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第十話 貴族とは

 翌日、私はお祖父様に教えられた通り「ある婦人の天蓋」を読んでいた。

 丁度2冊あったのでクロードお兄様も付き合わせている。

 主人公はタイトルに入っているようにとある既婚者の女性だ。

 彼女は家の勧めでとある貴族の男性と結婚したが、相手は大人しく淡白な人で愛情を感じない。

 退屈で寂しく思いながら日々を過ごしていた彼女の下にある若い男性が現れる。

 彼は駆け出しの役者で知名度もコネもないが歌は抜群に上手い。

 彼の才能に惚れ込んだ婦人はパトロンになり彼の援助をしようとする。

 若い役者は援助のおかげで舞台に立てるようになり持ち前の才能で一躍売れっ子役者になる。

 喜ぶ婦人と役者だったが、その役者にある公爵夫人が目をつける。公爵夫人はパトロンになった婦人よりも身分が上で役者と婦人はこっそり会わざるを得なくなる。

 そうこうしているうちに別の男性が婦人に惚れて口説くようになり、そこから役者とその男性と、妻の周りの男関係を不審がった婦人の夫の3人が婦人を巡ってドロっとした恋愛競争を繰り広げる。

 最終的に役者と婦人が心を通わせるが怒り狂った夫に2人とも刺されて悲劇的な結末を迎える、と言うお話だ。


「どうだ?」

「面白かったわ。私に倫理観と道徳心がなければ。」

 読み終わってすぐクロードお兄様に感想を聞かれた。お兄様は一度読んだと言っていたから今回は流し読み程度だったのだろう。

「お気に召さなかったみたいだな。」

「面白い本であることは事実よ?描写も丁寧だし、セリフも言葉選びとか表現を工夫してるし。」

 ただ私の倫理観が受け入れられないだけだ。

 だって考えてみて欲しい。

 まず主人公は不倫してるし、役者も不倫相手だし、公爵夫人も既婚者なのに不倫する気満々だし、口説きに来てる男の人も不倫する気満々。唯一その面で咎めるところがないのは婦人の夫だけれど彼も彼で愛してるから怒るのではなく、自分の体面を傷つけられたから怒っているわけで。

 まあ怒るのは当たり前なのだけれどそれで自ら刺しに行く?わざわざ自分の手を汚して?

 全員が全員モラルがないか過激すぎるかのどっちかでドン引きだ。


「分からんでもないがネガティブな感想を社交界で言うなよ。」

「分かってるわよ。」

 社交界でこの話をするときは当然みんな良かったものとして話す。角が立たないから。偉い人が気に入っているお話を悪く言ってしまったら大変だものね。

 でも家でくらいは正直なことを言わせてもらいましょう。

「なんで流行ったのかしら。みんな倫理観がないの?」

「劇になると印象が変わるからな。大方顔のいい役者か歌の上手い役者で固めて上演したんだろ。」

 なるほど。心当たりがあるわ。

 以前お祖父様に連れて行ってもらった歌劇で、正直内容を要約したら3行くらいで終わってしまいそうな作品があった。

 けれど歌の迫力がとんでもなくて、社交界でも知る人ぞ知る名作という扱いになるくらいだったのだ。

 今思うと歌にフォーカスするために敢えて話の内容はあっさり作ったのかもという気がする。


「とはいえこれでノルマ達成だな。」

「ノルマって言い方しないでよ。」

 その通りだけれど。

 でもこういう機会じゃなければ仕事の手を止めて本を読もうとはならないのでいい息抜きだと思う。

「お兄様はどなたかに勧めてもらったのよね?誰に勧めてもらったの?」

「え?あー、学園の先輩だよ。」

「女の人?」

「いや、ムキムキのゴリラだ。これくらいの本なら薄紙のように裂けるだろうな。」

「ホントに勧めてくれたの?」

 まったくわかりやすい嘘ついて…。聞かれたくないならそう言えばいいのに。

 多分恋人とかでしょうね。


「学園ってどういうところ?」

 お兄様はとっくに学園を卒業している。

 学園は15歳から18歳まで3年間通うので、先生の世界で言う高校と同じようなものだろうか。

 ただ習う内容は違うと思う。私が聞いた話では学園で習うのは国の歴史や諸外国の特徴、文学史などなど、まあ知っていて損はないけれど家庭教師に聞けば教えてもらえる範囲。

 私たちが通う学園と先生の世界での学校は目的が全然違う。先生達にとって学校は就職への過程という面が大きそうだけれど、私たちにとっては貴族や有力な商家とのコネ作りという面が大きい。だから勉学の内容はそこまで重きを置かれていない。

