。」

 お祖母様の手紙はいつも便箋や封筒が凝っているので開くのが楽しい。なんでも素敵な手紙を送ってくる人はそれだけで好感度が上がると言う彼女なりの処世術らしい。

 手紙の内容は予想通りドレスのことだった。注文はお祖母様に任せっぱなしにしていたので青以外にしてくれればなんでもよかったのだけれど、わざわざ連絡してくれたらしい。

 薄い紫色のドレスにしたので使いたいアクセサリーがあれば持ってくるようにとのことだ。

 丁寧にデザイン案も同封されている。

 アクセサリーが王都の屋敷に良いのがなかったら買い足さないといけないのよね…勿体無いからできれば持っていきたいわ。

「お兄様、さっきのステップは練習しておくから次の練習は2日後で良いかしら。」

「構わないが…手紙にはなんて?」

「ドレスに合うアクセサリーがあったら持ってきてって。あ、私お祖母様にドレスのこと大体全部お任せしたのよ。」

「こだわりなさすぎだろ。お前年頃の女なんじゃないの?」

 しょうがないでしょ、時間がないんだから。

「なんでもいいでしょ。今日はありがとう。キーア、ついてきて。」

「かしこまりました。」


 これでも古い家なので、この屋敷には私のアクセサリー以外にも歴代の女性たちが身につけてきたアクセサリーが色々ある。

 大ぶりのサファイヤがついた指輪に小ぶりの宝石を組み合わせたネックレス、ダイヤがついた髪飾り。

 これ自体がただの装飾品ではなく財産になるのでもちろん管理は厳重だ。鍵は五重にかけて鍵の管理はフィオやその他信頼のおける使用人が分散して管理し、この部屋の存在自体限られた人数しか知らない。

 当然今も控えているのはキーアだけだ。

「どれがいいかしら。」

「そうですね…こちらはいかがですか?」

 キーアが手に取ったのはブルーサファイアのイヤリングだ。小ぶりで可愛らしい見た目で本来ならとても使い勝手がいい…はずなのだけれど、残念ながら今回は使えない。

「青いものは避けておこうと思うの。」


 この国の王太子殿下は今婚約者選定の最中にある。ゲームの通りならアスラーン公爵令嬢が婚約者になるはずなのだけれど、一応私も候補ではある。

 分かりやすく婚約者希望アピールをするのはドレスを王太子殿下の瞳の色、つまり青色にすることなのだけれど、アクセサリーも邪推されると嫌なので今回は青色は避けたい。いちいち避けるのは面倒だから早く婚約が決まって欲しいのだけれど。

 アスラーン公爵令嬢は気性の激しい人だ。そして次期王妃の座を狙っている。敵対関係になると分かれば容赦なくこちらを叩き潰しにかかるだろう。それに対処する暇はないので一歩離れたところから無関係を主張するくらいがちょうどいいのだ。

「選んでくれたのにごめんなさい。王太子殿下との婚約に乗り気だと思われると困るから。」

「承知しました。やめましょう。」

 キーアは言葉の通り目にも止まらぬ速さでイヤリングをしまった。いや、そんな封印するみたいに厳重にしまわなくても。


「王太子殿下には嫁がないけれど、そろそろ私も婚約者を決める時期ね。」

 この家の正当な後継者はテオだ。テオが完治したら私は領主代理の任を終えて誰かと婚約して嫁ぐことになる。

「誰と結婚しようかしら。優しい人がいいのだけれど。」

 私の家は名家だし、家長も私かテオという扱いになるのでかなり自由に相手は決められる。でも私が嫁ぐなら多分長男よね。

「…アリシア様は騎士団長様のことを慕っていらっしゃいますよね。」


 ツルッ

 手に持っていた指輪が落ちた。

 と思ったらキーアが受け止めてくれた。ナ、ナイスキャッチ。

 いえ、というか今キーアはなんて言った?騎士団長様のことを、慕っている、私が?

「そんな、ことは、なくてよ?」

「隠しても無駄です。私が何度彼の方にいただいたリボンを結んだか。」

 や、やっぱりバレてる…。


 キーアの言う騎士団長様、グレンド・マカリオス様は1年前の獣害の時、部下を率いて我が領にいらっしゃり、獣達を退治してくれたこの国が誇る英傑だ。

 普段は王国騎士団の団長として王都で部下達の指導や王都周辺の治安維持を担う武人だが、要請があればこの領地に来てくれたように出張して王国の守りを担う方だ。元々は貴族出身ではないけれど、その強さと人望が認められて一代限りで男爵の地位を授かった。

「…一代とはいえ貴族の身分をお持ちの方です。アリシア様が望めばご結婚も不可能ではないのでは?」

 あの人は今年34歳になるにも関わらずまだ未婚で、この世界では20歳差の結婚はない話ではない。けれど━━━

「しないわ。あの方は。」


 あの人は私とは結婚してくれないだろう。私が想いを告げたとして、有り余るほどのメリットを提示したとして、きっと受け入れてはくれない。

 分かるのよね、私も姉だから。あの人が私を見る目も、触れる手も、全然異性として見ていない、多分妹とかその辺りに見られているんだろうなということが。

 きっとあの人が結婚するのは地位も見た目も関係ない、ただあの人が愛した人だけだ。

 私じゃない。

「それに私も、家に最も有益な人と結婚するつもりよ。」

 これから家を継いで、きっと大変なことも沢山あるだろうテオの役に立ちたい。少しでもあの子が楽な世界に生きてほしい。

 私は恵まれてるわ。

 どれだけ生理的に無理な人を排除しても、残った婚約者候補の中には絶対家に有益な人がいるんだもの。

「アリシア様はそれでいいのですか?」

「もちろん。」

 無理してるんじゃない。当たり前のことだ。貴族の娘として生まれたなら当たり前。

 でも、そうね。一つだけ要望を出すとしたら。


「嫁ぎ先で1人だと寂しいからキーアはついてきてね。」

 小さい頃からずっと一緒にいた、私の大事な侍女。嫁いでからもずっと一緒にいてほしい。

 私の言葉を受けてキーアは瞳を輝かせた。ここまで慕ってくれる侍女がいるって、私は幸せ者よね。

「はい!地獄の底までついて行きます!」

 そこまで来てとは言ってない。

 

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