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第一話 気づき






 不意に授かった記憶だ。

 14の誕生日、伯爵令嬢アリシアは、日本という極東の島国に生きた女性の記憶を得た。

そして、ここが乙女ゲームの世界であることを知り、何よりも見逃せないある重大な事実を知った。


「クーデター、エンド…?」


 私はある辺境に領地を持つ伯爵家の娘として生まれた。

 病気がちな家系にありながら私は健康に生まれ、ただ健やかであるだけで喜ばれるという幸運な生を得た。

 13の時に事故で父母が亡くなるという不幸を味わいながら、悲しむ間もなく領地経営に追われ、14の誕生日を迎える今日までを何とか過ごしてきたのである。

 私の周りに降り積もった問題が消えてなくなったわけではないけれど、誕生日なのだから、と贈り物に胸を弾ませまた気持ちを新たにするつもりだった。


 たった今、それどころではなくなってしまったのだけれど。


「姉様?」

 さっきまでにこにこと包み紙を開けていた私が急に黙ったせいか、弟に心配されてしまった。

 私と違い病気がちな家系の遺伝子がしっかりと発現してしまった弟、テオドールは珍しく体調が良く、大広間に顔を出している。

「大丈夫、なんでもないわ。見て、テオ!素敵なブローチ。お祖父様からの贈り物よ。」

 本当は大丈夫でもなんでもなく、今すぐ部屋に戻って叫び散らかしたいくらいだけれど、姉弟が揃った食卓も、私のために用意してくれたパーティーも放り出したくはない。


「なら良かった。姉様の目と同じ色のブローチだね。きっとよく似合うよ。」

「テオとも同じ色よ。あなたが社交界に行くときは貸してあげる。きっとよく似合うわ。」

 テオの誕生日は再来月だ。今年は何を贈ろうか迷うけれど、デビュタントももうすぐなのだし、手袋なんていいかもしれない。

「…うん。楽しみだな。」

「テオ?」

 その声に翳りがある気がして、聞き返す。

 でも彼はただ微笑むだけで、何か?とでも言うかのように黙ってしまった。


「お嬢様。おぼっちゃま。ケーキをお取り分けしますが、大きさはいかがいたしましょう。」

 少しばかり沈んだ空気を追い払うように、侍女がケーキにナイフを当てながら尋ねてきた。

「私の分はそんなに大きくなくていいわ。みんな、甘いものを食べる機会はあまりないでしょうし、多くは振る舞えないけれど屋敷のみんなに分けてあげて。」


 領地経営の大した心得を持たない私がなんとか領地を保っているのも家令のフィオをはじめとした使用人たちのおかげだ。誕生日ケーキは幸せを分かち合うものとも言うし、たまには労わなければ。

「テオ、あなたは調子が良いみたいだし、大きく切り分けて貰いましょうか。」

「いや、姉様と同じ大きさにして欲しいな。油断して食べ過ぎたら後が怖いよ。」

 それはそうとしてテオには好きなだけ食べてもらいたい。そう思って打診したが断られてしまった。

 ケーキはクリームがたっぷりとかかっていて美味しそうだけれど、確かに健康体の私が食べ過ぎても体調を崩しそうなほど贅沢な品だ。

 普段から胃に気をつけた質素な食事を食べているテオには少し刺激が強いだろう。


「姉様、誕生日おめでとう。」

 切り分けたケーキにフォークを刺す前に、テオは笑顔で私を祝ってくれた。なんて愛らしい笑顔なのかしら。

「ありがとう、テオ。」

「姉様は毎年綺麗になるね。今年の社交界で婚約者ができてしまうかも。」

「まあ、あなたは毎年口が上手くなるわね。どこで覚えてくるの?」

 けれど、楽しい兄弟の語らいも束の間。テオが何気なく放った言葉は、浮かれていた私の心を現実に引き戻した。

 婚約者を使っている場合ではなさそうだという現実に。



 結局、誕生日パーティーはやはり少しだけ早く切り上げてもらった。

 本当はもっとみんなと楽しみたかったのだけれど、頭の混乱を覆い隠すのも限界があり、挨拶もそこそこに部屋に篭らせてもらう。

 これが他の貴族なんかも呼んだ大規模なものであればこんな非礼はできなかったのだけれど、辺境にあることがある意味幸いして、入り組んだ山道の向こうにあるこの領地に訪れる貴族は私達一族くらいだ。