 社交界だと中々話しかけづらい相手でも3年一緒に学園に通えばそのうち話す機会もできるでしょうということだ。仲良くなれるかはその人の技量次第だけれど。

「結構楽しいところだぞ。学生だから目こぼしされることもあるしな。屋敷にいるだけじゃ経験できないことも色々ある。」

「例えば?」

「そうだな…。厨房貸し切って生肉を切ってみたことがある。包丁なんて持つの生涯であれが唯一だろうな。」

「生肉?!お兄様が?!」

 この人生肉なんて触れるのね…。私も触ったことないけれど、私より苦手そう。生肉ってブヨブヨしてるらしいし嫌がりそうなのに。

「学生だったから馬鹿騒ぎしてみたかったんだよ。思い出すとやっぱり楽しかったな。俺の代は俺が1番身分高かったし、1番威張れたし。」


 身分かあ。それでいうと私の代はちょっと特殊かもね。

「そういえばお前の代は大変そうだな。王太子殿下にアスラーン公爵令嬢にライオ侯爵の三男に、あとはお前か。王家だけじゃなく四大家から3人も入学するなんてな。」

 お兄様の口から出てきた四大家、これは乙女ゲームでも言及される要素だ。

 この国には四大家という国の創設期から存在する名門が4つある。

 一つは我がレンド伯爵家。そしてアスラーン公爵家、ライオ侯爵家、あとはメイシオ公爵家だ。

 レンド伯爵家が代々国境を守護しているようにそれぞれ表に表さない役割があるのだけれどそれはまたの機会に。

 古いだけあって立ち位置的にも爵位より高くみられている。王位継承でも特殊な権限があるし。

 私以外は乙女ゲーム関係者だ。ライオ侯爵家の子息も先輩として攻略対象いたと思う。分かりやすい。


「普通なら四大家で入学すれば同学年で逆らえないやつなんかいないのにな。お前も不運な奴だ。」

 逆よ逆。めちゃくちゃ運がいいの。同学年じゃなければどうやって乙女ゲームに介入できるか分からないから。

「あと商家の奴らと話すのも悪くなかったな。面白い商品とか知ってるし。すぐに売りつけようとしてくるけどな。」

 一応は貴族のための学園なのだが貴族もそんなに数が多いわけでもないので同学年だけを集めるとこじんまりとしたものになる。

 なので有力な商家の子供や極々一部の一般市民を特待生として受け入れて人数調整と見識を広げる手伝い、あとは将来の官僚発掘を行っている。

 まあ特待生になれるくらい優秀な人は大抵生まれもそれなりに良くて教育できる人が身近にいる場合がほとんどなので貧困層が一発逆転をしたという話は聞いたことがないのだけれど。

 私も作りたいわ、学校。今はその余裕はないけれどもし学園を卒業しても貴族が無事だったら、先生の世界の寺子屋みたいに貴族以外も教育を受けられる場所を作りたいと思う。

「まあ割と楽しいところだ。学園って。お前も多少窮屈な思いはするだろうが楽しめよ。来年だろう?」

「ええ。」

 楽しむ余裕、あるかは分からないけれど楽しみたいとは思う。一生に一度の機会だもの。


「これがアリシア様の改革ですか。」

 執務室に向かった私はフィオに減税政策の概要を説明していた。

 減税の狙いと予想できる経済格差解消のための給付金のことを。

「私だけじゃなくてテオとクロードお兄様に手伝ってもらったからできたんだけれどね。フィオ、あなたから見てどう思う?」

 フィオはお父様の代からこの領地を支えてきた経験豊富な家令だ。彼の意見も聞いておきたいところ。

「率直に申し上げますと…」

 ごくり。

 息を呑んで裁定を待つ。カスですねとか言われたらどうしよう。

「驚きました。やはりお若いと発想が柔軟なのですね。」

「…良いってこと?悪いってこと?」

 不安が滲む私の声にフッと微笑んでフィオが続けた。

「とてもよろしいかと。アリシア様は私が経験豊富で間違えないと思っていらっしゃる節があると思っておりましたが、間違えないだけで正解とは限らないのです。」

「というと?」

「新しいものに挑戦することで救われる民もおります。今まで毎年同じことをして領地を経営しておりましたが、あなた様のように今までと違うこともしないと悪くはなっても良くはならないでしょうな。」

