エピローグ
佐渡での大事件のあと、漆紀はフェリーにて倒れた。本土に到着後、すぐに病院に運ばれたものの意識がないだけで特に外傷はないため入院する事となった。
入院までの面倒を見ていたのは新南部世理架であった。漆紀の退院の際も世理架が車で迎えに来た。
入院期間は1週間ほど。漆紀が入院している間にムラサメが招いた過去の世界で戦った事を世理架に話すと「危ういな」と濁した。世理架にもムラサメの全貌は分かっていないのだろうか。
あるいは漆紀にあまり話したくない事情でも抱えているのであろう。
いずれにせよ、漆紀は日常生活に戻ることとなった。
久しぶりに東京都武蔵村山市にある自宅へと帰ると、帰って来た喜びよりも強烈な寂しさと悲しさに襲われた。
母は既に他界。妹・真紀は未だ入院中、宗一は漆紀の眼前で死んだ。
我が家には自分ただ一人。
それでも生活を続けていかなくてはならない。自宅に帰った翌日からは、ひとまず何事も無い様子を装って高校へ登校することにした。
「……」
街に変わりはない。交通量、道行く人、何も変わらない。世界は変わってない。
漆紀は地元に戻ったにも関わらず、どこか見知らぬ街でも歩いている気分であった。
「なんか……ヤダな」
そう一言零しつつも、どこか遠くに感じる「普段通り」に道を歩き、高校に着く。
昇降口で上履きに履き替え、そそくさと教室に入る。
1週間ぶりゆえかクラスメイト達からの視線がいつもより多く感じる。
「おーい辰上! しばらくバックれてたみたいだけど何があったんだよぉ!」
夜露死苦隊・萩原組との戦いの際に世話になった女子生徒・下田七海が相変わらず陽気そうに問いかける。男勝りで物怖じせず何でも楽しもうという享楽主義な彼女は、沈んでいる漆紀に対してもいつも通りに接して来た。
「あぁ、ウチの便利屋がちょっとゴタついててな。それで休んじまった」
嘘は言っていない。しかしすべてを話せるわけがない。誰かに話して気を休めたいが、他人にあれこれ話せる内容ではない。
「そっか。便利屋稼業も大変だよなー、辰上ん家はなぁ……」
七海が当たり障りもなくそう返していると、漆紀と親しいもう一人のクラスメイトが声を掛けて来た。
「おっ、辰上来たのか。今日もクソゲー布教を……っと思ったけど。どしたん辰上、目の隈すげぇぞ?」
そう声をかけたのは烏丸蒼白。ひたすらクソゲーを趣味とする男子生徒であるが、漆紀から見ればわざわざクソゲーをやるという趣向には「悪趣味だ」という印象しかない。
「……」
漆紀は黙ったまま蒼白の方を見つめる。
「な、なんだよ。オレ、またなんかやっちゃいました?」
「ナロー系みたいなコト言ってんじゃねぇ。そういうわけじゃねえよ……烏丸、最近ニュースって見てる?」
漆紀は地元に戻って来たばかりだが、ニュースなど一切見ていない。佐渡島での事件が学校ではどう言われているのか、それとなく知りたいため蒼白に問うたのだ。
「オレはクソゲー関連のニュースしか調べないからなぁ。あっ……オレでも知ってるニュースだと、やっぱり佐渡島のヤツかな」
「佐渡島?」
漆紀は知らない体で蒼白に問う。しかし七海が「知らないの?」と割って入って漆紀に問うも、漆紀は「便利屋がゴタついてて本当に忙しかった」と返して佐渡島についての説明を求める。
「アタシが教えよっか。なんかさ、佐渡島で水害が起こったんだってさ。海底火山だか局所的な地震だったか……小難しことはわかんないけど、地下で何かがあったせいで地下水が佐渡島で噴き出しまくった事件だねー。家も結構壊れて海にまで流されたらしいよ」
「やばっ……水害?」
漆紀は初見を装って低い声で呆気に取られたような反応をする。すると蒼白が得意げに横槍を入れる。
「辰上、それだけじゃないんだってよ。オレ、ネットニュースで見たけど水害の直前には竜理教同士の抗争があったって書いてあったよ。カルト同士のドンパチ抗争からの水害とか天罰かっつーの。修羅の国すぎて怖ぇーわ」
(なるほど。佐渡での件、魔法は表沙汰になってないんだな。でも、抗争から水害っていう流れが注目を浴びてるみたいだな)
漆紀はスマホを無くしているため、ネットニュースまでは見れない。そもそもテレビでのニュースすら最初に見る気力が湧かなかったため友人伝いに聞く事になったのだが。
「とにかく、ヤバい事が佐渡島で起こったってニュースだ。これから佐渡島は東北みたいに復興活動が続くだろうよ。はい、このニュースはこれでおしまい」
蒼白はそう締めくくると「そろそろ来るぞ」と煽り文句を漆紀に垂れる。漆紀はワケがわからず首を傾げる。
すると、教室にまた登校して来た生徒が一人入って来た。
「キモーニングコールでござる。おーい烏丸氏、この前のクソゲーですが……お、辰上氏?」
自他ともに認め、空気感と言葉遣いがこれ以上ないキモオタである男子生徒・平野小太郎が声を掛けて来た。
「ああ……よお、平野」
小太郎の方へ振り向きつつ、力の抜けた低い声色で漆紀は返した。
「辰上氏。どうしましたそんなに沈んで……」
(俺はこれから、こいつらとマトモに顔合わせて話して良いんだろうか。竜理教と戦うなら、こいつらにとばっちりが行かないように生活しないといけないワケで……)
今後の事で頭が痛い漆紀は、ため息を吐いてから「なんでもない」と僅かに口元を緩まして返した。
漆紀の当面の目的からすると、今後の日常は時に殺伐としたものになるのだろう。
(覚悟は決まってる。ここからだ、必ず宮田を斬る)