 だから今日のパーティーはいつもの食卓が少し華やかになったくらいの、身内だけで行われる小さなものだった。


「さて、と…」

 引き出しからノートを取り出し情報を整理する。


 どうやらこの世界は乙女ゲームというものらしい。

 与えられた記憶の中では、王太子殿下や他にも見覚えのある貴族令息達が見知らぬ箱の中でこちらに向けて愛を囁いていた。

 どうやらあれは恋愛がシミュレートできるゲーム?という不思議な装置で、プレイヤーの行動によって結末が変わる物語らしい。

 私に記憶を与えた女性はそのゲームをプレイしたことがあるようで、幾つかの結末分岐を教えてくれた。

 ただもの凄くやり込んでいるというわけではないのか、明確に分かっているのはメインルートと呼ばれる王太子殿下のハッピーエンドとバッドエンドだけだ。

 たった2つの未来…それでもその中には私にとって最も重要な情報があるのだから彼女には感謝しないといけないわね。


 まずハッピーエンド。

 こちらは正直に言って特に気にすることはない。

 孤児で教会によって保護されたヒロインは、学業が優秀だったため特待生として主に貴族の子息が通う学園に入学する。これが全ルート共通の始まりだ。

 王太子ルートでは王太子殿下とヒロインが惹かれ合い、最終的に結婚する。

 そのルートではゲームに影も形もなさそうな私や私の周囲の人々は何か不利益を被ることはなさそうだ。

 なのでヒロインさんには気にせずこの展開に突き進んでほしい。


 問題はバッドエンド。

 この国は先代国王の統治下で3度の戦争をしている。

 隣国との小競り合いが発展してしまったものが一つ、後の二つは同盟国に支援する形で兵や物資を送り込んだものだ。

 結局その全ての勝敗が有耶無耶で、少なくないお金を投資したにも関わらず賠償金なんかのお金は貰えていない。

 その上今代で王都を中心にその周辺が大規模な飢饉にも見舞われ、おそらく財政は苦しく、平民の暮らしも厳しい。


 この状態の何がバッドエンドに関係があるかというと、バッドエンドでは暮らしの困窮ぶりに耐えかねた市民達によってクーデターが起こされるのだ。

 王太子殿下は投獄の上処刑され、また一行で語られた程度だが多くの貴族が暴徒と化した市民によって殺されたとされている。


 そう、これが大問題である。

「そんな最後、あんまりだわ…!」

 私は貴族、アリシア・レンド。そして弟はテオドール・レンド。

 もしバッドエンドになって貴族達が襲われるなんて事態になった場合、当然私たちの命は危うい。命どころか、腹いせに想像を絶する暴力を振るわれる恐れすらある。

 これを認識したとき叫び出さなかったのを褒めてほしいほどに、私たちの未来は保証されていない。


 今すぐ頭を抱えて転げ回りたいところだけれど、実のところまだ話は終わっていない。

 クーデターの理由が理由であるため、なぜハッピーエンドではクーデターが起こらないのかという謎が生まれるからだ。

 これは作中で明言されているらしく、理由はヒロインの出自にあるらしい。

 別にヒロインの出自がとんでもなく高貴であるとか何か特殊な背景があるとかそういうことではなく、むしろ彼女がただの平民、さらに言えば親もいない孤児であることが幸いしたのだとか。

 というのも、貴族と平民がきっちり階級として分けられているこの国において、平民出身の王妃は異例。


 ここからは私の推測が混じるけれど、その物珍しさと、この国が変わるのではないか、市民のための政治をしてくれるのではないかという期待により、おそらくクーデターは延期されたのでしょう。

 メインヒーローを任されるだけあって王太子殿下は聡明で民を慮る理想的な王族だ。彼の治世の中できっと市民は救われ反乱の意思がなくなったのでしょうね。


 バッドエンドで王太子殿下が処刑されたのは単に彼が何かを行なってそれが市民に伝わるまでに時間が足りなかったから。

 ヒロインという民からの関心と期待を集める存在がいなかったことでクーデターが起きてしまった。ちなみに他のルートでも残念ながら全てクーデターが起きている。

 クーデターが起きるのは王太子ルート特有のものではなく、阻止できる方が異例、本来ならば起こることがこの王国の正しい道とすら思える。


 とは言え殺されるかもしれない当事者としては正規ルートの一言で済ませられない人生の分岐点だ。

 このまま粛々と運命を受け入れることはできない。

 この情報を踏まえて私がやるべきことは何かというと、ヒロインさんと王太子殿下を、婚約させることである。

 乙女ゲームという慣れない状況下で、どれほど私の行動が影響させられるかは分からないけれど、やってみせる。

 私達が生きる道はそこにあるのだから。

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