6.小太郎の憂慮、宗一の懸念
午後5時、立川市の焼肉店にて。
「遅いでござるなぁ、辰上氏」
このオフ会の主催者である平野小太郎がそう零すと、七海は「ただ寄り道か遅れじゃなーい?」と返す。他のICCの面々はと言うと、肉が届くまでの暇つぶしにスマートフォンで何かを読み漁っていた。
「みなさん記事読んでるようですな。何をお読みで?」
小太郎が問うと、まず烏丸蒼白が相変わらず名は体を表すように顔を蒼白にして答える。
「えっ……あー……クソゲーだよ。だってオレだよ? クソゲーマーだよ?」
「でしょうな。他は?」
「答える必要あんの?」
ICCで一番髪が天然パーマな男・早川が短くそう答える。
早川に続き、ICCで一番背が低い小島という男子が答える。
「な〇Jやってる」
小島は治安が悪い事で有名なインターネット掲示板に書き込みをやっているようだった。次に、眼鏡をかけた目の下にほくろのある田邊が答える。
「自分ソシャゲやってます」
最後にICCで一番背の高い諸星が「同様」と答える。
「うむ、見事に陰キャしてますなぁ。拙者、げんなりしてきたぞぉい!」
「いや無理してテンション上げなくていいからな平野」
七海にそう言われると平野は軽く頭を下げて「これはどうも」と返した。
「辰上全然来ねぇなぁ。な〇Jに辰上のコラ画像上げちまうぞって送るか?」
小島がしれっととんでもない嫌がらせを脅し文句にしようと提案するが、これには小太郎が制止させる。
「さすがにやり過ぎかと。そもそもコラ画像本当に作ってあるので?」
「これ」
そう言うと小島が自身のスマートフォンの画面を小太郎に見せた。そこにはセクハラ発言で問題になった国会議員の顔を漆紀に変えた画像が映っていた。
「クソコラ、ですかな?」
「そらクソコラよ。良いだろ、仲間内なら」
「小島氏、そういう時だけ仲間仲間というのはズルですぞ。体育祭も文化祭も仲間から外れて参加しなかったのに」
そうこう冗談めいたやり取りを続けるが、それでも漆紀からは一切連絡もない。
(もしや辰上氏、何か急用でも出来たのかな? 電話してますかな)
思い立つなり小太郎はスマートフォンのSNSアプリを用いての通話を試みる。スマートフォンからは呼出音ばかりが鳴り続けるが、一向に出ない。
何度も掛け直してみるものの、漆紀は応答しない。
(……この件、ひとまずは頭に保留しておきますかな)
小太郎はそう判断すると、ICCのメンバー達との陰気でネチネチした陰キャらしい談笑に戻った。
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午後10時頃、武蔵村山市辰上の自宅にて。
漆紀の父・辰上宗一は自宅で普段通り静かに新聞やテレビを見て待っていた。
(漆紀、友達と夕食だと言っていたが……遅いな。まさか夜露死苦隊や萩原組の残党が……)
残党勢力に報復されているのではないかとも考えが過ったが、すぐにそれは却下される。
(いや、反社はどこかに属していなければやっていけない。恐らくは他の組織に入っただろう。元の組織が崩壊した今、漆紀に拘る必要はない)
宗一はそう整理し、では万が一面倒事に巻き込まれるとしたら何があり得るだろうか。
(漆紀はあの件以降、人前で魔法を晒す事はしていないから、魔法使いの集団に拉致されたとは考えづらい。現に、漆紀ではないかという超常現象などの噂はない。ならば……)
漆紀の身柄をどうにかする組織・団体について宗一は一つだけ心当たりがある。
(もしも、だ。あり得るとしたら……竜理教だな。だが漆紀は精霊術しか使っていない。感知されるはずが……いや、有り得ないと言い切れないな。一人、漆紀の事情を知ってるヤツが……)
宗一はかつて命懸けで殺伐とした仕事をしていた頃を思い出す。竜理教と敵対した逃亡者で元司教。そんな過去を持つ古い縁の女の事が、宗一の脳裏に蘇る。
(連絡を取ってみるか。また名前を変えてそうだが……アイツから教えられたあの番号だけは守られてるはずだ)
宗一はスマートフォンを取り出すと、夜分を承知でとある電話番号を打ち込み呼出をする。しばらく呼出音がスピーカーから発せられるが、4コール目でようやく応答した。
『ほう……こんな夜に、わたしに久しく電話か。どうしたね、あの時の事を思い出してわたしと本当に結婚したくなったか?』
宗一の古い知り合いならば宗一同様にどこか落ち着いていてくたびれた声であるはずだが、スピーカーからは老いを感じさせぬ若々しい声が女性の声が発せられた。
「変な冗談はよせ。今、息子が帰って来なくてな。友達と焼肉に行くとは言っていたが、大人の飲み会でもないならそろそろ戻るはずだろ?」
『なるほど。でも前置きが長いぞ、何が言いたい? 君の息子に夜の生々しい関係を持ってる人物がいないなら、焼肉のくだりは要らんぞ?』
「息子が竜理教に攫われたかもしれない。スマホのGPS情報を確認するかぎり、漆紀はまだ東京都板橋区にいるが……」
『だろうな。君の息子の件でわたしに連絡となれば竜理教絡みだろうからな。で?』
「協力して欲しい。万が一このまま明日の朝まで息子が戻らなければ、手伝ってくれ」
『なら、明日改めて連絡をして。わたしの方もちょっと対処する事があってね』
宗一だけでなく、電話相手の女性も何かしらの問題に対処している途中のようで、快諾とはいかない。
『佐渡流竜理教に変な動きが見られた。近く、祭典の催しをするようだが……例年より2ヶ月も早い。それに、祭典の内容は竜脈の巫女が竜王呼ぶための儀式だそうだ。これは毎年やってるが、明らかに例年と時期が異なる。その祭典の日程はつい昨日、佐渡流竜理教本部の公式サイトで一般公開されていた』
「佐渡か……佐渡とはいえ、竜理教か……」
『まだ佐渡流竜理教が犯人と決まったわけじゃないし、そもそも君の息子が本当に攫われているのか現時点では言い切れないだろう? 明日の朝まで待ってみるしかない』
「だろうな」
『警察に通報するのが早いが……あまり警察とは関わりたくない御身分だろう?』
「過去のことを考えればな。悪かった、明日かけなおす」
『待って。最後に一つ……わたしはいつでも歓迎するよ、君独し』
相手が余計な話を残そうとするので宗一の方から通話を終了した。
(年上気取りで茶化すのは変わらんな)
宗一は古い縁、先程まで話していた女をもう一度よく思い出す。
(少なくとも生きてる事はわかったし、竜理教にはマークされず余裕のようだな)