「フィオ…。」


 貴族というものは政治家とは違う。国のために政治をするから税を得られるのではなく、世襲で特別な地位を得たから税が得られる。

 なので民のために政治をする義務はなく、得た税金は還元されない部分が大半だ。その大体は貴族の贅を尽くした生活とか、行事とか、たまに主要な道路や橋の整備とか、とにかく自分たちのために使う。悪く言えばカツアゲみたいなものかしら。

 そもそも還元するという意識がない。貰えて当然、自分達の下にいるのだから上の立場に目をつけられないために払って当然という考え。

 だから領地経営も全然やっていることが先生の時代と違う。

 主要な道路以外に興味がなく、市民が不便だろうが関心がないので細かな道路は近くに住む住民が自分たちで作るのが普通で公共事業がなかったり、逆に三権分立ではなく司法を貴族が握っていて普段の仕事の割合の多くは身近な揉め事の判決を下すことだったりする。

 お父様は他の貴族よりは市民に関心があったからフィオも炊き出しの手配とか、裁判が要らない新しい道路建設なんかの悩み事を聞いて解決することもあったみたいだけれど私が知る限り年に数度の仕事らしい。

 これでも良い方なのだから貴族の自己中っぷりは凄まじい。


 ちなみに私が普段どういう仕事をしているかというと、揉め事の報告を受けて判決を下したり、不作の地域があったら炊き出しの指示をしたり、道路や橋に不備があったら直すよう指示して誰が直すのか決めたり、あとは予算の振り分け、害獣駆除の指示を行なっている。先生の知識を得てからはこうして改革を考えたり、あとは私以外が判決を下せるようになれば私がもっと他の仕事をできるようになると思って領内の法律を整備したりしている。

 先生の時代の知識を得てわかったことだけれど私がやらなくて良いことはちゃんと部署を作るべきだわ。

 今までは教わった通りに今ある仕組みの中で仕事をしていたけれど、環境を整えるだけで効率って全然違う。できれば社交界に行く前に法を全部整備して司法の部署を作りたい。炊き出しも部署を作って決まった人がやるようにすればメソッドが蓄積して効率よくできるだろうし、多分今ある仕事はそういうのが大半だと思う。どんどん整備して私は改革を進めるべきだわ。


「ところでアリシア様。ヤゴラ地域から橋の修繕依頼があるのですが。」

 改革案を読み終えたフィオが書類を一旦置いて別の書類を出した。

「ヤゴラ地域ってこの前も橋の修繕を申請してたわよね?」

 確か調査した結果本当に壊れていたので修繕費を支援したはずだ。

「はい。今回申請が来ているのは別の橋ですが、私の経験から推測いたしますと、わざと壊して修繕費を掠め取っているのではないかと。」

「わざと?でも直してあるかちゃんと調査しているはずよ。修繕費を手に入れても手元には残らないんじゃあ…」

「考えられるのは周辺の住民を騙して無賃で直させている可能性ですね。材料は木ですから森から切り出せば無料で手に入ります。」

 ヤゴラ地域は1年前の獣害で深刻な被害を受けた地域の一つだ。私への印象は良くないだろうし私が修繕費を送るなんてあり得ないと思っていても不思議ではない。

「ちなみにフィオがそう思う理由は?」

「あの辺りの地主が変わって3年が経ちます。人間慣れてくると悪事に手を染めてしまうことがありますから。」

 なるほど。参考になるわ。謙遜するけれどやっぱりフィオってとっても優秀よね。

「ですので差し出がましい提案ですが、アリシア様、お忍びでヤゴラ地域を視察されてはいかがでしょうか?」

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